【別視点】獣の勇者
【スイブルの町 賊のアジトにて】
もうどれくらいの月日が経ったのだろう。賊に拐われてからずっと、この建物の地下に閉じ込められている。
扉が一つ。正方形の小さな部屋に、仕切りがついたトイレが一つ。部屋の隅には《ゆしき》油式ランプが二つあるだけだった。
唯一の救いは同居人がいることだ。彼女の名前はミリィという。聞けばあの炎帝の民らしい。炎帝を祀るための生け贄にされたところ、賊に拐われてしまったようだ。
最初の頃は怯えていて、ずっとしゃべることができないでいた。俺は少しでも元気づけようと、自分の話をし続けた。少しずつ話を聞いてくれるようになり、時には笑ってくれるようにもなった。 今ではミリィから、沢山話しかけてくるようにまで仲良くなった。
獣人である俺は拐われても中々買い手がつかないのか、ミリィよりもここの生活が長い。ミリィは逆で、貴重な種族の上、若くて器量の良い女の子だった。高値が付くのが当然だ。賊は、なるべく高い買い手が見つかるまで手放す気はないようだ。その為、二人でいる期間が長くなった。
「ねぇ。バッツがいる村に星虫はいる?」
「星虫?見たことないな。ミリィの村にはいるのか?」
「沢山いるよ。暑い時期の夜になると星のようにキラキラ光って綺麗なんだ。時期の最後には群れで流れて移動するんだけど、それが天に流れる星の川みたいで、みんな『天の川』って呼んでるんだ。恋人同士がその下で誓うんだって。いつかバッツにも見せてあげたいな」
「···そうだな。見てみたいな」
最近ミリィは、「一緒に何かを見たい」、「一緒にどこかに行きたい」と言ってくるようになった。何か、もう別れが近くなっているのが分かっているかのようだ。
「バッツ、あのね。私、買い手が見つかったんだって。明日、私ここを出ていくことになるみたい」
「···」
「バッツ、私やだよ。怖いよ。バッツと離れたくないよ···。うっ、うっ···」
俺だって嫌だ。お互い生まれも育ちも違うが、話を通じて、お互いの生活に魅力を感じていた。俺はミリィの生きてきた世界が見たい。ミリィも同じ気持ちだ。だからここでミリィと離れるのは死んでも嫌だった。俺の中で覚悟は決まっていた。
「ミリィ。一緒にここを抜け出そう」
「···えっ!?」
ずっと考えていたことだった。ここのトイレは桶式で、定期的に見張りが交換しにやってくる。桶は入口まで俺が運び、扉の前で受け渡しをする。いつもは見張りが二人いて隙も無いが、桶の受け渡しの時にだけ、一瞬の隙が生じるのだ。誰でも排泄物からは目をそむけたくなる。
何度かいけるのではないかと思う時があったのだが、ミリィを置いていく訳にはいかなかったので行動には至らなかった。
だが今回は違う。今逃げ出さなければ一生離れ離れになってしまう。命を懸けてミリィを守ろう。最悪ミリィだけでも逃がそう。そう思った。
今日がその交換の日だった。明日にはミリィは連れて行かれてしまう。やるなら今日しかない。
「ミリィ···俺を信じてくれるか?」
「うん。私、バッツを信じるよ。一緒に逃げよう」
失敗はできない。俺とミリィは念入りに作戦を打ち合わせた。ミリィに一つだけ約束させたことがある。何があっても俺から絶対に離れないという事だった。ミリィは涙目で「うん、絶対に離さないね」と言った。俺は顔を赤くし目をそらした。
時間が経ちその時がやってきた。扉が叩かれる。
「おいバッツ! いつもの交換だ! 準備しろ!」
扉が開き、いつもの見張りが二人立っていた。一人は桶を受け取るために手ぶらで、後ろのもう一人は替えの桶を持っていた。
「おいバッツ。まだ売れ残ってるのか?」
「売らないならとっとと帰してくれよ」
「バカ言え。お前みたいなやつでも売れれば金になるんだよ。さぁ、さっさと持ってこい」
俺は桶を持って扉に近づいて見張りに桶を渡す。見張りは「おぉくせぇ」と言って俺に背を向けた。その一瞬の隙をついて見張りの背中に力いっぱい飛び蹴った。
見張りは桶をもう一人の見張りにぶちまけ、二人して倒れた。ちょっとしたパニックだ。打ち合わせ通りミリィは俺の背中に飛び乗った。
「狂牙!!」
俺は叫び、四つん這いになると毛が逆立ち、爪と牙が伸びる。ミリィを背負ったまま見張りを飛び越え、一つしかない階段を一気に駆け上がった。
