エルミナ王国の滅亡
公爵邸での会談は今だ続いていた。
王国と帝国との話し合いはほとんど終わっていたが、今は俺とルーカスとの因縁について、話し合いが行われようとしている。
「どこから話をいたしましょうか」
「はっきりさせたいことが一つあります。なぜ彼がロベルタ様と一緒にいるのでしょうか」
俺はロベルタの後ろに視線を送った。そこには片腕を失ったルーカスが立っていた。ロベルタには何も見えていなかったが、誰のことを言っているのか分かっていた。
「ルーカスとの関係を話すのならば······セドリックのことから話す必要がありますね」
セドリック・エルミナ。エルミナ王国の先々代国王であり、現女王であるテスタロッサ・エルミナの祖父にあたる人だ。
「その前に、一つ言っておくことがあります」
「何でしょう?」
「お気づきだと思いますが、今まで起きたこと、これから起こるであろうこと、そして、天啓と呼ばれているものについて、その全てに、私が関わっているとご承知ください」
「未来覗······のことでしょうか」
「はい」
「ロベルタ様は未来覗を使って何をなさろうとしているのですか?」
「今は詳しく話せませんが、この世界の何よりも大切なもののため······とでも言っておきましょうか」
「それは私に何か関係があるのですか?」
「ふふ。もちろん関係していますとも」
なぜかこのような会話でもロベルタはどこか楽しそうだった。今は詳しく聞いてもあまり応えてくれなそうなので、話を戻すことにした。
「ロベルタ様が関わっていることは分かりました。ルーカスとの関係をおしえてください」
「わかりました」
そう言ってロベルタは昔の話を始めた。
「私が未来覗に目覚めてから、多くの未来を覗いてきました。それは私の視点からだけではなく、見たいものを考えるだけであらゆるものを見ることができます。
当時帝国内では権力争いや、貴族の不正などといった、くだらいものを多く覗いたものです。······本当にくだらない。
私はその全てを正し、私自身が権力を持つことで争いを減らしていきました。
帝国内の争いが減ると、今度は他国への侵略、またはその逆の他国からの侵略が目に入るようになりました。
私はそういった侵略を防ぐために、帝国内だけではなく、他国へ出向き、争いの火種を小さくする事にしました。そのうちの一つがエルミナへの訪問でした」
そこで初めてセドリックとルーカスに出会ったという。
「当時セドリックの息子である、アルフレッドの剣術指導をしていたのがルーカスです。ルーカスとはそれからの付き合いになります」
「そのルーカスがなぜ今ロベルタ様のそばにいるのですか」
「順を追って説明します。
私の未来覗では、エルミナ王国は何度も滅亡することになりました。何を選択してもなかなかそれを回避することができなかったのです」
「なぜロベルタ様はエルミナにこだわったのですか?」
俺は気になったのでうっかり口をはさんでしまった。
「私の目的には必要だったのです。エルミナが滅んでしまうと、私の目的が果たせなくなるからとしか言えませんが······」
そう言うとなぜかロベルタは頬に手を当て照れたポーズをした。
なぜ頬を染める。
「レン様たちには、幽閉された少年と言えばわかるのではないでしょうか」
幽閉された少年とは、エルミナ王国最大のスキャンダルである隠し子問題である。
世間的には先代の国王アルフレッドの子供はテスタ一人であったが、実際はテスタの兄とされる、ライナス・エルミナが存在し、生まれてからずっと幽閉されていた。
長年ライナスは世間から隠されて育てられていたが、オクロスと思われる組織に誘拐されたのである。
「私はその少年を死なすわけにはいかなかったのです。その為に、エルミナを滅亡の危機から救うべく訪問を決めました。
いくつか天啓を与えることで、セドリックとルーカスが私を信じるようになりました。多くは二人の女性関係を書面にまとめただけですが······」
なんて恐ろしいことを······。
「その時期にはセドリックの死期も近かったこともあり、エルミナを救う為ならと二人は全面的に協力すると誓ってくれました。しかし、エルミナ存亡の為には辛い選択をしなければなりませんでした。
セドリックには、息子のアルフレッドに対し、生まれてくる少年のを殺すよう伝えなさいと指示しました」
「!? なぜそんな指示を?」
「そうしなければ未来を変えることができないからです」
「でもそれでは矛盾が生まれます。ロベルタ様は少年を生かそうとしていたのではないのですか?」
「その指示がなければ、少年は幽閉されずに公の場に姿をだすことになっていたでしょう。その先の未来は、全て暗いものでしかないのです。
実際のところ、殺せと指示を出してもアルフレッドが少年を幽閉する未来が見えていたのですけどね」
そうか。幽閉させることで絶対的な死の運命から遠ざけたということか。
「その先はご存じの通り、オクロスの手によって誘拐されることになります。しかし、この行動は後にエルミナ存亡の危機を生むことに繋がるため、誰かが責任を取らねばなりませんでした」
「アルフレッド国王の暗殺······」
「その通りです。オクロスという組織は魔族の子供の誘拐を、エルミナ王国になすりつけようとしていました。
その結果、ご存じの通り魔物の大暴走が発生し、またもエルミナは滅亡してしまいます。
オクロスと関わった以上、その関係を疑われても仕方がありません。滅亡を回避するにはアルフレッドの首が必要になります」
「それ以外に解決方法は······」
「ありません」
「疑いを晴らすことが出来れば······」
「それもありません。魔族は聞く耳を持たなかったでしょう。アルフレッドの首は絶対に必要でした」
ドンッ!
俺はテーブルを強く叩いた。
「それならなんでトゥカなんだ······。なぜトゥカが殺さなければならなっかんだ!」
「······」
ロベルタの拳が強く握られるのが分かった。
それを見たルーカスがロベルタの肩に手を置いた。
「もうよい。後はわしが話そう。こ奴にははっきり言わんと伝わらんじゃろ。お主には辛かろう」
そう言ってルーカスはロベルタのとなりへ座った。
会談は今日一番の、最悪な空気に包まれた。