マリア・ロベルタ
アルベルト公爵邸にレザリア王国騎士団総長のレイブンが豪華な馬車を引き連れて入って来た。
俺はそれを見て初めて気づいた。
「アルベルト公爵。いまさらなのですが、我々が同席していても宜しかったのでしょうか?」
「レン殿は、もはやレザリア王国の内情に大きく関わっている。陛下の死にも立ち会ってもいる。出来れば一緒にアルスのそばにいてもらいたい」
「わかりました。ご一緒させて頂きます」
ストロノースとレイフォードがいない今、アルスが国の代表として立つことになるだろう。王族が亡くなったことの発表や、戴冠式など、何一つ決まっていない状態で、帝国の代表と会うのだからアルスも気の毒なことだ。
先頭にいたレイブンが馬を降り、アルスの元へ来た。
「アルス様、ただいま戻りました。殿下のことは誠に申し訳ございません」
「大丈夫です。それよりも陛下のことは?」
「もどる途中で報告を受けております。残念です。
このような時に申し訳ございませんが、帝国の使者とお会いしていただくことになります」
「わかりました」
レイブンは一礼し、帝国の使者が待つ馬車へ向かった。
アルスは緊張していると思っていた。しかし、帝国の使者を迎えようとしているその姿は、ストロノースから国を引き継いだ一国の女王そのものだった。
俺がアルスを見て感心していたら、桜火と狐月に両腕を掴まれた。
「え!? 何? どうしたの二人ともこんな時に?」
何かまたふざけているのかと思ったら、その表情は、本気で何かを心配しているようだった。
「若様。何があっても落ち着いて全てを聞いてください」
「どういうこと?」
「······」
狐月が応えなかったので桜火を見た。
「······」
二人とも何も応えようとせず、俺の腕に自分達の腕を通したままはなそうとしなかった。
俺が戸惑っていると馬車から人が降りてきた。帝国の使者だ。
帝国の代表と聞いていたからてっきり男だと思っていたが、姿を現したのは女だった。
女は白い祭服を着ており、手には十字架のようなものを持っていた。一番目を引いたのは女の目が帯で両目が覆われていたことだった。
女は馬車を降りると、迷うことなく真っ直ぐアルスの目の前までやってきた。両目が帯で覆われているのにまるでちゃんと見えているようだった。
「はじめまして女王陛下。アールスフォード帝国で宰相を任されている、マリア・ロベルタと申します。以後お見知りおきを」
ロベルタはすでにアルスをレザリア王国の女王として認識しているようだった。
マリア・ロベルタと言えば帝国の聖女じゃなかったっけ? 確か氷帝のところでその名前がでてたような······。それと······。
俺は何か大切なことを忘れているような気がした。
「はじめまして。私はアルス・オルクライン・レザリアと申します。王城でお迎えできず申し訳ありません」
アルスも覚悟を決めたのだろう。自らをレザリアと名乗った。その返しを聞いてロベルタは満足そうだった。
ロベルタに続いて馬車から降りてきた者がいた。
「イーファ!」
「レン。すまなかった······」
王城での戦いの最中、転移結晶によって飛ばされてしまったことを気にしていた。
「いや、無事で良かったよ。でもどうして帝国の人と一緒に?」
どうやらイーファはレザリアと帝国の戦場のど真ん中に転移させられたらしい。途中モゴモゴと何を言っているか分からなかったが、気づいたら馬車で寝かされていたいらしい。
イーファと話していたら、俺はあることに気づいた。そして両腕に絡む腕もきつくなった。
なんであいつがここにいるんだ。
「······ルーカス」
「ホッホッホッ。やはり気づきおったか。さすがじゃのー。わしもまだまだ、あの嬢ちゃんには勝てんのー」
馬車の影から白髪の老人が姿を現した。元エルミナ王国冒険者ギルドのマスター、ルーカス・ミネルバだった。
ルーカスの一言に場も考えずに怒りが蘇ってきた。
「若様!」
狐月が泣きそうな声で叫ぶ。
その場が一触即発の状態になった。初めて見せる俺の表情に、ルーカスとの因縁を知らないアルスたちが心配そうな顔をして見つめていた。そこにロベルタが割って入って来た。
「コウヅキレン様」
「!?」
その一言で俺はロベルタに意識を持っていかれた。とても無視できなかったからだ。
ロベルタがなぜ俺の日本名を知っているんだ。こいつは俺の素性を知っている。
「ここでは何ですから、場所を変えませんか? 女王陛下。申し訳ありませんが、部屋を提供して頂けませんか?」
「え、ええもちろんです」
「レン様。今は抑えて下さいませ。それに女性を泣かせるものではありませんよ」
俺はハッとして、両腕にしがみつく桜火と狐月を見た。二人とも震えながら泣いていた。
肩の力が抜けるのが分かった。
「ごめん二人とも。もう大丈夫だよ」
頭をなでると安心したのか、二人に笑顔が戻った。
二人が何か隠しているのは分かったが、これだけ必死になっているという事は何か理由があるんのだろう。今は二人を信じることにしよう。
「わかりました。話は中で伺いましょう」
「ふふ。それでは参りましょう」
なぜかロベルタは、この場で唯一ご機嫌に見えた。




