返り討ち
炎帝の森に入ると、セリナさん達が待っていた。
結局今回のスイブルの町で救出できた被害者は、ドワーフ三名、エルフ五名、獣人四名、炎帝の民一名だった。
すでに売られてしまった被害者がいると考えると大成功とはいえない。この人身売買を目的とした誘拐はまだ解決はしてない。今後も売られてしまった被害者の捜索も続けていくことになるだろう。
被害に遭うのは子供ばかりだと思っていたが、ドワーフはどう見ても大人だ。拐われる被害者の条件は、希少種族や売りやすい子供に絞っているようだ。
とりあえず今後の対応も含め、救出したドワーフ達とエルフ達をどうするか話し合うため、焔に結界を張ってもらい、野営することにした。
今回の誘拐事件の経緯を知るために、被害に遭った人から話を聞くことになった。
最初はドワーフ達からの話だった。ドワーフの一人はベレンという。
「私はベレンと言います。二人はエインズとロイドといって、全員同じ村の出身です。私達は村ごと襲われて、村は壊滅。私達以外の住民は、全員村を捨てこの森の一部に隠れているはずです。賊の目的は多分私達の道具作りの技術でしょう」
「村を壊滅? はて? 奴らにそのような力はあると思えんが」
焔が疑問に思う。道具作りに特化しているからと言って、たかが賊に村を壊滅させられるほど、ドワーフは弱くない。それにスイブルの町で戦った賊もそこまで強くはなかったようだ。
「スイブルにいたのはほとんど下っ端です。奴らの実行部隊は別にいます。運搬用の人材と、監視用の人材は金で雇われた奴らばっかで、捕まえてもほとんどがトカゲの尻尾切りのようになっていて、賊の本体にはたどり着けません」
道理で運搬の御者が弱い訳だ。最初に捕まえた御者を尋問した時も、結局スイブルに連れて行くということしか喋らなかった。下っ端は必要最低限のことしか知らされていないようだ。
「村が壊滅ってことは、帰るところは···」
「ありませんな」
話を聞いていた全員が暗い顔になる。そんな時妙案を思いつき、焔に相談してみる。
『焔、ドワーフの人達を炎帝の民の村に移住させることはできないかな?』
『移住か。出来なくもないが住む場所がのう』
『ちょうどいい場所があるじゃない。ほらあの拓けちゃった場所がさ』
『おお。あそこならちょうどよいな』
『それにドワーフの人達が来てくれれば例の武器も作れるかもしれないよ』
『刀か! お主も悪よのう。』
何が悪か! 立派な提案ではないか。下心がなかった訳ではないが。しかしこの提案はお互い利がある話だと俺は思う。後はエルグが何と言うかだ。多分焔が良いと言えば問題ないと思うが。
「ベレンさん、帰るところがなかったら炎帝の民の村に一緒に行きませんか? それで、もし良ければそこにベレンさん達の村を再建するというのはどうでしょうか?」
俺の提案にドワーフ達が驚く。
「そんなことが可能なのですか?それが叶うなら願ってもない申し出です」
「もちろん炎帝の民の族長の許可も必要になりますが、私達も一緒にお願いしてみますから。ナバルさんはどう思われますか?」
「レン様と焔様がそう仰るなら私には異論はありません」
ベレン達は感謝し、頭を下げた。これでドワーフ達の件は一先ず問題なさそうだ。次はエルフ達だ。
エルフの子供達は別々に拐われたみたいだが、みんな同じ村の出身らしい。
炎帝の森の東側に位置する小さな森があり、そこにラフィーナというの泉がある。そこで遊んでいた時に拐われてしまったらしい。
最後に拐われた子はシャルティアといい、その子の村では、ラフィーナの泉で行方不明になっている子供達がいると噂になっていたらしい。既に捜索隊も作られていたそうだ。
シャルティアも噂を聞いて、遊び半分で泉のそばまで来てしまったところ、賊に拐われてしまったようだ。
行方不明者が多発したことをきっかけに、村の子供達には、救援を呼ぶための笛が配られていたそうだ。
