愛する国と愛娘
屋敷に入りテーブルに着いたのは帝国の聖女マリア・ロベルタ、レザリア王国の次期女王となるアルス、そして俺の三人だった。
アルベルトは、
「お前はレザリアを名乗ったのだ。この国の女王として立ち合いなさい」
と言ってアルスだけをテーブルにつかせたのだ。
初めに話を切り出したのはロベルタだった。
「お二人とも聞きたいことがおありでしょうが、まずは私がここに来た理由を説明しても構いませんか?」
「私は構いませんが、レン様は良いのですか?」
アルスは俺がルーカスを見た時の態度を気にしていたらしい。本当はすぐにでも話を聞きたかったが、今は何よりもこの国のことを優先すべきだと思った。
「アルス様、私のことは最後で構いません。むしろこの場に同席させていただき感謝します」
「レン様も無関係ではありませんよ。ことは、エルミナ王国も関係していきます。エルミナの女王への報告もあると思いますので」
そう言ってロベルタが話を始めた。
最初にレイフォードが処刑に至った経緯からだった。レイブンが処刑の同意の決め手となった書簡がテーブルに置かれた。
そこにはレイフォードがオクロスとの繋がりや、亜人の子を拐い、人体実験を行っていたことが細かく記されていた。
「アールスフォード帝国でも聖女候補が拐われる被害がありました。それを知ったストロノース前国王が帝国にこの書簡を送ってきたのです」
そう言ってロベルタは書簡の最後に記される部分を指さした。
そこにはストロノース、レイフォード両名の命を代償として、レザリア王国民の命を保証して欲しいとの事が記されていた。そして、その処理を帝国に依頼するという内容も記されていた。
聖女候補とは、優れた魔法の力を有する者のことで、帝国にとって重要な人材だった。その聖女候補が拐われたとなれば帝国が黙っているわけがなかった。
「聖女候補は皇帝に仕える貴重な人材です。この事が皇帝の耳に入れば、帝国の貴族は黙っていないでしょう。さすがの私でもそれを止めることはできません」
「陛下······いえ、ストロノースはなぜ帝国に依頼したのでしょうか?」
俺も聞いていて同じことを思った。
帝国を抑える為の代償ならば、王族の命を差し出すだけで十分なはずだ。それをわざわざ帝国に依頼する理由が分らなかった。
「ストロノースが本当に求めていたのは王国民の命の保証です」
「どういう事でしょうか?」
「ことは王国と帝国だけの問題ではなかったということです」
その言葉で、俺たちは理解した。被害にあった子の中に、魔族の子供が含まれていたからだ。
「魔族の介入。ストロノースはそれを一番危惧していました。魔族の子供を拐ったとなれば、何が起こるかここにいる方たちなら理解できると思います」
エルミナでは魔物の大暴走が起こり、今回レザリアでは黒翼の魔人ダキアと、北の災厄黒龍が城を襲った。
「魔族の介入は過去にもあります。どの国も村も例外なく消え去っています。ストロノースはそのことを知っていましたからね」
「しかし、帝国に依頼してそれが止められるのでしょうか?」
思わず口を出してしまった。
「止まったじゃありませんか」
止まった? 王城ではかなりの被害が出ている。······いや、待てよ。
俺がアルベルトに視線を送ると、何を求めていたか分かったみたいだった。
「現時点で確認できている被害は王城にいた兵士のみだ。その他の民に被害があったという報告はきていない」
王城にいた兵士は全員、クラークが選別した王国の不穏分子だった。ストロノースからしたら、国民から除外されていてもおかしくない。
「私が依頼されたのは王国民の命の保証とレイフォードの処分だけです。ストロノースの処分に関しては、直接行うのは気が引けたので本人にいくつか指示を出しておきました」
「指示というのは?」
「それは女王陛下が直接目にしてきたのもの全てです」
「陛下の行動や、発言がおかしかったは、全てあなたが指示したことだとでもいうのですか!」
アルスが声を荒げた。今までのストロノースの行動全てが、ロベルタの指示だったと知り、感情が抑えられなかったのだろう。
ロベルタは気にも止めずに続けた。
