新たな誓い
ルーカスがテーブルに着くと空気がはりつめた。
「久ぶりじゃのー」
「よく俺の前に顔を出せたな」
完全に現世の自分の口調が出ていた。
「怖いのー、まあ聞け。なぜあのお嬢ちゃんがアルフレッドを殺さなければならなかったか······じゃったかのー。それは必要だったからじゃよ」
「俺はその理由を聞いている」
「お前さん、あの嬢ちゃんがいなかったら、あの日わしを殺しておったんじゃよ」
あの日とはロエナ村のことだろう。桜火を連れ去ろうとしたルーカス達を攻撃し、その結果、ルーカスは片腕を失うことになった。
ルーカスの話を聞いて、俺以外の全員が驚いた表情をしていた。
「そもそもお前たちがロエナ村を襲い、桜火を連れ去ろうとしなければ、そうはならなかっただろ」
「全ては繋がっておる。わしがお前さんの妹を連れ去らなきゃ、そこの狐の嬢ちゃんもろとも、黒翼の魔人に殺されとったよ」
「なんで······」
俺が口を挟もうとしたがルーカスは構わず話を続けた。
「マダムはお前さんが思っている以上に先の未来を見とる。全ては大切なものを守るためじゃ。健気じゃのー。
確かにあのお嬢ちゃんには辛い思いをさせた。じゃが、それがあったからお前さんは、今もまだ掟を守っていられておる。ストロノースに言われんかったかのー? お前さんが掟を守ることが大事じゃと」
「だからって! くっ······」
現世と違って、この世界では命の選択を迫られることが多いのは理解している。だからと言って、俺が掟を守る為に、他のみんなに人を殺めさせるなんて、とうてい受け入れることなんてできない。
「後ろを見てみぃ。お前さんが気を荒立てているせいじゃのー。なんちゅう顔をさせるんじゃい」
振り返ると、いつの間にか泣きながら俺の肩を掴む、桜火と狐月の姿があった。
俺はまた二人に心配をかけてしまっていたらしい。
本当に情けない。
二人のおかげで落ち着きを取り戻せた。そして俺だけではなく、ロベルタも落ち着いたようだった。
「ルーカスありがとう。後は私が話します」
ルーカスは「そうか」と言って、元の位置に戻っていった。
「レン様。一連の責任は未来を選択した私にあります。そしてこれからも、レン様には掟を守ってもらいます。その度に辛い思いをさせるかもしれませんが······」
「私がそれを認めなかった場合は?」
俺がそう言うとロベルタは手にしていた十字架みたいなものをテーブルに置いた。
よく見ると十字架のように見えて、短いほうは柄で、長いほうが鞘のようにも見える。何かの武器だろうか。
「これは私の刀です」
「刀!? ロベルタ様も刀をお持ちなのですか?」
「はい。私の命よりも大切な方からの贈り物です」
この世界で刀を贈る人物って何者だ? 俺以外にもやはり転生者がいるにちがいない。
送り主を知りたかったが、そんな雰囲気ではなかった。
「この刀をどうしろと?」
「掟を守ると誓えないのであれば、この場で私の首を斬り落としてください」
「そんなことできる訳ないじゃないですか!」
無茶苦茶すぎる。出来るわけがない。色々思うところがあるが、ロベルタのやっていることには意味があると感じ始めている。それにたとえ敵であったとしても、おれは嬉々として人を殺せるような精神構造をしていない。
「一つだけ忠告しておきます。レン様が掟を破れば、この世界に未来はありません」
ロベルタは本気だった。その言葉からはいっさいの偽りを感じることはなかった。
俺が掟を守ることと、この世界の未来がどう関係してるのか、いまだに不明だが、ロベルタが見た未来では俺が大きく関わっているのだろう。
首をはねるつもりはないが、俺は返事を躊躇っていた。それだけ誓いの言葉に重きを置いていたからだ。
誓った以上、破るわけにはいかない。つまり、これまで以上に、周りの人間が辛い想いをするという事だ。
俺が躊躇していると狐月に背中を押された。
「若様。私からもお願いいたします。若様の誓いの為なら、この身を犠牲にしても構いません」
「ちょ、ちょっと待って狐月!」
おもい。おもいよそれは。
「それに、若様が掟を守れば世界が守られるということではないのですか? もしかすれば、テスタ様の言う、始まりの世界に必要な要素なのではありませんか? もちろん私たちも掟を守る努力はいたします。しかし、必要な時には若様の代わりに刃ともなりましょう」
俺が窮していたら、ルーカスが割って入って来た。
「わしが言うのもなんじゃが、お前さんがお前さんのままでいることがあのお嬢ちゃんの救いになるんじゃないかのー」
マジでお前が言うなよ······。でもそうなのかもしれない。
俺は、ストロノースを殺そうとして、トゥカが止めてくれた時の言葉を思い出していた。
「······若様はだめにゃ······」
俺が掟を守ることが本当にトゥカの救いになるのなら、命がけで掟を守り抜いてみせよう。
「狐月、桜火、こんな俺だけど支えてもらってもいいかな?」
「「「はい!」」」
ん!? あれ? 今返事がひとつ多かった気がするが······気のせいか。
「ロベルタ様」
「は、はい」
あれ? なんか顔が赤いぞ?
「刀はお納めください。掟を守ると誓いましょう」
「それは良かった。その、ルーカスのことは······」
「ああ、それも大丈夫です。トゥカを鍛えて、直接制裁させますから」
それを聞いたルーカスが大声を出して笑った。
「ホッホッホッ! そりゃおっかない。わしも精進せんといかんのー」
お前は笑うな! マジで覚えておけよ!
俺はルーカスに必ず天誅を下すと心に決めた。もちろんトゥカと一緒にだ。
「レン様······」
ロベルタに声をかけられて、俺の心の誓いを見透かされたと思って慌ててしまった。
「は、はい」
「レン様たちにはいろいろとご迷惑をお掛けしてしまったので、私からレン様にプレゼントをご用意させていただきました」
「プレゼントですか? そ、そんな、いいですよ」
プレゼント。はい。本当は気になります。
「本当にいいのですか? 会えないと思っていた妹に会えるかもしれませんよ?」
「······え」
一瞬で俺の頭は真っ白になった。