シャルティアの首にはその笛がぶら下がっていた。一見アクセサリーにしか見えない。だから賊にも奪われなかったのだろう。気づいた時にはすでにスイブルに連れて来られていたので笛の効果はなかったみたいだ。
「炎帝の森の東の端まで行けば、笛の音が届き、救援部隊が迎えに来てくれると思います」
そう言ってから、シャルティア達は助けられたお礼をする。
早朝に自分達だけで森の端まで行くと言ったが、ナバルがそれに反対した。炎帝の加護が無い子供達だけで、この森を歩くのは自殺行為だと言う。話し合いで俺と焔が同行することになった。
ここから炎帝の民の村まではそんなに距離はないのでナバル達と一緒であれば安全に帰ることができる。だか、炎帝の森全てに加護が行き届くわけではないので、東の端まで行くには炎帝の民でも危険が生じる。
しかし、焔が同行するなら話は別だ。だって炎帝本人なんだから。最初は焔一人に頼んだのだが、俺が付いていくことが条件だと譲らないので、仕方なく付いていくことにした。
セリナ達はバッツの療養が必要な為、炎帝の民の村に滞在させてもらうことになった。何よりもミリィがバッツと離れないと聞かないのだ。なんとも愛らしい姿ではありませんか。
こうしてそれぞれの方向性がまとまった。
翌朝俺と焔は、シオンとレオン、シャルティア達と一緒に森の東側へと向かい、それ以外の全員が炎帝の民の村へと向かった。
森の東側を経由して、炎帝の民の村に戻るのに五日はかかるとのことだったので、セリナさんにシュリへの伝言を頼んだ。
シュリにはすぐに戻ると言ってあったので、遅くなるということと、特別稽古をちゃんと続けるようにとの内容を頼んだ。
これだけでシュリは、ポルンとルカにもちゃんと稽古を続けさせるに違いない。本当に出来た子なのだ。
森の東側には問題なくたどり着くことが出来た。途中小型の魔物と遭遇したが、シオンとレオンがあっという間に倒してくれた。
俺にとっては初めての魔物だったので少し期待したが、最初に見たのが焔だったのもあって、もっと大型の魔物が出てくるものかと思っていた。
森の東側に到着後、シャルティアが救援の笛を吹くと、遠くの空から何やら飛んで来た。
馬だ。それも翼の生えた馬。ザ・ペガサス! それがこの世界のエルフが使う移動手段なのだろう。
十頭近いペガサスに乗ったエルフが見えなくなる。地上に降りたのだろう。そのまま森に入りこちらに向かって来ているのが分かる。
駆けつけたエルフ達は、初めは俺達を警戒していたが、すぐにシャルティア達がこれまでの経緯を説明してくれたおかげで、トラブルは起きなかった。
エルフ達は全員馬から降りて膝をつき、「よくぞ同族を助けてくれた」と深く感謝してくれた。それから、ラフィーナの泉の近くにあるエルフの村の位置を教えてくれた。近くに来た時は歓迎してくれるとのことだった。
エルフの歓迎! これは期待したい! ムフフ。
『レン、何をニヤニヤしておる』
『···なんでもない』
焔が目を細めてこちらを見ている。いいじゃないか、楽しみくらい持ったって。
シャルティア達と別れを告げて、俺達も炎帝の民の村に帰ることにした。
スイグルの町を出てから約五日、ようやく村に着いた。焔が帰って来たのだから全員で出迎えがあると思っていたのだが、誰もいなかった。
そのままエルグの家に向かっていたら、家の前が住民でごった返していた。いったい何が起きているのだろう。
近くまで行くと、セリナが何やら慌てた様子でナバルと話していた。ナバルがすぐに家の中に入り、セリナがこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「レン様大変です。シュリちゃんが、村の男の子達と喧嘩してしまって」
「シュリが? けが人は? 相手は誰なの?」
俺は慌てて質問をぶつける。
「実は、相手はナバルさんの息子さん達で···」
それを聞いて俺も直ぐに家の中に入った。
以前話し合いが行われた広間に関係者が集められていた。そこにシュリとポルン、ルカが並んで座っていて、向かい合うように十人近くの子供達が座らされていた。
