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クエスト奪取

 ギルドで冒険者登録を済ませてから数日がたった。今日も光月村の為、資金(かせ)ぎを行っている。今日の(かり)を終えて素材をギルドに持ってきたところだ。


 ギルドに黒いコートをまとった三人組が入っていく。大人一人と、子供二人の新人パーティ『コウヅキ』だ。(ほむら)桜火(おうか)はフードを被っていた。これには理由がある。


 冒険者登録を終えた(ばん)、王都でいくつか事件が起きた。その話を焔にしたら目が泳ぎまくっていたので、嫌な予感がした俺は早々にコートを買うことにした。


 二人には好きな色を選んで良いと言ったのに、「俺と同じでいい」と言って、みんなで黒のコートを買うことになった。すぐに装飾を付けられると言うので、光月流の家紋を入れることにした。金色の刺繍(ししゅう)で、左上が開いた三日月、その空いた部分に『光』という文字が入る。この世界の人には漢字は読めないから何かのデザインに見えるだろう。


 こうして俺達はお揃いの家紋が入ったコートを着ることになった。家紋は意外に好評だった。


 焔の髪は白くて綺麗(きれい)だが毛先の方になると赤い色をしてる。何かをやらかして来たとしたら、確実に印象に残るだろう。普段はコートの下に髪をかくしておくことにした。さらに、焔がギルドに入るといつも騒ぎになるから、中に入る時だけフードを被っておとなしくしてもらっている。桜火は焔を真似しているだけだ。


「こんにちは、『コウヅキ』の皆様。今日も素材の買取ですか?」


 パナメラはギルドの受付嬢だ。俺達が連日レアな素材ばかり持ってくるから、パナメラが僕らの担当受付になったのだ。素材の鑑定(かんてい)は意外に難しいみたいだ。


「また今日も珍しいものを持ってきましたね。いったいどこで狩りを行っているのですか? 魔物も簡単に倒せないものばかりですし。ホムラ様が一緒であれば問題ないとは思いますが」

「魔物を狩っているのは全部桜火ですよ」

「またまた。オウカ様のレベルでは不可能ですよ。······。ほんとに?」


 (うそ)ではない。稽古(けいこ)を兼ね備えて狩りも桜火が行なっている。ここ数日持ってきた素材はすべて桜火が倒した魔物のものだった。おかげで桜火の実力はどんどん上がっている。今では体術稽古も始めている。周りからいつものヤジが聞こえてきた。


「またあいつらかよ」

「オーバーに頼りすぎなんだよ」


 勝手に言っているがいい。別にオーバーに頼ったところでパーティなんだから問題ないし。


 他の冒険者が嫉妬(しっと)するのには理由がある。パーティでクエストを受注すると、クエスト成功時のランク評価が、パーティ全員に均等にもらえるのだ。他の冒険者は、俺と桜火が、焔のおかげでランク評価をもらっていると思っているのだ。実際のところ俺達はすでにランク『D』になっている。この短期間での昇格は異例らしい。


 何かおいしい依頼がないか掲示板を探していると、面白いのが目に入ってきた。


―――――――――――――――――――――――――

『特別クエスト 炎帝の森の調査』


依頼内容:

先日起きた炎帝の森での災害調査。

魔物の生態調査。


達成条件:

炎帝の碑石の現状報告。

魔物の討伐記録と素材の提出。

祀り石の提出。


達成報酬:

白金貨100枚

―――――――――――――――――――――――――


 白金貨100枚! 白金貨は大金貨10枚相当である。これがあれば光月村の当面の生活は困らない。これは俺達専用のクエストではないか。依頼表を()がすと、周りにいた冒険者がざわついた。


「死んだな」

「オーバーは無事でも他は無理だろ」


 俺は依頼表をパナメラに渡す。依頼表を見たパナメラも騒ぎ出した。


「レン様これはいくら何でも無謀です。先日も王国騎士団の一個中隊が調査に失敗したばかりなんですよ。それで形式上ギルドにも依頼が来てるだけなのですから。ほんとは『S』ランクパーティ向けのクエストなのに···」


 パナメラは本当に心配してくれているようだ。どうしても炎帝の森の調査を行ないたい王国は、誰でも受注出来る特別クエストを指定してきたのだ。本来だったら、ギルドマスターがランククエストに変更する案件なのだが、特別な事情があるらしく、王国の条件を飲んだようだ。


