姉弟弟子の成せるわざ
特別クエストを受注した俺達は炎帝の森に入っていた。森に入るとすぐに魔物と遭遇した。森の中での討伐は全て桜火に任せている。素材は全部お金になるから全て回収した。
「サーベルがあれば俺達も手伝えるんだけどなあ。ごめんね桜火」
「大丈夫だよお兄ちゃん。稽古にもなるし」
(うーん。なんて優秀なんだ。)
「ふん、武器なんか無くとも、こ奴らなんぞ敵ではないわ」
「焔がやったら素材が残らなくなっちゃうでしょ」
「うっ」
炎帝の森に入る直前にたまたま遭遇したドラゴン。俺達が装備していたサーベルではほとんど刃が立たなかった。俺もまだまだ稽古不足だったみたいだ。焔はずっと「あいつは硬いんじゃ」と言い張っている。桜火の小太刀『桜火』だったら、それなりの結果になったと思うが、桜火にはまだ広範囲攻撃をする魔物と対峙するのは早いと判断し、今回は見学してもらっていたのだ。
「焔、ドラゴンって他にもいるの?」
「何種類かおる。小さい物から大きいものまでな。しかし、先の奴は別だ。奴は何度も来てはちょっかいを出しよる。やたら頑丈なのでいつも倒しきれんで逃がしてしまうのじゃ」
「腐れ縁ってやつね。次は日本刀でリベンジだね。それとちゃんと稽古もしてね」
焔は「日本刀があれば十分じゃ」と言うので、技の会得が出来ない限り使用の禁止を心に決めた。
そろそろ光月村に着く頃だった。そういえば皆、桜火が帰ってくることは知らないのだった。三人で話し合い、サプライズすることに決めた。
村に到着すると、住居の建設がかなり進んでいた。住人に帰還したことをエルグに伝えてもらい、広場に向かった。
大通りに商店街も出来上がってきていた。
商店街を抜けると広場があり、中央には噴水、右手に道場、左手に銭湯、噴水の奥の正面には迎賓館が既に建てられていた。「迎賓館とは?」と質問が多かったが、簡単に来客を迎える為と、集まりや会議を行なう建物と説明してある。
広場ではすでにエルグが待っていた。
「レン様、焔様、お帰りなさいませ。おや、そちらのお方は···」
「エルグさんただいま。この子は王都で仲間になった桜火君っていいます。色々報告したいことがあるんですが、その前にこの子の実力だけでも知って欲しいんで、道場にポルンとルカを呼んでもらっていいですか?」
エルグは「承知しました」と言って皆を呼びに行った。
道場で先に準備していると、続々と人が集まってきた。予想外に多い。どうやら俺達が居ないうちに光月道場に何かがあったみたいだ。そして、目的の二人が到着した。
「「師匠!」」
「ポルン、ルカ、久しぶり。さっそくで悪いんだけどこの子と立ち合いをしてくれないかな? 二人の成長も見てみたいし」
「師匠こちらの方は?」
「この子は王都で会って仲間になった桜火君だ」
桜火は既に眼帯をしている。フードも被っているので、誰が見ても桜火がシュリだとは気づいていない。ポルンは訝しめに返事をして立ち合いの準備をする。
「ルカは少し待っててね。ちゃんと二人の動きを見てるんだよ」
「はい!」
ルカは俺の隣にちょこんと座る。僕っ子だったルカも、この期間しっかり稽古をしていたのだろう、それが分かるくらい顔つきがしっかりしている。
「では立ち合いを始める。攻め側ポルン、受け側桜火、構え!」
桜火とポルンが対峙し、構えに入る。懐かしい光景だ。俺の「始め!」の合図で立ち合いが始まった。さあポルン、成長の証を見せてくれ。
特別稽古。最初の門弟になった三人が、初めて覚えた立ち合い稽古だ。お互いの気配を探り合い、先に攻撃を打ち込めた方の勝ちである。そしてこの稽古では、ポルンとルカは桜火に一度も勝ったことがなかった。
開始の声から1分が経った。両者全く動かない。この稽古は攻め側が攻撃を仕掛けない限り、受け側は攻撃が出来ない。ポルンは一向に攻撃に移ろうとしない。
「し、師匠···」
ルカが泣きながら俺の方を見てきた。俺は口元に人差し指を立てた。二人でポルンに目をやった。ポルンの体が震えている。眼帯の上からでも涙を流しているのが分かる。
その時、立ち合い用の棒がポルンの頭にこつんと当たる。受け側の桜火が先に動いてしまった。反則行為である。桜火は眼帯を外し、ポルンに近づいてポルンの眼帯を下げた。
「攻撃しないと始まらないでしょ」
「······」
「ただいま。ポルン」
ポルンは目を瞑ったまま、言葉も出ない。
ルカは「うわーん! シュリー!」と言って飛びついていった。フードは被ったままだったので、他の人達はなにが起きているのか理解できていない。分かっているのはお互いの気配をしっかり体に覚えさせていた三人だけだった。姉弟弟子の成せるわざである。
「桜火反則の為、勝者ポルン!」
色んな意味でしょっぱいポルンの初勝利になった。
エルグも「レン様これはいったい···」と言って、状況を理解できていないようだった。もろもろの説明の為、皆で迎賓館に向かうことになった。