「ストロノースが何よりも守りたかったのは女王陛下、あなたです」
「えッ······」
「この国の未来を導くのはあなただとストロノースは信じていました。国民を守り、この国をあなたに委ねることができるならどんな罪でも背負うと······」
「なぜです!? なぜ、あのようなことをしなければならなかったのですか! あのようなことをしなくても私は······」
「これは『天啓』なのです。ストロノースの行動の全てが定められた運命なのです」
「······天啓?」
天啓。何度か聞いたことがある。口にする者はそれ以上こたえようとしなかった。しかし、目の前にいる女は確実に天啓のことを知っている。
俺は聞かずにはいられなかった。
「すみません。私も以前、天啓という言葉を聞いたことがあるのですが、天啓とはいったい何なのですか?」
ロベルタは迷うことなく応えてくれた。
「私には未来を見る力がありました。その未来は何もしなければ必ず訪れます。その決定された未来を知った者達が天啓と呼ぶようになったのです」
「未来を知ることができるなら、それを知った者達は未来を変えることができるのではないですか?」
「未来に影響を与えらるのは私の選択のみです。ただし、私が見た未来を誰かに教えるという選択によってその結果には変化がおきます。しかしその内容を知っているのは私だけです。例え誰かが未来を知っていたとしても、私だけが知っている未来の結果を変えることはできません。
その変わった内容を誰かに伝えれば、また未来が変わってしまいますが」
「では、今の現状が生まれたのは、あなたが指示を出したこで変化した結果だというのですか?」
「そういうことになります」
とてもじゃないが信じられる内容ではなかった。ストロノースの行動すべてがロベルタの指示で、その結果、王国の不穏分子は一掃され、国民の被害を一切出さずにダキアと黒龍を引かせたとでもいうのだろうか。
ダキアが引いた理由は魔族の子供のおかげだ。その子供を救出していなければ今頃レザリア王国は消えていただろう。その救出も俺たちの介入が無ければ実現は難しかったはずだ。
ロベルタの言っていることが本当なら、俺たちがレザリア王国に来たことも偶然ではなくなってくる。
俺たちがこの国に来たのはオクロスを追っていたからだ。ストロノースの行動が無ければ反王国勢力も生まれず、彼らと出会う事もなかっただろう。
そうなると魔族の子供の救出も遅れ、結果ダキアに王都を消されていたはずだ。
全てがロベルタに導かれた結果という事になってしまう。
気になっていたことをアルスが聞いてくれた。
「もし、帝国に今回の依頼がなかった場合、王国はどうなっていたのでしょうか?」
「当然一人残らずけされていましたよ。一匹の黒龍と一人の魔人の手によって······」
それを聞いたアルスは一瞬顔を伏せるが、何かを祈るようにロベルタに質問をぶつけた。
「もう一つだけ教えてください。陛下は国を裏切っていたわけではないのですよね?」
その問いにロベルタが優しく応えた。
「ストロノースほどこの国を愛していた者はいませんよ。それにあなたのことも自分の娘のように思っていたのも事実です。あなたが信じたままの男です。安心してください」
その言葉はアルスの心のつかえを溶かすものだった。これでアルスも迷うことなくストロノースの想いを繋ぐことができるだろう。
「お応え頂きありがとうございます」
「いえ、未来を選択したのは私です。あなたには辛い思いをさせてしまい申し訳なく思っています。ごめんなさい······」
事件の内容に関して書簡に全て記されており、ストロノースの行動理由も分かったので、レザリア王国の問題がほとんど解決したことになる。
誘拐事件の問題に関しては、帝国が関係国の間に入るということを約束してくれた。
そして残るは俺のほうの問題だった。
俺の視線は、ロベルタの後ろに控えているルーカスに注がれた。その視線を奪うようにロベルタが話を振ってきた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。それではコウヅキレン様。お話をいたしましょう」