炎帝の森①
俺の名前は光月怜。自慢ではないがある筋では名の知れた武術の名門『光月家』の跡取りである。
毎日の日課である稽古が終わり、月が綺麗な晩に、車の後部座席でうたた寝をしていた。はずだった。
ここは異世界というやつだろう。間違っても地球ではない。だって月がめっちゃ綺麗だもん。二つの月って良いよね。
何より俺の体が、全く別のものになっている。視線の高さが低く、元の体より小さくなっている。
理由は分からないが、俺の意識で動いている以上受け入れるしない。とりあえずはこの状況を何とかしよう。
人拐いらしき馬車から脱出し、シュリ、セリナ、トゥカという姫方を華麗に救い出すところまでは良かったが、土地勘全く無しの大森林ときたもんだ。
それから、シュリは人の子だと思うが、セリナとトゥカは獣人だ。何の種族だろう。俺が異世界だと確信を得た要因の一つだ。
今はこの子達と無事にこの森から脱出することが目標である。ということにしてる。
「あのー、レンさん。こちらの方向に何があるのでしょうか?」
セリナからのごもっともな質問。
そう俺はただ道なき森を突き進んでいる。なんて説明すれば良いのか分からないが、自分なりに言えば大きな気配を感じる。
これは感覚的な問題だ。他人には説明が難しい。これは俺が長年培ってきたあらゆる稽古と実戦で身につけたようなものだ。そうシックスセンス。
「こんなところを進ませてすみません。説明が難しいのですが、今進んでいる方向に何かあると思うんですよね。無かったらごめんなさい」
「いえ。こちらこそ助けてもらったのに任せてばかりですみません」
セリナは大丈夫だと思うが小さな二人にはしんどいだろうな。
「ごめんね。もう少しだと思うからがんばってね」
それからしばらく進むと少し開けた道に出ることができた。素早くトゥカが「道だぁ!」と言ってみんなより先に進む。
「トゥカ!待って!」
セリナが止めに入る。俺もシュリと一緒に追い付くと、セリナが何かを見つけたようだった。ん?顔色悪くない?
「何かありましたか?」
セリナの目線の先には、拳二つ分ぐらいの石が埋まっていた。よく見ると何か文字みたいなものが彫ってある。
「レンさん。これは碑石と言って昔の人達がある方を祀るために埋めていたと聞いています」
「祀る?いったい誰を祀っていたのですか?」
「レンさん、この森は多分、炎帝の森と言われる大森林です。こんな場所で祀られているなんて一つしかありません。······炎帝様です」
「エンテイサマー?って何ですか?」
「レンさん!炎帝様を知らないのですか!?」
あれ?まさかの非常識認定頂きました?
だってこの世界のことまだ何も知らないし、もちろん炎帝様など聞いたことも無い。え?何?異世界って神様でもいるの?
「炎帝様はこの地方に存在する四帝の一角で、この世の神の御使い様とも言われています。世界が乱れた後、我々の先祖が四帝の怒りを買い、それを納めるためにこの大森林に祀り、それ以降は炎帝の民がこの森で祀り続けていると聞きます。通常炎帝様の領域には近づかないよう、この森では決まった道しか使わないのが慣わしです。「炎帝様には近づくな」と」
ほお。異世界でも信仰心はあるのか。これは地球でもあり得そうな神話だ。
俺はこの石に引かれて来たのか。とんだパワースポットではないか。
待てよ。炎帝の民というのが祀り続けているというのが真実であればこの近くにその炎帝の民が存在するのではないか?それさえ見つけられればこの状況から脱出できるのではないだろうか。
などと考えていたらシュリが俺の服を引っ張った。
「お兄ちゃん。あっちにも同じような石がある」
シュリが指差す方向を見ると確かに同じような石が見える。
引かれるように近づくと、その先にはもっと多くの石が目に入る。進むにつれて明らかに増えている。
「レンさん引き返しましょう。これ以上は嫌な予感しかしません」
セリナは完全に震えている。おや?隣のお嬢さん、目が輝いてるよ。
どうやら俺の本当に気になっているのはこの先にあるだろう。ここまで来たら進まないとね。それに引き返したところで待っているのは迷いの森だ。
「セリナさん行ってみましょう。多分僕が気になっているのはこの先あると思います。それにここが炎帝の領域ならば、炎帝の民も見つかるかもしれません。そしたらこの森から抜け出せる道も教えてもらえるかもしれませんし」
「わ、分かりました···」
涙目だよセリナさん。そして、その嫌な予感は正解です。
セリナにはああ言ったものの、本当のところ気になっているものの正体には検討はついている。確信が持てたのはセリナが話してくれた神話おかげだ。
俺が感じてる感覚は、戦いに関係するものだ。相手が放つ威嚇や殺気を俺は誰よりも敏感に感じることができる。
俺がずっと感じているのはまさに威嚇である。ただこれだけ離れたところから、威嚇をするやつが、どんなやつか気になって気になってしょうがなかった。
そう!俺は最初から嘘をついていました!
多分俺は今の状況で最も危険な選択肢を選んでいたことでしょう。ごめんなさい!この先にいるのは間違いない。炎帝様だ。
「それではいきましょうか」
確信犯の俺は威嚇の原因であろう炎帝様を拝むために足を進めた。
進むにつれて碑石がだんだん増えていく。この碑石の道に出てから数分歩くと、開けた場所にたどり着いた。野球場一つ分といったところか。
中央にはこれまでの碑石とは別格の大きさの碑石が建てられていた。3メールぐらいはあるのかな。
碑石の前にはお供え物を置くためか、平らな石壇が敷かれている。ん?何か置いてないか?
近づこうと思ったら、辺りが赤白く明るくなった。
「レン···さん···あれって···」
俺以外の全員が震えている。
みんなを怯えさせたそれは、碑石の後ろから赤白い炎をあげ、ぬぅっと現れた。おいおいどこに隠れてた?世界のマジシャンもビックリだよ。
間違いない。これが炎帝様だろう。その名に相応しく、その身に炎を宿している。見た目は狼に近いか。姿を表した時には碑石の大きさを優に超えていた。本当にどこに隠れてたの?
「ぐぉおおおおお!!!!」
突然の咆哮に全員耳を塞いでしゃがみこむ姿勢になる。少しまずい状況になってしまった。
「セリナさん!二人を連れてさっきの道に入ってください!」
「レンさんはどうするんですか!?」
「いいから早く!」
俺はセリナの返事を待たず、炎帝に向かっていった。炎帝の気が少しでも俺に向いてくれれば、セリナ達の逃げる時間ぐらいは稼げるはずだ。
しかし、炎帝の視線はまだセリナ達を補足している。まだ道には入れていない。
その時、俺の神経が逆立つのが分かった。これはまずい。
炎帝が今までの威嚇とは違い、明らかな殺気を放っている。振り返るとセリナ達が倒れていた。