義姉妹
公爵邸での会談は無事終了した。
俺たちは帝国に戻るロベルタたちを見送ることにした。
外に出ると見え覚えのある顔が並んでいた。
この子たちはたしか······ああ、思い出した。ロエナ村でルーカスと一緒にいた連中だ。確か一人やかましいのがいたような。
「あんたが桜火の師匠か?」
あ、こいつだ。
「あの時はなんだ······わ、悪かった」
「え?」
何か言われるのかと思って警戒してたら、どうやらあやまりに来たようだ。
「パルク、ちゃんとあやまれ」
「うっせぇな! お前も謝ってねぇじゃねぇか!」
「二人ともちゃんと謝らないか」
やかましいのがパルクで、白髪で前髪ぱっつんの魔法使いがネム、二人をなだめていた岩のように大きな男がドムだ。
確かもう一人いたような。
そう思っていたら、ドムの後ろからひょっこり顔を出してきた。隠れて遠距離から攻撃をしてきていたマーレという子だ。
「あ、あの時はごめんなさい」
マーレが謝ると、他の子も習って謝ってきた。
当初は頭に来ていたが、ロベルタから詳しい事情を聞くと、桜火と狐月のためにわざわざ汚れ役を引き受けてくれていたみたいだった。
襲撃前に避難勧告を行った結果、ロエナ村の住民が怪我をすることはなかった。
「大丈夫。もう気にしてないよ」
俺の言葉を聞いて全員安心したみたいだ。
「なあ! なんで桜火はあんなに強いんだよ!」
パルクの切り替えが早い。許したとたんぐいぐい来た。
桜火は連れ去られた先で、ロベルタと強くなるための稽古をしていたらしい。パルク達はその間、桜火に一度も勝てなかったようだ。
俺がパルクの質問攻めにあっていると狐月が止めに入ってくれた。
狐月が孤児院にいた頃に、パルク達も一緒にくらしていたという。
「パルク、あなたが若様の教えを乞うなど100万年はやいですよ」
「うっせぇ! いつかお前もやっつけてやるからな! いい気になるなよ!」
「やれるものならやってみなさい。返り討ちにしてあげます」
「まあまあ、二人とも。パルクって言ったっけ? ロベルタ様もかなり強いって聞いたよ。ロベルタ様に鍛えてもらったらどうなの?」
それを聞いた瞬間、パルク達の顔に絶望の色がうかがえた。となりにいる狐月も似たような顔になった。
「え? どうしたの?」
「若様。マダムは教えるのがちょっと······」
「マダムコワイマダムコワイマダムコワイ······」
ネムが何かの呪文を唱えているようだった。それを見たマーレがネムをなだめる。
「そんなにひどいの?」
「マダムの教えは感覚的なものが多いのです。私や、桜火さんのように、若様から基本的な指導を受けてきた者でなければ、すぐに意識を飛ばすことになります」
「あれは地獄だ······」
調子のいいパルクがこんなになるのだ。よほどのことなのだろう。
俺は少し離れた馬車の方を見た。
そこでは桜火とロベルタが二人で話をしていた。何やら言い合いをしているようにも見えるが、喧嘩をしている姉妹のようにも見える。
***
公爵邸での会談が終わり、桜火とロベルタが二人で話をしていた。
「オウカさん! なんであんな回りくどいことしたの? 自分が本当の妹だって言えば良かったのに」
「余計なお世話。それに今は言えないのよ」
「どうして?」
「今言えば、未来が大きく変わってしまうの······」
「ねぇ。今もお兄ちゃんの未来は変わらないの?」
「そうね。私のできることは全てやったわ。後は天啓が導くまま行動するしかないわね」
ロベルタはそう言うと一冊の本を取り出した。
「それは?」
「私が選択した未来が記されているの。皆はこの本を黙示録などと言っているようだけど」
桜火がそれを手にして、本をパラパラとめくった。
「何も書いてないよ?」
「それは未来覗の力を持った者でないと見れないのよ。誰でも見れてしまったら、未来が変わってしまうからね」
「でもこのままだと、お兄ちゃん死んじゃうんでしょ?」
「ええ。私の選択ではお兄様を救うことはできなかったわ」
「じゃあどうすれば······」
「だから私はこの力を託したのよ」
そう言ってロベルタは目を覆う帯をずらした。
「オウカさん目が······」
「そう。今の私に未来覗の力はないわ」
桜火は言葉を失った。
「この本に書かれていることは未来で起きることが全て書かれてあるわ。私は全て記憶しているからその通り行動すれば、その未来が変わることはないの」
