エルフの少女再び②
俺は帰ってきた桜火とポルンにも、ローラとシャルティアのことを話した。二人はスイブル事件に参加していないので、シャルティアとの面識はない。とりあえずは情報の共有を済ませた俺は焔に念話を飛ばす。
『焔。聞こえる?』
『レンか? 丁度良い。ワラワ達の方が本命のようじゃ。中身は分らんが、馬車の中に人が乗ってるのは間違いない。冒険者も代わりの御者を用意しておったようじゃ。今冒険者に馬車を引き渡した男を追ってるところじゃ』
『やっぱりそっちか。馬車の方はどうしたの?』
『そっちはルカに任せた』
『分かった。じゃ俺はルカの応援に行くから、シオンとレオン貸してくれない?』
『うむ。すぐ向かわせよう』
俺は念話の内容を全員に伝えた。しばらくして、宿の外にシオンとレオンが到着する。俺はシオンと一緒にルカの元に向かった。桜火とポルンはレオンの案内で焔の元へ、ローラは宿屋で待ってもらうことにした。
ルカの所に向かっている途中で例の冒険者が倒れていた。焔にやられたのだろう、お尻に棒が突き刺さっていた。悲惨だ。
『焔。なんか冒険者のお尻に刺さっているのだが』
『あやつ、愚かにも情報の代わりにワラワの身体を求てきおった。当然の報いじゃな』
炎帝に欲情するとは確かに愚かだ。まあ誰も焔が炎帝だとは思わないだろう。見た目は美しい女性そのものなのだから。俺は冒険者に手を合わせ、ルカの元に急いだ。
王都の街から出る為には検問所を通る必要があった。門のところでルカが衛兵に囲まれていた。
ルカは焔に召喚してもらったフェンリルに跨っていた。街中をフェンリルに乗って走り回っていたのだ。衛兵に囲まれるのも当然だった。
俺も以前、シオンとレオンを連れていたところを衛兵に止められたことがあった。その時も色々あったがまたお金で解決してしまった。その後パナメラに相談したところ、ギルドで使役登録を行えば問題ないことが分かった。俺と焔と桜火のギルドカードには『使役:フェンリル』と記載されている。
ポルンとルカは使役の登録を行っていなかった為、衛兵に足止めをくらっていたのだ。
「すみません。この子達は僕の使役獣なんです」
俺は衛兵にギルドカードを見せた。誤解は解け、俺とルカは門を抜けることが出来た。
「師匠ごめんなさい。僕のせいで馬車を街から出しちゃって···」
「気にしなくていいよ。シオン達ならすぐに追いつくだろうし。なあシオン」
「クオーン!」
シオンは「任せろ」と言わんばかりに返事をした。ルカは馬車を止められなかった事で落ち込んでいるようだ。
しばらく走ると馬車の後ろが見えてきた。ルカは馬車を見るなり、フェンリルにスピードを上げさせた。挽回しようと必死なのだろう。みるみる馬車に追いつき、そのまま前に飛び出していった。
突然現れたフェンリルに驚いた御者が馬車を乗り捨て逃げ出そうとした。その時、制御を失った馬が道を外れて走り出してしまった。
すぐにルカが馬車を追う。俺はとりあえず御者を取り押さえた。御者を縛りあげて俺もルカの後を追った。
ルカが何か叫んでいる。どうやら馬車が走っている先に小さな谷があるみたいだった。
ルカは破壊掌が使えない。小太刀で扉ごと破壊するつもりだろう。中の人に注意喚起していたのだ。
ルカを乗せたフェンリルは馬車と並走する。ルカがその上に立ち上がり、小太刀を構える。『烈火』を放つ気だろう。馬車の中には人がいるので細心の注意が必要になる。ルカは意を決したのか、フェンリルの背を蹴り、馬車の扉に『烈火』を放った。
馬車の荷台に爆裂音と共に黒い煙があがる。ルカは『烈火』を放った勢いのまま馬車に飛び移っていた。『烈火』衝撃により馬車の牽引が解け、馬が逃げ出す。荷台だけが谷に向かって進み続けた。壊れた扉からルカが顔を覗かせている。谷はもう目の前だ。
