【別視点】囚われの獣人
【別視点】もう一つの馬車
「ねね様ごめんなさいにゃ」
「謝らないの。トゥカは悪くないわ。きっとギルティが助けに来てるから」
最近、子供の獣人の売買が横行している。私の一族からも犠牲者が出ていて、獣人売買の噂を聞いてこの王都までお忍びでやってきたのだ。
王都では許可なく獣人が立ち入ることは許されていない。そのため少人数で調査に来たはずだったのだが、どうやらトゥカは荷馬車に隠れて内緒でついて来てしまったらしい。
気づいたときにはすでに遅く、仕方なく王都でも同行することになった。
トゥカは好奇心旺盛なため注意していてもすぐにどっかに行ってしまう。案の定迷子になってしまったのだ。
お忍びで来ているため大々的に探すことができず、全員バラバラになって探すことになった。
私は焦った。もし王都の衛兵にでも見つかれば、トゥカは投獄され、最悪は打ち首になってしまう。おのずと探す足は速くなっていた。
既に商店街から離れ、市民街に入ろうとしていた時、路地裏に大人と一緒に入っていくトゥカを見つけた。
「トゥカ!!」
急いで路地裏に入った。しかし、そこに立っていたのはトゥカを肩に担いだ男が、私を待ち構えていた。
「本当に釣れたよ。頭の言ったとおりだ」
「あなたは誰!トゥカを離して!」
男に掴みかかろうとした時、私は後ろから何者かに襲われた。
それが数時間前の出来事だ。今はトゥカと一緒に檻の中に入れられ、馬車で運ばれている。
「トゥカ、怪我はない?あいつらに何かされてない?」
「トゥカ平気。ねね様心配。トゥカ悪子。ねね様の言うこと守らなかった。だからごめんなさいにゃ」
涙目に謝るトゥカをそっと抱きしめた。なんとかこの子だけでも守らなければ。
ここはどこだろう。私たちは王都から運ばれているはずだ。そうなると王都の東側にある大森林の可能性が高い。無闇に立ち入れば魔物に襲われ生きては帰れないだろう。
私たちも大森林に入る際は必ず、一族で決められた道しか通らない。
どうやらこの道は、奴らにとっての安全な道なのだろう。護衛もつけないで馬車だけなのがその証拠だ。
逃げるにしても、枷、檻、大森林と、問題は多い。しかし、このまま連れていかれれば奴隷の道は免れない。
脱出方法をあれこれ考えていると急に前方が騒がしくなった。
「おい!お前何してる!ゼフ!獲物が逃げるぞ!おいゼフ!!くそっ!!」
前の馬車で何か起きたみたいだ。御者が怒鳴り散らしている。そうこうしていると、私達の馬車が急停車した。
「くそっ!どうなってやがる!」
御者が「大人しくしてろよ!」と言って馬車から離れていくのが分かった。
「トゥカ。逃げるよ」
「ねね様」
トゥカが心配そうにしがみ付いてくる。今しかチャンスは無い。枷は後だ。とにかくこの檻から出られなければ話にならない。私は素早く扉に近づき鍵穴を探る。
「くっ、無穴錠か」
無穴錠とは鍵穴がなく、暗号化した魔力で開ける鍵だ。暗号化した魔力を込めた鍵をかざすか、直接暗号魔力を込めない限り開けることはできない。どうしよう。打つ手が無い。
「ねね様、戻ってきちゃうにゃ」
御者の足音が近づいてきた。もう逃げられない。私はトゥカを強く抱き寄せた。
しかし、現れたのは私より少し若いと思われる黒髪の男の子と、トゥカと同じぐらいのかわいらしい女の子だった。
男の子は私たちを見て一瞬だけ口をパクパクさせ何かを呟いたが、すぐに落ち着いた表情に戻っていた。
「あのー、僕たちも捕まっていて、逃げようと思うのですが、一緒に行きますか?というか言葉は分かりますか?」
男の子は捕まっていたというが、奴らはどうしたというのだろう。しかし、願ってもないことだ。知らない子とはいえ、相手は私と同じぐらいの子だ。大丈夫。
「言葉は分かります。できればここを出るのに力を貸してください。鍵が無穴錠なので扉を開けることができなくて」
「分かりました。ちょっと離れててくださいね」
男の子が錠に手を当てた瞬間「ガキン!!」と音をたてて錠が壊れた。
「ホェ?」
恥ずかしくも変な声を出してしまった。錠を簡単に壊し、男の子は御者達から奪ったであろう鍵で枷を外してくれた。
「あの人達、この鍵しか持ってなかったみたいで、扉の鍵は壊しちゃいました」
さも当たり前みたい言うが無穴錠は簡単に壊すことはできない。
そもそも囚人の脱獄を防ぐために考えられたものだ。素材もそれなりに強度の高いものを使っているはず。それをいとも簡単に壊してしまうとは。少しだけこの子に対しての警戒は必要かもしれない。
「助けて頂いてありがとうございます。私はセリナといいます。見知らぬ獣人と一緒では不快かもしれませんが、私だけではこの子を守ってこの森から出ることはできません。どうか同行を許してもらえないでしょうか?」
「もちろんです。私はレンと言います。この子はシュリちゃん」
「シュリです」
「トゥカはトゥカにゃ!」
「レンさんはここがどこか分かりますか。あいにく私たちも目が覚めた時には既に森に入っていたので」
「残念ながら僕も分からないんです。ただ少し気になることがあって森を突っ切ろうとは考えているのですが、それでも大丈夫ですか?」
レンさんはここがあの大森林だと知っているのだろうか。「気になる」とは何かつてでもあるのだろうか。大森林で迷うということは「死」を意味する。
しかしここにいても仕方がない。レンの顔を見ても一切の不安を感じていない。それを見ると逆に安心感を覚える。それに一人でトゥカを守るよりは生存率は高いはずだ。
「よろしくお願いします」
こうして私たちは大森林を進むことになった。