別れの挨拶 シュリ
光月村の建築は順調に進んでいた。主に住宅を中心に進めている。朝から日が沈むまで全員体制で行われている。
ポルンとルカも手伝いがあるので稽古は毎日夕方から行うことにしている。その間シュリとは個人稽古を行う日々が続いた。
ある日稽古場に行くと、子供達の人数が増えていた。昨日まで三人だったのに今日は十人以上いる。よく見ると、シュリが返り討ちにした、シンバルとその取り巻き達だった。
シュリに負けたことで自分達の間違いに気づき、騒動があった次の日に全員で謝りに来ていたそうだ。その際一緒に稽古をしたいと言ってきたことに対し、シュリが条件を出したらしい。
一週間シュリ達がやっている基礎体力の稽古を続けられたら、一緒に稽古をすることを許すというものだった。さすがしっかり者のシュリだ。
ナバルの息子はシンバルと言う。シンバルは取り巻き達と一緒に、しっかり一週間基礎体力の稽古をやり切ったのだ。
俺が稽古場に顔を出すと、全員走って寄ってきた。シュリ達三人はいつも通り「お願いします!」と言って頭を下げる。シンバル達もそれに倣った。今日の稽古の確認が終わると、シュリが小声で話を掛けてきた。
「お兄ちゃん、勝手に約束してごめんなさい」
「いいんじゃない。一週間走らせたのも良かったね。今日から皆も頑張ってもらおうよ」
「はい! 師匠!」
シュリは明るく返事をして稽古に戻った。
シンバル達にはポルンとルカと同じように基礎の型から教えることにした。当分の間は同じことの繰り返しだ。これだけ人数が増えてくると稽古の組み合わせも増やせるので今後が楽しみだ。
初日だけあって、シンバル達は力尽きていた。後半ほとんど動けていなかったので、基礎体力の稽古に切り替えていた。
稽古が終わると、いつも通りシュリとの個別稽古を行なった。この個別稽古もあと数日で終わる。シュリも分かっているのか、最後の最後まで吸収しようと、より丁寧に稽古に取り組んでいた。
なぜ最後になるのかというと、ある物が完成したら、シュリを自分の家に、送り届けることになっていたからだ。
個別稽古が終わり、俺はベンの所に向かった。
ベンの鍛冶場には、ベレンとロイドもいた。ベレンが熱した鋼を掴み、ベンとロイドがハンマーで交互にそれを打ち込む。三人は俺が注文していた刀を造っている最中だった。集中しているので誰も気づいていない。部屋の隅に焔がいるのに気づいて邪魔しないように念話で話す。
『焔もいたんだね』
『うむ。刀がどういうものなのか気になってな。これがあの娘にやると言ってた小太刀というやつか』
『そう。シュリには日本刀は大きいからね』
『ワラワより先に刀を持つとは』
『俺だって持ってないんだからいいだろ。次は焔の刀を造ってもらうからさ。それにシュリとは最初から一緒だったからね。記念になるような物をあげたかったんだ』
『まあ、仕方がないのう』
その日、遅くまで刀の鍛錬は続き、日が昇るころ、ようやく納得がいく刀が出来上がった。
いつも通り稽古が終わり、シュリとの個別稽古が始まった。始まる前に「今日が最後の個別稽古になる」と伝えると、シュリも真剣な顔つきで「はい!」と応える。
稽古が終わり、二人で縁側に座って月を眺めていた。こうして縁側に座るのも、ポルンとルカの稽古を初めて見た日以来だ。
「シュリ、明日になったら約束通りお父さん達のところに送ってあげるからね」
「うん」
「······」
くそ。なんでだ。なぜこんな時に思い出してしまうんだ。
「お兄ちゃん泣いてるの?」
「え?」
俺は気づかないうちに泣いていたらしい。最後の日なのになんと情けない。現世の事は焔以外には話すつもりはなかったが、無意識に話し始めていた。
「俺にはさ、シュリと同い年くらいの妹がいたんだ」
「妹?」
「そう。でも妹とはもう二度と会えなくなっちゃったんだ。シュリと会えなくなると思ったら、それを思い出しちゃって。ごめんね」
「お兄ちゃんの妹はなんていう名前なの?」
「妹はオウカっていうだ」
シュリは「いい名前だね」って言ってくれた。そこからオウカとの思い出を、少しだけシュリに教えてあげた。恥ずかしいので誰にも言うなよと釘をさす。
「シュリはオウカに似てるんだ。気弱そうなのに、譲れないものがあると誰の言うことも聞かなくなる。シンバルとの喧嘩の時にもそう思ったなぁ」
「あれはシンバルが悪いんだよ。だってお兄ちゃんのことばかにしたんだから」
「そうそう、そんな感じ。とにかく短い間だったけどシュリのこと妹みたいに思ってたんだ。それを考えると寂しくてね」
それを聞いてシュリはうつむいてしまった。俺が言ったことで何かを気にしてしまったらしい。俺は気持ちを切り替えて、シュリの為に用意した小太刀を取り出す。
「これは?」
「これは小太刀と言って、ベレンさんに頼んで特別に造ってもらったんだ。まだこの世界で一本しかない、刀という武器の一つだ。シュリに合わせて小さい刀だから小太刀って言うだよ」
「そんなに貴重なものもらえないよ」
「シュリだからもらって欲しいんだよ。それがあれば俺達のこと忘れないだろ? ほら抜いてみて」
シュリが小太刀を抜いて月の下にかざす。
「うわぁ、きれい」
シュリは初めて見る刀に目を輝かせる。手首を返し刃の両面をみると何か刻まれているのに気づく。
「これ何か彫ってあるけどなんだろう? 文字?」
「それは小太刀の名前が書いてあるんだよ。それで『桜火』って読むんだ」
「···桜火」
現世でも小太刀『桜火』を造ってもらったことがある。もちろん妹にあげる為だった。しかし、その小太刀は妹の手に届くことはなかった。もしかしたら俺は、その時の後悔を、シュリを利用して忘れようとしていたのかもしてない。でも俺は単純に、シュリのことを妹だと思ってこの小太刀を渡そうと決めたのだ。決して桜火の代わりではない。
「お兄ちゃんありがとう。大事にするね」
「うん。お願いね」
「···」
「どうした?」
シュリが悲しそうな顔をして呟いた。
「私もシュリじゃなくて、オウカが良かった」
「···え?」
「ううん。なんでもない」
シュリは勢いよく立ち上がり、あげたばかりの小太刀を俺に向けて、最後の稽古で教えた型を実践する。
「危ないよ! シュリ!」
俺は素早く避ける。「さすが」と言ってシュリは笑っていた。マジで危ない。
その後、シュリにダメ出しをしていたら、結局一時間くらい追加稽古となった。
次の日の朝、村の入り口で皆と別れの挨拶をした。ポルンとルカも見送りに来てくれた。二人は結局最後までシュリに勝つことが出来なかった。
「ポルン、ルカ、ちゃんと稽古するんだよ」
完全に姉貴分になっている。ポルンは「フンッ」とそっぽを向き、ルカは「うん」と言いながらボロボロ泣いていた。
「皆さんお世話になりました」
深々とお辞儀をするシュリ。
別れの挨拶が終わり、俺達は村を出た。姿が見えなくなるまで村の人達の声が聞こえたが、なんだかんだ言って最後まで聞こえたのはポルンの声だった。