「ルカ! 飛び降りるんだ!」
馬車に追いついた俺はルカに飛び降りるよう叫んだ。このままだと馬車ごと谷に落ちてしまう。馬車の中を見るとルカの横には、見覚えのあるエルフの少女が震えて座り込んでいた。恐怖で馬車から飛び降りれずにいたのだ。ルカの顔にも焦りがうかがえる。
シオン達がスピードを落とす。そうしないとシオン達も勢いで谷に落ちてしまうからだ。馬車はスピードを落とさずに真っ直ぐ谷に向かっていった。
間に合わない。そう思った時、馬車が弾んで谷に飛び出してしまった。
「ルカ!」
くそ! 俺はなんで焔みたいに魔法が使えないんだ。ここに焔が居たら風魔法で馬車でもなんでも浮かせていただろう。俺は自分の無力さに少しイラついてしまった。
俺は馬車が落ちた場所に駆け寄り、谷の中を覗き込んだ。最初に目に入ったのは谷底に落ちてバラバラになった馬車だった。中に人が乗っていたら一溜まりもない。
一瞬血の気が引いたが、壁から突き出た木にぶら下がってるものが視界に入り俺はホッとした。ルカが枝に掴まっていたのだ。反対側の腕でしっかりとエルフの少女を抱えていた。
普段の稽古で鍛えているせいか、僕っ子のルカでも余裕の表情でいた。
「ルカ! 大丈夫?」
「はい! 何とかギリギリで間に合いました」
「こっちから見るとすぐ下に足場があるみたいだけど移動できそう?」
「はいなんとか!」
俺はルカの安全を確認した後、すぐにロープを取りに戻った。途中で行商人の馬車と会うことができ、ロープを手に入れることが出来た。
ルカを助けに戻り、ロープで二人を引き上げた。
「ありがとうございます師匠」
「無事でなによりだよ。それに良くその子を助けたね」
俺に褒められたルカは満面の笑みで喜んだ。ほんとに女の子みたいだな。となりでもじもじしているエルフの少女は確かにシャルティアだった。
「あ、あのお助けいただきありがとうざいまふ」
((あ、噛んだ))
シャルティアは顔を真っ赤にしながらルカに何度も頭を下げる。ルカは「気にしないで」と優しく応えていた。
シャルティアの救出に成功した俺達は王都に戻ることにした。
シャルティアを運んでいた御者は逃げないように木に縛り付けておいた。俺はシオンに乗り、ルカとシャルティアは焔から借りたフェンリルに二人で乗っている。シャルティアが照れながらルカにしがみついているのが遠くから見ても分かる。初々しい。
王都の目の前に来たところで焔に連絡を取った。
『焔、こっちは無事終わったよ。やっぱり馬車には人が乗ってたよ。多分焔もビックリすると思うよう』
『それは楽しみじゃが、こっちは少し厄介かもしれん。すぐ来れるか?』
『うん、分かった。これからそっちに向かうね』
俺はルカにシャルティアを任せ、焔のところに向かうことにした。
シャルティアの入国に時間をかけてる場合ではなかったので、二人には別のところからこっそり入国してもらった。
これは後からルカに聞いた話だが、ローラが待っている、宿にシャルティアを連れて行ったルカは、ローラに「勇者様!」と言われ、ずっと感謝され続けていたそうだ。
シャルティアもまんざらではなくルカを「勇者様」と言ってきたので、「それはやめてください」と懇願し、結局「ルカ様」で落ち着いたそうだ。
俺達が助けた時はそこまで感謝されなかった気もするが、これが吊り橋効果というやつだろう。これをきっかけにシャルティアはルカに御執心らしい。俺はみんなが幸せならそれで良かった。
こうしてシャルティアの二回目の誘拐事件は冒険者一名の被害のみで解決することができた。