【別視点】 北の厄災
【別視点】
エルミナ王国は、炎帝の森の災害があった日から、魔物の出現が増えた事により、森側の警備体制を強化することを決定した。
俺は一個大隊を任され、一番魔物の出現率が高いエリアに配置された。
「ロドルフ隊長。森からビックバイソンが現れたようです」
「またか。今週何体目だ?」
森からの魔物なんて、月に一体出るかどうかだ。それが配属されてからすでに四体も出現している。明らかに森で異変があることは間違いない。
調査に行きたくても森の生態が不明な為、無闇に森に入れば一個中隊でもすぐに撤退しなければならない程の被害がでる。千人規模の大隊であれば可能だろうがその規模の行軍となると森を拡げなくてはならない。しかし、森への開拓行為は先代国王の命により禁止されている。よって二百人までで構成される中隊での行軍が限界なのだ。それ以上の人数で行軍しても、指揮が届かず、いたずらに兵がやられるだけだった。
ビックバイソンは中型の魔物だ。大きな角を向けて突進してくる。油断して対応を間違えると人が宙を飛ぶことになる。遠距離系の攻撃で足止めをし、動けなくなったところに騎兵が突撃していく。
今は中型の魔物しか確認できていないが、大型の魔物が現れたとしたらこの大隊だけでは太刀打ちできないだろう。中型の魔物であれば大隊長クラスでも単騎討伐が可能だが、それ以上になると師団長クラスでないと不可能だろう。
前方でビックバイソンと戦闘中の兵から歓声の声が聞こえる。どうやら討伐に成功したようだ。今日の晩飯は豪華になるだろう。
そんなことを副隊長のベリアルと話していたら、北の方の空が光っているのが見えた。信号弾だ。
炎帝の森はエルミナ王国の東側に長く隣接してる。軍の警備は北から南にかけていくつかの隊が配置されているのだ。信号弾は各隊との連携を取るための手段に使っている。今回上がったのは大型の魔物が出現した時に使用する信号弾だ。
信号弾が上がった位置をみると一番北に配置された隊から上がったようだ。戦闘開始の合図はまだ上がっていない。そう思っていたら、新たに信号弾が上がった。さらにもう一つ。
「隊長あれって···」
「間違いない。近づいてきてる。すぐに全員配置に着かせろ!」
「はっ!」
信号弾はどんどん近づいてきた。隣の隊からの信号弾を確認した数秒後、黒い塊が空を移動しているのが確認できた。
「あれは···。黒龍か?」
俺も話でしか聞いたことがない。北の大陸で生息していると言われていてめったに姿を現すことがない。一目見ても分かる。あれは俺達だけじゃどうにもならない。
「ベリアル、信号弾二発だ。降りて来るぞ」
信号弾二発。これは大型の魔物の確認と戦闘が始まったことを意味する。黒の塊が黒龍だと認識できた時には既に急降下を始めていた。
「魔導士と弓兵は一斉攻撃! 他は攻撃に備えろ!」
黒龍は明らかにこちらの隊を目がけて飛んできている。こちらが放った魔法や弓矢が、次々と黒龍に飛んでいくが、全く効いていない。そのままの勢いで前方の歩兵隊の所に突っ込んできた。数十人の兵が吹き飛んだ。
着地した黒龍はそのまま首を振り口から炎を吐き出す。
「な、何だこれは。こんなの無理に決まってる」
黒龍が着地して数秒足らずで兵の三割がやられてしまった。突然の襲来にパニックになる兵もいる。これでは指揮どころではない。
「ベリアル、頼みがある。隊を撤退させ、この状況を師団長に伝えてくれ。それとこれを妻に頼む」
俺は腰につけていた小さな短刀をベリアルに渡す。お守り代わりに持っていた飾り付きの短刀だ。
「隊長はどうするんです?」
「出来るかどうか分らんが、お前らが逃げるぐらいの時間は稼いでやるさ」
「無理です! 隊長も一緒に行きましょう!」
「ばか野郎! 全員で逃げてあいつが王都に入って来たらどうする!」
「でもっ···」
頭のいいベリアルだ。理解はできているだろう。「ご武運を」と言って撤退の準備に入った。俺は馬に乗り黒龍の所に向かった。