広い部屋に出ると他の仲間が酒を飲み交わして騒いでいた。まだこちらには気づいていない。出口であろう扉に向かって一直線に走り出した。地下から見張りの声が上がる。
「おい! バッツの野郎が逃げたぞ! 捕まえろ!」
仲間が声のほうを向くが、俺はすで扉の手前まで来ていた。気づいて捕まえようとしてくる奴がいたが、俺の方が早かった。勢いのまま扉に突っ込むと、簡単にそれを突き破った。
「バッツ! 森は右の方だよ!」
外に出て早々に、ミリィが指を指して叫んだ。ミリィは炎帝の民だ。炎帝の領域である森の方向くらいは手に取るように分かる。
あとは森を目指すのみだった。しかしミリィはあることに気づく。俺の背中に掴まるために、首に回しているその腕が濡れていたのだ。
「バッツ?」
ミリィは俺の顔を覗き込んで驚いた。目や耳、口と、あらゆるところから血が流れていたからだ。
「バッツ止まって! 血がっ! 死んじゃうよ!」
「···あと少し。···ミリィ···だけでも」
「バッツ!」
意識が飛びそうだった。死ぬ覚悟、俺の使った『狂牙』はまさにそれだった。一度発動すれば一気に魔力を使い果たす。全身の強制的な身体強化の為、筋の分断と魔力による回復を繰り返す。一族に伝わる奥義だ。物心がつく頃から継承が始まり。会得と共に使用が禁止される。使い方を《あや》誤れば死が待っているからだ。今までの継承者の中でも、会得後、生きているうち発動できたのが二回が限界だった。まさに死ぬ覚悟を持ってミリィを助けるつもりだった。
『狂牙』の速さに誰もついて来れていない。このまま行けば森にたどり着く事ができる。森に入りさえすれば、傷を治せる可能性があるとミリィは言う。
俺は町から飛び出し、開けた場所に出た。森の目の前まで来たと思ったその時、視界がガクンと落ちた。
転んでしまったのだ。
「バッツ!」
俺はすでに限界を超えていた。本来「狂牙」は三分ぐらいで止めなければ、魔力が枯渇する。しかし俺はすでに三分以上走り続けていた。
「ミ、ミリィ···一人で逃げてくれ···」
「嫌だよバッツ。あと少し、あと少しだよ。森に入りさえすれば炎帝様が何とかしてくれるはずだよ」
「···た、頼む。···頼むから逃げてくれ」
俺の体を背負うため肩に手を回そうとすると、俺はその手を止めた。俺の手は小刻みに震え、その手でミリィの手をギュッと握る。
「···ごめん···ごめんな」
俺の意識はそこで途絶えた。
ミリィは俺を置いていくことができず、その場でただ泣くだけだった。その間ミリィの手は俺の手を握り続けていた。意識がないはずなのにその温かさだけは記憶に残り続けた。
目が覚めると見慣れた天井があった。見慣れた壁、見慣れたランプ、見慣れた扉。だがそこには見慣れたはずの彼女の姿は無かった。彼女だけでも逃げられたのだろうか。そう思っていた時、扉が開いた。
「起きたかバッツ。大したもんだな。お前もあとちょっとで逃げられたのに」
「お前もってことは···ミリィは···」
「ああ。ちゃんと一人で逃げてったぜ。今さっきな! ハッハッハッ!」
下品な見張りの笑い声で全てを悟った。失敗だ。失敗したのだ。ミリィは森に逃げることが出来ずに連れ戻され、予定通り売り渡されてしまったのだ。何が死ぬ覚悟だ。ミリィを逃がすことも出来ず、のうのうと生き残ってしまった。死にたい。死にたいが力が入らず、舌を噛むことも出来ない。誰か殺してくれ。
大事な人を失い、生きる希望も、目的も失ってしまった。生きることをあきらめようとしたその時、扉の方で、大きな音がした。そして何かが飛んできた。それが俺に覆いかぶさり激痛が走る。痛いし、苦しい、それなのに温かい手の感触に、嬉しくて涙が止まらなかった。
【読者の皆様へ感謝】
数ある作品の中からこの小説を読んで頂き、そしてここまで読み進めて下さり本当にありがとうございました。
「面白い」 「続き!」 「まぁ、もう少し読んでもいいかな」
と思って頂けたらぜひ、この作品を推してくださると嬉しいです。
また、「好きな話」があった時は『いいね』を頂けると幸いです。
『ブックマーク』で応援して頂けると、励みになります。
広告の下にある『☆☆☆☆☆』が入ると、幸せになります。
これからも「モンツヨ」は毎日更新しながら、しっかり完結させていただきます。引き続き「モンツヨ」を宜しくお願い致します。