番外 今日から私は光月桜火
※この話は番外編です。
シュリがレンと会ってから、桜火になるまでの物語。
「え!?こんなに頂けるんですか?」
お父さんが誰かと話している。知らない男の人の声だ。
「もっと欲しければ言ってくれ。ただしこのことは他言無用だ。もし約束を破れば···」
「分かっております。決して誰にも話しません。しかし、なぜあの子なのでしょうか?」
「お前に言っても理解できんだろう。気にするな。では明日の夜中迎えを寄こす」
「かしこまりました」
お父さんとその男の話はそこで終わった。私は起きていたことが見つからないように眠りについた。
次の日、いつもと変わらない時間が続いた。朝から水汲みと、家の掃除、馬小屋の掃除、半分は兄達の仕事だ。
「おいシュリ。馬小屋の掃除が終わったら、買出し代わってくれ」
兄達は自分たちの仕事を全部私に押しつけて、自分達は楽をしている。
馬小屋の掃除が終わり買出しに出る。買出しは嫌いだ。以前に一人で出かけたときに、野犬に遭遇した。周りにも人がいたが、助けてくれる人は誰もいない。私は怖くて座り込んでしまった。
野犬は私の近くにいた幼い兄妹の方に向かっていった。妹が「お兄ちゃん、怖い」と言って兄の背中に隠れた。兄の方は細い木の棒をぶんぶん振り回している。その棒が野犬の目にたまたま当たり、「キャン」と吠えて野犬は逃げて行った。妹は泣きながらお兄ちゃんにしがみつく。兄の方も妹を抱きしめ頭をなでる。
いいなぁ。私は兄に甘えるなんてしたことなかった。兄妹ってどっちが本当なんだろう。
家に帰ると夕食の準備が終わっていた。珍しい。いつもなら、準備も私がやることになっていたのだが、今日は兄達がやってくれたみたいだ。
今日の夕食は心なしかいつもより豪華だった。
「何をしている、早く食べなさい。せっかくの温かい料理がさめるだろ」
少しだけ困惑していると、お父さんに注意を受ける。これもいつもなら怒鳴られていたことだろう。今日は何かいつもと違う。
夕食が終わると兄達は部屋に連れて行かれ、私は残された。お父さんは入り口の外で何やら辺りを気にしている。お母さんはなぜか悲しい表情でテーブルに座っていた。
外から馬車の音が聞こえ、お父さんが「来なさい」と言う。向かおうとしたらお母さんが後ろから抱きしめてきて「ごめんなさい」とかすれた声で言う。私は理解した。私は売られたのだ。
外には檻が載った馬車があった。檻に入れられると中には一人の少年が倒れていた。昨日の話からするとこの馬車は王都から来たみたいだ。
馬車が出ると私は家の方を見た。しかし二人の姿はすでに家の中に消えていた。
この少年は誰だろう。倒れているという事は王都で拐われてきたのだろうか。馬車は炎帝の森と言われる大森林に向かっている。途中でもう一台の馬車と合流した。
「ゼフ、そいつか? 王都から拐ってきたっていう小僧は? いったい誰なんだ?」
「知らん。俺はこいつをスイブルに連れてけと言われてるだけだ」
話の内容からこの少年が王都から拐われたのは間違いないだろう。もう一つの馬車にも誰か乗せられていたが暗くてよく見えなかった。
馬車が森に入ってしばらく経つと、少年が意識を取り戻す。少年は黒い髪をし、優しそうな顔をしていた。年は私よりも上だろう。兄達と同じくらいだろうか。
少年が話し掛けてきた。すごく優しい声だった。しかし、私は怖くてまだ喋ることが出来なった。少年はしばらく自分の状況を確認するかのように動いていた。少年は突然「どういうこと」と叫んでいた。よほど混乱しているのだろう。
私は恐る恐る知っている情報を伝えた。私は売られた身だが拐われたことにしておいた。
少年は枷を簡単に壊し、私に「一緒に逃げるかい」と言ってくれた。私は無意識にうなずく。目を閉じるように言われた。
しばらくして気がつくと、馬車は止まり、少年が目の前にいた。
少年はレンという名前らしい。レンは私が一緒に行くか再度確認してくれた。本当に一緒に連れてってくれるのかと思ったら、なんだか胸が熱くなった。私はこんなに優しくされたことは一度もなかったからだ。レンはもう一つの馬車の人達も助けてくれた。
私たちは森に進み、炎帝の碑石にたどり着いた。私の記憶は炎をまとった大きな獣を見たのを最後に、その後の記憶を無くす。
気づいた時には炎帝の民の家にいた。レンが村の男の子たちを鍛えることになったので私も加わった。もう野犬なんかに怯えるような人間にはなりたくない。自分の身は自分で守るのだ。
レンの稽古は厳しかった。厳しいがやってる事の先には必ず意味があるのが分かった。理不尽に命令してくる兄達とは違った。この時間がずっと続けばいいのに。
ある日、村の子供達が私たちの稽古を邪魔しに来た。気にしないで稽古を続ける。その子供のリーダーが私たちの稽古を、レンのことをばかにした。何か大切なものを汚された気がした。気づいたら子供達全員が倒れていた。
その日レンが帰ってきていて、喧嘩したことが知られてしまった。レンは怒るどころか、強さの意味を教えてくれた。
月が綺麗な夜「今日が最後の個別稽古になる」と言われた。分かっていたがこの生活が終わろうとしていた。稽古が終わるとレンが小太刀という武器を渡してくれた。小太刀の名は『桜火―オウカ―』という。
レンには妹がいた。理由は分からないがもう会えないらしい。妹の名前もオウカという。私はオウカが羨ましかった。私はオウカと入れ替われたらどんなに幸せなのかと思った。気づいたら私は変なことを口走っていた。
「私もシュリじゃなくて、オウカが良かった」
叶うはずがないこの想いに蓋をして。私は小太刀『桜火』を握りしめた。
翌日、お世話になった、炎帝の村を後にし、みんなと別れることになった。一緒に稽古した二人の子供と離れるのも寂しかった。初めて弟が出来た気持ちになった。また会えるといいな。
ロナの町に着いた。レンが私の家の扉を叩く。中からお父さんの声が聞こえた。あの夜の記憶がよみがえる。胸が押しつぶされそうだ。
別れが近づいている。レンと一緒に居たい。でもレンにとって家族はとても大切なものだ。私が本当の家族と一緒にいることが一番の幸せだと信じている。
「シュリ、ちゃんと別れの挨拶をしておいで」
レンにそう言われた。本当にお別れなんだ。寂しくて今にも壊れそうだった。お世話になった焔お姉ちゃんに挨拶をしようと思ったら「違う。そっちじゃない」と言って止められた。どういうことか全くわからなかった。
レンはその後信じられないようなことを口にする。
「今日からお前は光月桜火を名乗れ!」
光月桜火。それはお兄ちゃんの妹の名前だった。レンは私に桜火を名乗れと言う。それはこの世界の名受けを意味した。涙が止まらなった。
本来名受けは一度しかできない。しかし、名付け側の放棄と、名受け側の同意があれば新たな名受けは可能になる。私のお父さんが放棄するとは考えられなかったが、焔お姉ちゃんのお陰で放棄せざるをえなくなった。もちろん私は喜んで同意した。
今日から私は光月桜火だ。これからいっぱいお兄ちゃんに甘えよう。それが私の昔からの夢だから。
番外編お付き合いいただきありがとうございました。
引き続き本編の「エルミナ王国転換期」をお楽しみください。
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数ある作品の中からこの小説を読んで頂き、そしてここまで読み進めて下さり本当にありがとうございました。
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