撤退の指示が回っていたので全員が逆方向へ走っていく。黒龍は逃げる兵達を追いかけて襲いかかっている。既に半数はやられているだろう。
「隊長!」
後ろを振り返ると、何人かの騎兵がついてきていた。大ばか者が。
「生きて帰れると思うな。行くぞ!」
「「「はい!」」」
最初に二騎が黒龍に切りかかっていった。俺と他の騎兵はその反対側に回り込む。黒龍が、切りかかった騎兵に標的を変え、前足の一振りで馬ごとその騎兵を吹き飛ばす。俺は死角から黒龍の前に回り込み剣に全魔力を込める。残った騎兵が後ろから攻撃するが、黒龍の尻尾で薙ぎ払われる。
後ろに気を取られた黒龍の胸元ががら空きになった。そこに、全魔力を込めた斬撃を打ち込だ。
「くそ!」
中型の魔物を両断できる斬撃のはずが、傷一つ付けることが出来なかった。そのまま黒龍の前足で殴られ吹き飛ばされた。
「隊長大丈夫ですか?」
「お前ら生きてたか。すまない。傷一つ付けられなかった」
「隊は撤退できたみたいです。我々は一旦森に隠れましょう」
時間稼ぎにはなったか。部下に抱えられ、森に逃げようとした。その時。後ろから声を掛けられた。
「すみませーん! 魔法が行くので離れていてくださーい!」
声のしたほうを見ると、黒いコートを着た三人組が立っていた。叫んでいたのは子供のようだった。一人だけ背の高いのがいて、そいつが腕を伸ばし、指を弾いた瞬間、黒龍がいる位置に、直径5メートル程の火柱が立ちのぼった。轟音とともにその炎が黒龍を襲う。
「な、なんだ···これは···」
王国の魔導士でもこれほど威力のある魔法が使えるだろうか。しかしその魔法ですらも黒龍に致命傷は与えられていない。
「相変わらず硬いのう。あいつら昔からああなんじゃ」
「ねぇ、あれが相手なら使ってみてもいいんじゃない?」
「おお、やってみるか」
いつの間にか近くまで来ていた三人が、まるで慌てる様子もなく会話をしている。背の高い一人は女だった。その女の方が一人で突撃していった。
「無茶だ!」
俺の制止も聞かず、その女はあっという間に黒龍の目の前に着き、腰の剣に手を掛ける。黒龍も前足で攻撃するが全て躱している。黒龍が体勢を崩したその瞬間、女が腰を少し落とした。鞘から剣を抜いた様に見えたが、早すぎて見えなかった。気づいた時には腕は伸びきっていた。ただ、鞘から、伸びた腕の先にかけて炎の線ができる。
「グァォオオ!」
初めて黒龍が悲鳴を上げた。斬撃後、爆炎が起こり、女は一度黒龍から距離をとっていた。黒龍の胸に小さな傷が出来ていたが出血は無い。
「だめじゃ。武器がもたんかったわ」
「ええ。焔お姉ちゃんでも切れないの?」
「ち、違う! あいつが硬すぎるんじゃ!」
何やら二人で話している。二人とも女だったのか。ん? もう一人はどこに? 姿が無くなったもう一人を探していると黒龍の悲鳴がまた聞こえた。
「ギャグァォオオ!」
さっきより少し甲高い悲鳴だった。黒龍の方を見ると黒龍が3メートルぐらいの高さでホバリングしていた。よく見ると左目が縦に切れており、顔から血を流していた。
黒龍の真下に、探していた子供が立っていた。片手には柄から先を失った剣を握っていた。
黒龍はしばらく子供を見ていたが、そのまま上昇し北の方角に去っていった。
「いやあ、俺のもだめになっちゃったよ」
「ほ、ほら、レンも切れんかったじゃろ」
「いや、焔、体の軸ずれてたから。黒龍の体傷つけただけだよね」
「くっ···! もう良い! 早く帰るぞ! ワラワはベレンに用が出来た!」
「はいはい」
黒龍の左目をつぶしたのは少年だった。少年は「大丈夫ですか?」と声を掛けてきた。そして息のある者達全員に、あの強力な魔法を放っていた女が治癒魔法をかけてくれた。
俺達が礼を言うと「気にしないでください」と言って炎帝の森に入って行った。一体あの者達は何者だったのだろうか。そして俺は忘れないうちに、大型の魔物が撤退したことを知らせる信号弾を打ち上げた。
まさかあんな子供が黒龍を撃退させてしまうとは。これはすぐに師団長に伝えなくては。魔力を使い果たした。俺はそこで意識を落とした。