「······それじゃお兄ちゃんが」
「だから······だからそれを狐月に渡してちょうだい。彼女が力を手にしたときに必ずそれが必要になるわ」
「それならオウカさんから渡したほうが······」
「これが天啓というものよ。あなたが渡さないとだめなの」
桜火は黙示録を抱きしめる。
「託したわよ」
「うん。わかった」
「それと、あなたまだまだ雑魚······弱いのだから、ちゃんとお兄様に稽古をつけてもらうのよ」
「わ、わかってるよ! わざわざ言い直さなくていいから! オウカさんだってちゃんと教えたほうがいいんだからね。あんな教え方じゃパルク達がかわいそうだよ」
「何を言っているか分らないわ。一つ言って十理解するの当然でしょ? お兄様なら分かってくれるわ」
「お兄ちゃんたち兄妹が異常なの!」
「あなたもその兄妹でしょ? 桜火ちゃん? だったら私の負けないぐらい強くなりなさい」
「う······分ったよ」
「ま、無理だけど」
「一言よけいだよ!」
ロベルタは桜火をからかって笑っていた。
桜火は怒りながらも、ロベルタとの約束を守ると誓うのであった。
***
ロベルタとの話を終えて桜火が戻ってきた。
「お兄ちゃん、マダムたちもう行くって」
「そっか。ロベルタ様と何を話してたの?」
「色々。教え方変えないとパルク達がかわいそうだよ、とか」
それな。
「ちょうどこっちでもその話しになってたんだよ。さすが桜火」
「えへへへ」
パルク達は、桜火がロベルタに進言してくれたことを聞き、微かな期待を胸に馬車のほうに戻っていった。
俺達も見送るため馬車のほうに向かう。
「レン様。お見送りありがとうございます」
「いえ、こちらこそ色々とありがとうございました。そういえば、桜火と狐月の面倒を見てもらったことのお礼も言っておりませんでした。ありがとうございました」
「こちらが勝手に連れ去って遊んでいただけですからお気になさらず」
俺は、桜火と狐月を遊び相手にしか見ていないロベルタと立ち合ってみたいと思った。
「桜火ちゃん、狐月、くれぐれもレン様のことを頼みましたよ」
「分りまたマダム」
「大丈夫だよ! なんてったって妹の私がついてるんだから!」
「チッ···」
あれ? 今帝国の聖女舌打ちしてなかった?
なぜか桜火とロベルタの間に見えない火花がちっているように見えた。
「ロベルタ様。お気をつけてお帰りください」
「はい。レン様もお元気で。また会える時をお待ちしております」
ロベルタは満面の笑みで応える。
「マダムってお兄ちゃんと話すとき猫被ってるよね」
「桜火! 失礼だぞ」
「チッ···」
あれ? また舌打ち?
「ロベルタ様?」
「えっ? な、何か? ではレン様、失礼いたします」
そう言ってロベルタは馬車に乗り、帝国に向けて出発した。
「あれ? そういえばお兄ちゃん、イーファさんは?」
「あぁ、イーファね」
イーファはロベルタについて行くことになったのだ。
イーファを氷帝に預けたのがロベルタだった。
元々イーファは帝国の貴族の生まれであり、落神の力を有していたことに気づいたロベルタが、争いから遠ざける為、帝国から遠ざけたのだという。
今のイーファなら、争いに巻き込まれる心配もないので、ロベルタが母親に合わせたいと言って来たのだ。
初めは渋っていたイーファだったが、ミセラ砦でロベルタに瞬殺されたことを思い出し。素直に従うことにしたのだ。
「そっかぁ。お母さんに会えるんだ」
「かなり偉い人らしいよ。何て言ってたかな、キッテイ? キッツイ?」
「「キティ!?」」
桜火と狐月が口をそろえた。
「そうそう、キティ枢機卿。二人とも知ってるの?」
二人がロベルタのところにいた時に、孤児院でお世話になった人らしい。
「マダムのことを怒ることができるのはキティ様だけなのです」
「そうそう。キティ様の言う事だけは聞くんだよね。そっかぁ、イーファさんのお母さんってキティ様だったんだ」
「でも良かったですね。キティ様なら安心しました。イーファさんも本当の愛を感じることができるのではないでしょうか」
「そんな素敵な人なら俺も会ってみたいな」
「お兄ちゃんはダメ!」「若様はだめです!」
なんでよ。べつにいいじゃん。よし決めた。絶対に会いに行こう。
俺は二人に内緒で帝国に行こうと心に決めた。