エルグがこちらに気づく。
「これは、レン様、焔様。お出迎えも出来ずに申し訳ありません。ちと子供達の喧嘩があって話を聞いていたところです」
ナバルはすでに状況を理解しているのか、息子と思われる男の子に説教をしている。息子は顔に痣を作っていた。他の男の子達も、身体のどこかしらに痣を作っていた。
俺はシュリ達のほうを見た。おや? と思った。シュリだけではなく、ポルンとルカもけがをした様子がない。
「エルグさん、喧嘩って言ってましたけど、どういった状況なのでしょうか。シュリ達はけがもしてないみたいなのですが」
「レン様、それは私が説明しましょう」
息子に説教をしていたナバルが、事情を説明してくれた。
どうやら、稽古をしていた三人をナバルの息子達が邪魔しにきたらしいのだ。それに対してポルンとルカが怒って突っかかろうとしたところをシュリが止めに入ったらしい。
シュリになだめられた二人はナバルの息子達を無視し|を続けていた。
それに腹を立てたナバルの息子が、シュリに「女が稽古したってしょうがないだろ。それにあんな弱そうな男に教わったって強くなる訳がない」と言ってばかにしてきたという。
それを言われたシュリが怒ってしまったようだ。持っていた木刀でナバルの息子を一撃で殴り倒した。その後、他の男の子達がシュリに向かって来たが、誰もシュリに攻撃を与えることが出来ず、次々とシュリの一撃に沈んでいった。その間、ポルンとルカは止められず呆然としていたらしい。
俺はポルンとルカを見た。二人は目があったが直ぐにばつが悪そうにそっぽを向いた。
シュリは目に涙を溜めてふくれている。
一応自分の門弟達がやらかしたことなのでナバルとエルグに謝罪し、三人にも謝らせてこの場は収まった。
ナバルも自分の息子の行動を悪とし、こちらが全面的に悪かったと謝罪してきた。それとシュリちゃんを怒らないであげて欲しいとフォローも入れてくれた。
集まった人達が解散し、シュリ達三人が残った。シュリは相変わらずふくれている。
「ポルン、何で止めなかったの?」
「俺が? シュリを? 無理に決まってるじゃん!」
(え? なんでよ)
俺はルカを見る。
「僕にも無理ですよ!」
(だからなんでよ)
ルカが立ち上がり戦績表を渡してきた。シュリには特別稽古の戦績をちゃんと記録しておくようにと伝えてあった。俺と焔は戦績表を受け取り戦績を確認した。
「ほぅ。これはこれは」
「これほんと?」
焔は感心し、俺は正直驚いた。
シュリの全勝だった。ポルンとルカはお互いに勝ったり負けたりを繰り返していたが、シュリに関しては、二人に負け無しの全勝だったのだ。
これについては俺も想定外だった。確かに特別稽古を教えるために一対一でみっちり稽古したが、それでもたった三日だ。少しぐらいはポルンとルカにも勝つ機会があると思っていた。
ポルンとルカにも同じ稽古をさせている。その二人が全敗なのだ。その辺の子供達に勝てる訳がない。
特別稽古の勝利条件は相手に攻撃を与えることだ。しかも目隠しした状態で。それが目隠し無しの戦いになれば、攻撃を与えるのも容易である。この特別稽古の効果を最大限生かした結果が、シュリの十人返り討ちだったのだ。誇らしい。
しかし、弱者と分かっていて、一方的な力を行使するのは、俺の意に反するところでもあるので、ちゃんと話をすることにした。
ポルンとルカは「はい!」と返事をしたが、シュリは納得していない。理由をきくと「お兄ちゃんをばかにされたことが許せなかった」と言って涙ぐんでいる。
シュリ。お前の全てを許そう。
「シュリ、俺は何を言われたって何とも思わないよ。逆に俺のせいでシュリに何かあったほうが辛い。でも俺の為に怒ってくれてありがとうね」
そう言って頭を撫でると、シュリは「ごめんなさい」と言ってわんわん泣いた。
シュリを見ていると妹を思い出す。もうあの時には戻れないと分かっているのに。