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コウヅキオウカ

この話では桜火が二人存在します。

カタカナ表記と漢字表記で分けています。


オウカ→現実世界の妹のこと(ロベルタ)

桜火→異世界での妹のこと(シュリ)

 俺は頭の中で、ロベルタの言葉を繰り返していた。


 桜火(いもうと)に会える···桜火(いもうと)に会える···桜火(いもうと)に······会える?


 オウカに会えない事は俺が一番分かっている。ここは異世界であって、現世ではない。何より、現世でオウカはすでに亡くなっている。

 オウカは中学生の頃、武術の大会に参加するために飛行機を使って移動していた。その飛行機の墜落事故に巻き込まれ、亡くなってしまったのだ。


 当時、俺はオウカに贈るための新しい小太刀を用意していた。大会に優勝したら贈る約束をしていたのだ。

 大会前日に、オウカが我慢できずに俺の部屋にあった小太刀を勝手に見ようとして怒った記憶がある。

 俺に怒られたオウカは新しい小太刀を見ることなく、ふくれて部屋から出ていった。

 それが俺とオウカとの最後のやりとりだった。

 

 それから俺は小太刀を部屋に飾り、それを見ては、なぜ渡してやらなかったのかと、ずっと後悔しながら生きてきた。······ずっと。


 俺が昔のことを思い出していたら、急に現実に引き戻された。


「······ちゃん! お兄ちゃん!」


 気がつくと桜火(おうか)に何度も呼ばれていた。


「······桜火(おうか)

「お兄ちゃん。オウカさんに会えるんだよ。伝えたいことあるんじゃないの?」


 なんでおまえがそんなに泣いているんだよ。


 この世界で桜火が俺の妹になる前に、オウカのことを思い出し、桜火の前で泣いてしまったことがあった。俺がどれだけオウカに会いたいと思っているのか知っているのだ。


「桜火は俺が会いたいと思っていても、いやじゃないのか?」

「いやなわけないじゃん。オウカさんがいたから、私はお兄ちゃんの妹になれたんだから。

 それに何があったって、これからもお兄ちゃんの妹は私なんだから」


 そう言って桜火はロベルタに視線を送った。


「······ありがとう桜火」


 まだ信じられないが、会えるなら会いたい。俺は恐る恐る聞いた。


「······本当に会えるのですか?」


 ロベルタは微笑んで応える。


「レン様が本当にその人を大切に思っているなら······必ず」

「お願いします」

「わかりました」


 ロベルタがアルスの方を見ると、空気を察したアルスが席を立ち、テーブルには俺とロベルタだけが残った。


「レン様、両手を出してください」

「はい」


 俺は言われるがままに両手を差し出す。


 俺が差し出した手をロベルタがそっと握ってきた。


「レン様。目を閉じてください」


 俺は無言で目を閉じる。


「これから、妹さんの魂をここに呼びます。妹さんの魂を感じることが出来れば、私を介して話すことができるので、目を閉じたまま話して下さい。私がいいと言うまでは決して目を開けてはいけませんよ。開けたらそこでおしまいになりますからね」

「わかりました」

「では、はじめますね。レン様。妹さんのお名前は?」

「······コウヅキオウカ」

「その方が大切ですか?」

「······はい」

「会いたいですか?」

「······はい」

「愛していますか?」

「······はい」

「······」


 ロベルタが黙ると、ロベルタの気配が消えるのが分かった。あるのは手の感触だけだった。


 しばらくすると、またロベルタが口を開いた。


「私が分かりますか?」

「······え?」


 聞こえたのはロベルタの声だ。間違いなく。


「······そんな」


 握る手の先から、消えたはずの気配が再び現れ始めた。その気配はロベルタのものではなかった。


「······オウカか?」

「はい。お兄様」


 完全に戻った気配は間違いなくオウカのものだった。


 俺とオウカは小さな頃から二人で目隠しをした特別稽古をしていた。俺がオウカの気配を忘れるわけがない。


 そういえばオウカの口癖があったな。


「オウカ。俺のこと見えてるのか?」

「私は目隠しをしていたってお兄様がはっきりみえますわ」


 俺は自然と涙を流していた。


 いつものやり取りだった。特別稽古で俺が負けるといつもこの会話になるのだ。


 俺はたまらず目を開きそうになったが、ロベルタの忠告を思い出した。


「ごめん。ごめんなオウカ」

「どうして謝るの?」

「あの時お前に渡してあげられなくて······それに······」


 俺は言葉に詰まってしまった。伝えたいこと、聞きたいことが沢山あったはずなのに······。オウカを失ってから何年もの間、部屋に飾られた小太刀を見ながら考えていた、そのはずなのに······。