 何を言っても全く気にも留めていない俺らの様子を見て、説得をあきらめたのか、ため息をついてパナメラは依頼書にハンコを押した。クエストの受注完了だ。


「よし、二人とも帰ろうか!」

「うむ、帰るか」

「うん。帰ろう」

「何をのんきに···」


 パナメラは俺らの陽気(ようき)さ加減にあきれてしまった。そりゃのんきである。だって俺達は本当の意味で帰るのだから。


 俺達がギルドを出ようとしたら、入り口で集団に囲まれた。荒くれ者の集まり、パーティ『ウルフルズ』だ。色々問題ありそうなパーティ名だな。


「おい、その依頼書置いてけ。その依頼は俺達が受ける」

「ふん。お前らなんぞ森に入ったら一時間もせんと全滅じゃ」

「何だと!」


 焔が軽く挑発する。これはクエスト奪取(だっしゅ)と呼ばれるものだ。


 クエスト失敗時のペナルティは、クエスト受注者に発生する。しかし、達成報酬と評価は、依頼書と成功条件を揃えていれば、ギルドにクエスト完了報告したパーティのものになる。だから、他の冒険者が危険なクエストを受注するのを待ち、依頼書を(うば)ってペナルティを回避しようとする冒険がいるのだ。


 なぜこんな理不尽(りふじん)な制度があるのかというと、依頼者主義を重んじているからだ。依頼者主義とはギルドは依頼があって初めて機能する。依頼者から手数料と成功報酬をもらう以上、クエストの失敗は許されない。冒険者の失敗はギルドの失敗に直結(ちょっけつ)する。冒険者の性質上クエストで全滅なんて話も少なくない。クエスト受注のままパーティが全滅すれば、依頼者からの依頼が(ちゅう)に浮いてしまう。その無駄な時間を無くす為に、他の冒険が依頼を引き継ぐことを許しているのだ。

 そうなると依頼を横取りしたとかしないとかの問題が発生するが、ここでは依頼を成功させて依頼者を満足させることを一番に考えている。これが、依頼者主義だ。つまり冒険者の問題は冒険者が解決しなければならない。依頼書を(うば)われるほうが、冒険者失格と言われるくらいだった。


 さすがにギルド内でクエスト奪取(だっしゅ)をやるばかは今までいなかった。


「ライドさん! ギルド内の争いは禁止されています。それも堂々とクエスト奪取(だっしゅ)だなんて!」


 ライドは『ウルフルズ』のリーダーである。パナメラが止めに入ると、ライドはパナメラを突き飛ばした。俺は倒れそうになったパナメラを受け止める。


「···レン様」

「これは正当防衛で宜しいですか?」


 しっかりと抱えられたパナメラは少し顔を赤くしながら、コクコクと首を(たて)に振る。俺は小声で「丁度いいですから見ていてください」と耳打ちした。


 焔が(めず)しく空気を読んだのか、後ろに下がり桜火から距離を取る。


「おいおい、チビスケ。オーバーにも見捨てられちまったな。それとも怖くて動けなくなっただけか?」

「ほら、フードなんか被ってないで顔を見せてみろよ···」


 ライドの取り巻き二人が、桜火のフードに手を掛けようとした瞬間、桜火が相手の(ふところ)に入り肘打(ひじう)ちを入れる。とそのまま相手が(しず)んだ。皆呆然(ぼうぜん)としている。一瞬の事で何が起こっているのか、分かっていないみたいだ。


「てめぇ!何しやがる」


 もう一人が(おそ)いかかるが、それも難なく避けて一人目と同様に肘打(ひじう)ちだけで(しず)んでいった。仲間をやられて頭に来たのか、ライドの号令で全員が一斉に桜火に向かっていった。桜火は腰の小太刀に手を置いた。


「···こ、これって」


 パナメラは「信じられない」という顔をしている。それもそのはず、12歳の女の子が、大の大人、それも冒険者の男達を次々と(しず)めていってるのだから。


「くそ! この化け物め!」


 十人以上もいた冒険者は、桜火によって倒されていった。残るライドも桜火に触れることも出来ずに剣を振り回している。桜火はライドの剣を全て紙一重で避けている。ライドが剣を振り上げた瞬間、小太刀の先端がみぞおちに突き刺さった。


 ライドが膝をつき(しず)みかけた。倒れそうになったその肩支え、顔の位置が桜火の高さまで来たとき、桜火がライドの耳元でこう言った。


「ガッツだぜ」

(やめなさい!)


 結局誰も桜火のフードを取ることは出来なかった。ギルド内は騒然(そうぜん)としていた。一人の子供によって『ウルフルズ』が全滅させられたからだ。血は流れていない。桜火の小太刀は(ひも)(しば)ってあって(さや)から抜けなくなっている。


 戦いが終わった桜火は俺達の方に真っ直ぐ向かって来て、そのまま小太刀をパナメラに向けた。


「お兄ちゃんから離れて」


 気づけばパナメラは俺に抱きついていた。俺は一向に構わなかったのだが、桜火に(にら)まれてばんざいする。パナメラは「これは失礼しました」と言って俺から離れた。


「パナメラさん、『ウルフルズ』はどうなるんですか?」

「ふん! ギルマスにたっぷりしぼってもらいます!」


 パナメラはギルドマスターの部下を呼び、『ウルフルズ』を連れて行かせた。


「さてと今度こそ帰りましょうか」


 こうして俺達は久しぶりに里帰りすることになった。

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