エルフの少女再び➀
ポルンとルカが冒険者になったことを祝う豪華な食事会は、パナメラに勧めしてもらった『銀の皿』とういう店で行うことになった。
テーブルに乗り切れないほどの料理が次々と運ばれてくる。多分焔が手当たり次第に頼んでいるのだろう。まあ、今日ぐらいはいいか。なんて言ったって今日の収入は過去最高だったからね。
ポルンとルカは光月村以外での食事は初めてだ。村ではまだ食事という文化がそこまで進んでいなかった。生きていければそれでいいという考えがそうさせていたのだろう。味付けも実にシンプルだった。今度、現世の料理を取り入れてみようかと考えているところだ。二人は「うまいうまい」と言って次々と料理に手を伸ばしていた。
食事も終わって宿に戻った俺達は、今後の予定を決める為に焔の部屋に集まった。今回は男性陣と女性陣で部屋を分けている。
「セリナさんの話だと、賊は、拐った子の運搬をギルドの依頼を通して行っているらしいから、明日からギルドを中心に、情報収集していこうと思う」
一応パナメラにも、物の運搬や移送の代理などの依頼もあるか確認したところ、ランククエストの方で取り扱いがあることが分かった。俺達ではランクが足りていなく、クエストが受注できないので、他の冒険者がクエストを受注したところをつけて行くことにした。件数がそこまで多くなかったので手分けして見張ることに決めた。
ポルンとルカは初の仕事になるので、ポルンは桜火と、ルカは焔と行動を共にすることにした。ポルンと焔を一緒にすると何か危険なにおいがするので分けることにした。ルカは桜火の次にしっかりしているので、焔の監視役にもなるだろう。
しばらくはこの作戦で行動することが決まったので、今日は解散になった。
翌日からギルドでの張り込みが始まった。それらしい運搬系の依頼を中心にクエストをチェックしておいて、他の冒険者がクエストの受注をするのをひたすら待った。クエスト奪取を企む奴らはこんなことをしていたのだろう。
チェックしてあったクエストが冒険者によって受注される。一人目は桜火達が追跡することになった。しばらくたって、またクエストが受注された。今度は焔達が追跡する。
俺が一人でギルドに残っていると、パナメラに声を掛けられた。
「レンくん今日はひとりなの?」
「はい。ポルンとルカが初めて冒険者の仕事をするので、桜火と焔が二人に教えてるところです」
パナメラは普段仕事モードなので、こうやってゆっくり話す機会がなかった。桜火もいないので睨まれることもないから、今日はいつもより長く話すことが出来た。話が切れると、何か言いづらそうにしながらパナメラが口を開いた。
「···あの、レンくんに折り入ってお願いがあるんだけど」
お願いなんて珍しい。「何でしょうか?」と話を促すと、特別クエストの依頼の件で相談したいとのことだった。俺達が炎帝の森で狩りをしていることをどこからか聞きつけて、俺達に炎帝の森での護衛を直接依頼したいとパナメラに話が回ってきたらしい。パナメラの一存では決められないのでギルドマスターに相談したところ、『コウヅキ』が了承するならば依頼を受けても構わないとのことになったようだ。
今は賊のことで忙しいので、少し待ってもらうことにした。依頼自体は問題ないので受けることは了承した。パナメラの顔が笑顔に変わる。
「レンくんありがとう。お礼に今度何かご馳走するね。···もちろん桜火ちゃんには内緒で」
最後の一言はこっそり耳打ちされた。それは無理だろうと分かっていても嬉しいものだ。俺は「期待してます」と笑顔で答えた。パナメラが機嫌よく受付に戻ると、急に声を掛けられた。
「その若さで炎帝の森で狩りをしてくるなんて大したもんだのー」
「ッ!?」
いつの間にか、白髪の老人が髭をこすりながら俺の後ろに立っていた。
「驚かせたようだな。わしはここのマスターをやってるルーカスっていうもんじゃ。よろしくのー」
「ここのマスターって、···ぎ、ギルマス!?」
王都のギルマスと言えば確か、ドラゴンスレイヤーとかいう二つ名がついていた元冒険者と聞いている。背は俺より高いがとてもドラゴンを倒すような人には見えない。
「ところで、お主の腰にぶら下げるもんはあまり見かけん武器だのー。ちと見せてくれんか」
刀はこの世界にはまだ存在していない。まだ公にはしたくなかったが、見つかってしまっては避けられない。俺はしぶしぶ刀を渡す。
「ほう、よい刀じゃのー。これを造ったやつも大した腕の持ち主に違いないのー。···うーん」
ルーカスは何かを探すように刀を見つめる。俺はもう少し違う反応をすると思った。初めて刀を見たベレン達も興奮してたからだ。ルーカスは何かを呟いた後「悪かったのー」と言って刀を返してくれた。