「私こそごめんなさい。突然お兄様の前からいなくなってしまって······。

 私、ずっとお兄様に会いたかった」

「俺もだよオウカ」


 どれだけの時間話せるのか分らない。だけど、いざとなると何も伝えられない。


 それを悟ったオウカが代わりに話してくれた。


「お兄様。私がいなくて大丈夫だった? 稽古の相手がいなくて大変だったんじゃないの?」

「あぁ。オウカがいなくなってから負け無しだよ。今では教えるほうが楽しいくらいだ」

「そうなの? いい子はいる?」

「あぁ、いるよ。オウカに似て負けず嫌いでね。少し教えるとどんどん成長していくんだ。今では数えるくらいしか敵がいないよ」


 俺の後ろで桜火が泣いているのが分かる。俺もつられてしまう。


 俺が異世界に来てから、本当に多くの門弟(もんてい)ができた。(ほむら)や、狐月、ポルンやルカのこともオウカに話した。


「私もその人たちと戦ってみたいわ」

「まだまだオウカには勝てないよ。もっと稽古させないと」

「そうね。お兄様も特別稽古では私に勝てなかったものね」


 悔しいがその通りだった。俺は特別稽古でオウカに勝ったことがない。


 オウカとの時間はあっという間に過ぎていく。


「オウカは今どうしてるんだ? もう会えないのか?」

「私は元気にやっているわ。それに、実はたまにお兄様のこと見ているの。

 だから、お兄様が今いる世界のことも知ってるし、皆に稽古をつけてたのも知ってたの。へへへ。」

「本当か!? そうだったのか」

「ええ。だから心配しないで。それに今は桜火ちゃんもいるんでしょ? それに狐の子。お兄様もすみにおけないわね」


 どうやら全部筒抜けだったみたいだ。それでも、オウカが近くにいてくれたと思うと、なんだかほっととした。


「またこうやって会えないのか?」

「なかなか難しいかも。でも、もう一度会えると私は信じてるわ」

「そうか。なら俺も信じるよ。何とかして会える方法がないか探してみるよ」

「うん、期待してる。······そうだ、お兄様」

「どうした?」

「小太刀、ありがとう」

「······え?」


 突然のことでビックリした。


「神様っているのよ。私が欲しいものを一つくれるっていうからお願いしたらもらえたの。始めはお兄様を頼もうとしたら断られたけど······」

「ははは。俺はものじゃないからな」

「ちゃんと『桜火(おうか)』って刻まれてた。本当にありがとう。大切にするわ」


 『桜火(おうか)』の刻印があるという事は本物だ。本当にオウカの元に渡ったのだ。


 俺がずっと抱えていた後悔から救われた。何よりもオウカに喜んでもらえたのが嬉しかった。


「お兄様。そろそろ時間みたい」

「待ってくれオウカ。俺はオウカに伝えなきゃいけないことがあるんだ」

「なあに?」


 俺はずっとオウカの母親のことについて触れたことがなかった。オウカの中では掟を破った母親の記憶しかないのだ。


「シズカさんのことだ」

「お母様のこと?」

「そうだ。オウカは気を失ってて覚えてないかもしれないけど、シズカさんはオウカを守る為に掟を破ったんだ。たとえ逆さ月(さかさづき)と言われようが、オウカを守ったシズカさんを俺は尊敬してる。

 シズカさんからの最後の言葉は『オウカ、あなたを愛してる』だ。

 今まで伝えられなくてごめんな」


 俺はまだ小さかったオウカに辛い想いをさせたくなくて、今まで伝えられなかったのだ。


「ありがとう。お兄様」 


 俺を握るオウカの手が少しだけ震えていた。


「お兄様。会えて嬉しかったわ」

「俺もだよオウカ。必ずまた会おう。今度は皆にも会わせるからな」

「うん、楽しみにしてる」


 そう言うと、オウカの気配が少しずつ消えていった。


 また会える。それを信じていても、薄れゆくオウカを感じると寂しさがこみあげてくる。


 握る手を放してしまうと、オウカが本当に消えてしまうのではないかと思う恐怖に押しつぶされそうになってしまう。


 俺はたまらず手に力が入ってしまった。するとそれに合わせて、同じようにしっかりと手を握り返すのが分かった。


 数秒後、オウカに握られていた、手の力が緩んだ。


「レン様。もう目を開けてもかまいませんよ」


 どうしよう。開けろと言われても涙がとまらん。恥ずかしくてまともに目を開けられない。


 俺が中々目を開けないでいると、桜火と狐月が飛びついて来た。


「うわ~ん! お兄ちゃ~ん」

「わがざま~!」

「ど、どうしたんだよ二人とも~」


 全ての会話を聞いていた二人が号泣していた。二人のほうが泣いているのに驚いて、恥ずかしさも忘れ、いつの間にか目を開けていた。


 周りのみんなはそんな俺たちを微笑ましく見守っていてくれた。


 ロベルタを見ると、目を覆う帯が濡れていた。


「お会いできましたか?」

「はい。ロベルタ様。本当にありがとうございました」

「とんでもありません。想いは伝えられましたか?」

「いえ。まだまだ足りません。俺がどれだけ大切に想っていたかを伝える為に必ずもう一度会うと約束しました」

「あらあらそんな」


 そう言ってロベルタは頬に手を当てて喜んでいた。


 その後の俺はというと、桜火と狐月をあやすのに時間をかけていた。

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