【別視点】エルミナ王国 転換期
【エルミナ王国 王城】
男が座るテーブルの前には空になった皿が置いてある。メイド達が手際よく片付け、食後のお茶を用意している。
男の名前はアルフレッド・エルミナと言う。エルミナ王国現国王だ。
「テスタ。お前今日も街に行っていたようだな」
テスタロッサ・エルミナ。国王の娘であり、エルミナ王国の王女でもある。王女は、時折城を抜け出し、お忍びで街を見て回っているらしい。国王が何度言っても止めないので、王女直属の護衛騎士団団長のレオナルドを必ず同行させることを条件に、街に行くことを許したのである。
「はい、お父様」
「あまり感心せんな。なぜそう頻繁に街に行く」
「秘密です。でも、国民の生活を知るのも王族の務めではありませんか?」
国王の質問も笑顔でさらりとかわす。王女はまだ12歳という若さでありながら国政にも関わり、既に次期女王と噂が上がるほどだ。
「貴族の方々からの報告だけでは、真実が見えにくいですからね。どれもお父様に聞こえが良いものばかりですから」
「ザイル。どうしたらこんなふうに育つ。もう国を任せても良いのではないか?」
ザイルはエルミナ王国の宰相だ。国王は前国王と同様、武に長けていて、政治はほとんどザイルが担っていた。
「姫様は5歳になられた時から国政教育を受けておりますからね。今じゃ姫様につく貴族も少なくありませんよ」
王女は子供の頃から、姫様と呼ばれている。テスタと呼ぶのは国王以外だと一人だけだ。国王とザイルの付き合いは長く、身内だけの場合は砕けた会話をしている。
「王国の街中だからといって安心とは限らないからな。何をしているか分らんが、視察ごっこはほどほどにするんだぞ。レオナルド、テスタを頼んだからな」
「はっ! 命に代えてもお守り致します」
王女は「ごっこじゃありません」と機嫌を悪くする。「すまんすまん」と謝りながらメイドを呼び、人払いを指示する。部屋に居たメイドが全員部屋の外に出ると、国王と王女、ザイル、レオナルドの四人が残った。
「どうしたのですかお父様。人払いなんかして」
「実はあまり良い話ではない。先日、炎帝の森で起きた災害のことなんだが、今も原因が分かっていない。ただあの森から炎帝が居なくなったという噂がある。その影響で、森付近の魔物の出現が増えているとの報告もあった。現地調査に行かせたが、森に入ると大型魔物が頻出して、炎帝の碑石までたどり着くことが出来なかった」
「なぜ急に炎帝様が居なくなられたのですか?」
「分からん。しかし災害後に魔物の出現が増えた事を考えれば、そのせいで炎帝の加護が消えたと考えるほうが妥当だと思う。それともう一つ。関係あるかどうか分らんがレザリア王国内の小さな町が、炎帝の森から出現した赤毛の魔物に半壊させられたという話だ」
「···半壊」
国王と王女とのやりとりが続き、今後の対応が話し合われた。炎帝の不在が確かならばエルミナ王国にも魔物が出現する可能性は大いにありえる。
また炎帝不在となれば、炎帝の森の東側の大陸に対しても警戒しなくてはならない。東側の大陸は人間以外の種族が占めており、亜大陸と呼ばれている。炎帝の森に阻まれているため、歴史的情報はあるが、現在の情勢などは分かっていない。
「とりあえず当面は、炎帝の森近辺の警備の強化、対魔物騎士団育成の為の騎士団再編成、それとギルドにも依頼して、炎帝の森の調査と亜大陸への調査を、冒険者にも行ってもらう」
冒険者の指揮権は、国や騎士団には無く、全てギルドマスターが握っている。法律で決まっている為、ギルドに依頼はできるが、命令することはできない。 ギルドに登録された冒険者はこの法律に守られ、戦争や強制的な出兵をしなくて済む。その為、冒険者の中には王国の騎士団よりも強い者が多く存在する。
今回、騎士団での炎帝の森調査が失敗に終わったので、ギルドに依頼して、上位ランクの冒険者に調査を行なってもらうしかない。
話し合いは終わり、後日改めて貴族を含めた会議を行い、正式な対応を決定することになった。
***
【別視点】アルフレッド・エルミナ
なぜ炎帝はいなくなったのか。加護が無くなれば今のエルミナは本当に危険な状態になる。
「なぜこんな時に···」
私が前国王のセドリック・エルミナから託されているのはエルミナ王国だけではなかった。この世界が始まった時、今のような国境は無く、種族間の争いすらなかった平和な時代だった。ある事件をきっかけに争いが生まれ、今もそれが続いているのである。
セドリックは特別であり、この歪んでしまった世界を元に戻す力を持っていたが、志半ばでこの世を去ってしまった。大きなものを託された私にはその力がない。そしてそれは我が子も同じだった。
セドリックの話を思い出していた時に閉まっていたはずの窓が開くのに気づく。
「誰だ!」
私は窓の方を見た。ここは城の上層階だ。簡単に侵入できる訳がない。月明かりで人影ができていた。
「セドリックの奴は死んだのか? お前は···あの時の小僧か」
誰だ。顔が見えない。賊は父のことを知っているようだ。俺を小僧という事は昔に会ったことでもあるのか? 突然の侵入者の口から父の名前が出て、思考が鈍る。
「セドリックの奴とは義理があったのでな、一言断っておこうと思ってな」
「何の話をしている? お前はいったい何者だ?」
「姿が変わっただけで分らんとは落ちたもんだなアルフレッド。まぁよい。今後森から炎帝は消える。加護も無くなるからそのつもりでおれ。ワラワは自由にさせてもらう。新たな義理もできたしな。話はそれだけじゃ」
「ま、待て! 炎帝が消える? なぜお前にそんなことが分かる?」
私は賊が発する言葉に質問しかぶつけることが出来なかった。聞きたいことが山程あるのに簡素な質問しか出てこない。
私がもどもどしていると賊は振り返り立ち去ろうとしていたが、ふと立ち止まった。
「そうじゃ。こちらからも聞きたいことがあった。お前の子はあの娘だけか?」
「!?」
私は質問の意図が読めず返答に窮した。
「当たり前だ! 何が言いたい!」
「···そうか。なら良い。あんまりばかなことをするなよ。じゃあな、アル坊」
そう言って賊が振り返り立ち去って行った。去り際、風に流された長い髪の先が月明かりによって赤く輝いていた。
アル坊。俺をそう呼ぶ相手に心当たりは一つしかない。かつて一度だけ父に連れて行かれた大きな碑石で、俺は奴にそう呼ばれていた。
「···炎帝」
森から加護が失われる、そう確信した。そして時代が大きく動くことを悟った。