「そうじゃ、パナメラから話があったと思うが、護衛の件頼むのー。ほっほっほっ」
ルーカスは俺の返事も待たずに笑いながら行ってしまった。終始ルーカスのペースだったが、俺は一つだけ引っかかっていることがある。ルーカスは初めて見た刀のことを『刀』と呼んでいたのだ。俺は一言も刀とは言っていない。けど、この時の俺は「気のせいか」で済ませてしまった。
しかし、パナメラに気を取られていたとはいえ、俺が後ろを取られるとは、中々やる爺さんだ。
俺も仕事に集中することにした。しばらく待っていたら、チェックしていたクエストが受注され、やっと俺の出番が回ってきた。
俺が尾行している冒険者の依頼は、王都近くの町に荷物を届けるというものだった。条件に「荷馬車の運転が出来る者に限る」とあった。賊が関係しているとしたらこういった条件が付いた依頼の可能性が高いと思い、条件付きの依頼をチェックしていたのだ。
冒険者は普通に依頼主に会い、荷馬車を確認していた。俺も影から荷物を確認したが、中身は物資だけのようだった。俺の方はハズレだったみたいだ。
俺は尾行を止めてギルドに戻ることにした。他のところはどうなったのか気にしていると、通りの向こうで何やら騒ぎが起きていた。
「止めて、放してください!」
「だからさっきから言ってるだろ! 許可証を見せろ!」
王都の衛兵が、フードを被った相手の腕を掴んで叫んでいた。相手の方は声からして女性だろう。とりあえず近づいてみることにした。
「私は人を探してるだけなんです。お願いですから話して下さい」
「理由が何であろうとここでは許可証が必要なんだ!」
衛兵は既に三人で女性を囲んでいた。もみ合っているうちに女性の被っているフードが脱げた。エルフだ。長い金色の髪に特徴的な耳に、俺は一瞬見とれてしまっていた。
エルミナの王都では、亜人が入国するには許可証が必要となる。セリナに聞いたのだが、もし許可証が無く入国したことが見つかった場合、最悪死刑もあるとのことだった。見とれている場合ではなかった。俺は定番の演技で助けようと試みた。
「あーやっと見つけた。こんなとこにいたのか。勝手に動くなって言ったろ」
「···あなたは?」
「誰だお前」
(はい終了!)
定番のセリフも嚙み合わず、衛兵にもすごまれてしまった。
「すみません。そこにいるエルフは僕の奴隷なんです。村に帰る途中、どうしてもここに寄らなければならない用事があって、荷馬車で待たせていたのですが逃げ出してしまったみたいです。見つかって本当に良かった」
「お前、でたらめ言うな。もしそれが本当だったとしても、許可証が無ければ同じことだ」
「まあそんな固いことは言わず、ここは穏便にお願いしますよ。すぐにここを立ち去りますので」
俺はそう言いながら、衛兵の手に巾着を握らせた。衛兵がそれを開き、中を確認する。他の衛兵に目配せをしたあと「持っているなら最初から言え」と言って女性の拘束を解いた。すぐに王都を出ることを約束し、話はついた。
「どなたか知りませんが助かりました。感謝します」
エルフは「ローラ」と名乗り、事情を話してくれた。
ローラは自分の子供が人拐いに合い、追ってきたら王都までやって来てしまったようだ。入国の許可を待てずに、不正に入国したところを先ほどの衛兵に見つかったという。
俺は別の形で当たりを引いてしまったらしい。今現在王都で事件が起こっている可能性は極めて高い。もしかすると、桜火か、焔のどちらかが本命かもしれない。一先ずローラをここから移動させることにした。
宿屋にローラを連れて行き、桜火と焔の連絡を待つことにした。その間、ローラから詳しい話を聞くことにした。ローラはラフィーナの泉の近くから炎帝の森を抜けてここまで来たという。どこかで聞いた話だと思ったら、スイブルで助けたエルフの子供達が拐われた泉もそんな名前だった気がする。
「娘はシャルティアと言って···「ちょっと待ってください」
俺はローラの話を遮って頭を抱えた。あれ? シャルティアってあの時助けた子供じゃなかったっけ? まさかと思って、ローラに確認を取る。
案の定、拐われたのは今回で二回目だった。間違いなくスイブルで助けたシャルティアと同一人物だ。
「娘は一度スイブルで助けてもらったのに、またあの泉に近づいてしまって···」
どうやら、厳重に注意していたにも関わらず、泉に近づいたシャルティアが悪いという事になり、シャルティアの捜索は後回しにされてしまったらしい。シャルティアの他にも被害者がいるのだろう。それでローラが一人でここまで追って来たということだ。
俺がローラと話していると、桜火とポルンが帰ってきた。二人が追った冒険者もハズレだったみたいだ。俺は焔に連絡を取る事にした。