終結
魔族の子供を抱えた黒翼の魔人は真っ直ぐ俺の方に向かってきた。
桜火と狐月がすかさず間に入る。
「邪魔です。全員死ぬか、その男の首を渡しなさい」
俺? なんで俺? 魔族の子供助けたんだから感謝されてもいいんじゃない?
「お兄ちゃんに手を出したら許さない」
「若様には指一本触れさせません」
桜火と狐月が戦闘態勢に入る。
そんな状況でも黒翼の魔人の表情は一切読めなかった。
「······その王族がそんなに大事?」
ん? 王族? あ、俺じゃなくてストロノースのこと?
「ストロノースはもう罰を受けています。その子も無事だったんです。引き下がっていただけませんか」
「貴様らに選択肢はない」
いやさっき死ぬか首を云々って選択肢があったような······そんなことよりも、俺たちには黒翼の魔人と戦う理由がない。
黒翼の魔人が杖を構えた。
全員攻撃に備えたが、攻撃が飛んでくる気配はなかった。よく見ると、黒翼の魔人の表情に初めて変化が起きた。抱えていた魔族の子供が目を覚ましたのだ。
「······ダキ···ア」
魔族の子供の言葉で、黒翼の魔人の名がダキアだと分かった。
「殿下、遅れてしまい申し訳ありません」
殿下? 魔王の子供ってこと?
ダキアの態度から、魔族の子供が高貴な存在であることが伺える。もし魔王の子供だとしたら、この場を収めるどころか、人間と魔族の大戦争が起きてもおかしくない。全員に緊張が走った。
魔族の子どもがダキアに何かを伝えている。表情が戻っているダキアから何を考えているかまったく分からなかった。
「············」
ふとダキアと目があった。真っ直ぐ俺を見つめているのが分かった。しかし、まったく何を考えているか読めなかった。
ダキアは構えていた杖を降ろした。
「殿下を保護したことに免じて貴様らは生かしておいてやろう。だが、この件が終わったと思うな」
そう言って、ダキアは踵を返し部屋を出て行こうとした。肩越しに魔族の子供がこっちを向いて「······バイバイ」と言ったのが聞こえた。
俺たちは魔族の子供に救われたのだ。殿下万歳。
ダキアの姿が完全に消えるまで、警戒を解くことは誰も出来なかった。ダキアの気配が城から完全に消えたことがわかり、全員がその場に座り込んだ。
「狐月さん。あの人に勝てる?」
「今のままでは不可能です。マダムと同じくらい隙が見えませんでした」
「だよねー。もうなんなのあの人たちー」
そう言って桜火はその場で大の字になった。
「桜火、狐月、久しぶり」
「ただいま。お兄ちゃん」
「ただいま戻りました。若様」
「うん。二人ともお帰り」
感動の再開といきたいところだったが、クラークにやられたシャルとメル、ダキアにやられたルカ、桜火と狐月にやられたハザクとハウザーの対応に追われた。
セリナの部隊が応援に駆けつけ、負傷者を連れ出していった。
「セリナさんも一緒について行ってもらえるかな」
「はい。······あの若様」
「ん? どうしたの?」
「あの子はやっぱり······」
トゥカのことに気づいていたのだろう。他の人は月光の一員としてしか認識していなかったが、部隊の頭であるセリナは、自分が把握していない行動を取っている月光に気づき、思い当たる人物がトゥカだけだと分かったのだ。
「うん。もう少しだけ時間をもらえるかな。まだみんなの前に顔を出せないみたいだから」
「わかりました。······若様、どうかトゥカにお伝えください。私は何があってもトゥカの味方だから、いつでも帰って来て欲しいと······」
「必ず伝えておくよ」
俺と約束を交わしたセリナは月光たちと一緒に王城を後にした。
その場には俺、桜火、光月、アルス、アルベルトの5人が残っていた。アルスとアルベルトはストロノースのそばにいる。
ストロノースは意識を失っていたが、辛うじて息はあった。
「アルス様、約束を守れず申し訳ありません」
「とんでもありません。あの状況下では仕方がありませんわ。私たちこそ何もできずに申し訳ありませんでした。レンさんたちがいらっしゃらなかったら、私たちも無事では済まなかったはずです」
「レン殿たちは良くやってくれた。どうか気に病まないでくれ」
アルスとアルベルトに気を使われてしまった。
「ぐほっ···」
ストロノースが血を吐き、意識を取り戻した。それでもここから回復することはないだろう。
「······アルスか······」
「陛下······なんでこんなことを······」
「······君には辛い思いをさせてしまった。······すまなかった」
アルスが何か言おうとしたが、ストロノースがそれを手で制した。
「······私からの最後の願いだ。この国を、この国の民を大切にしてくれ。
今帝国に向かっている軍は全て、クラークが信頼を置く兵士たちだ。悪事をはたらくものや、他国と繋がっている者は全員、城の周りで転がっているはずだ。
······あいつは、······レイには、この国を任せることはできない。必ず君の邪魔な存在になる。レイのことは忘れてくれ。あいつの処分も帝国が何とかしてくれる。······ゴホッゴホッ」
「陛下!」
「······こんな形で君に国を任せることになってしまって本当に済まない。······アルベルト」
「陛下」
「お前が貴族をまとめろ。冒険者ギルドもアルスの邪魔になる奴は全て処理してある。アルスが女王として国を引っぱって行けるよう支えてやれ」
「仰せのままに」
ストロノースを知らない俺からしたら、何を言っているのかまったく理解できなかった。先ほどまでは国を裏切っていた逆族の王だったはずなのに、何もなかったかのようにアルスとアルベルトは受け入れていた。
アルスとアルベルトにとっては今までの国王が偽物で、今の国王が本来の姿なんだと理解しているのだろう。
「陛下! 教えてください! なぜこのようなことになったのですか! 陛下には私のとなりで、この国がもっと幸せになるところを一緒に見ていただきたかったのです!」
「······本当にすまない。こうするほかなかったのだ。本当はクラークたちも君に仕えさせたかったのだが、あいつも頑固でな。私とともにいくと言って聞かなかった。
アルス。この国はまだまだ幸せになれる。今までは私が武力で守っていたが、それだけでは未来がない。エルミナの王女を尋ねてみなさい。きっと君に必要な存在となるはずだ。
私は君が立派な女王になることを心から信じている。この国を任せたぞ」
「陛下!」
アルスにはそれ以上ストロノースを責めることはできなかった。もう時間がないことが分かっていたのだ。ストロノースの最後の思いを全て心に刻もうとしていた。
「······コウヅキレン」
突然名前を呼ばれて驚いた。俺も聞きたいことが山ほどあったが、この状況では聞けないとあきらめていたからだ。
「何でしょう」
「······君には色々挑発をしてしまった。君は今のままでいい。君が守る掟というものはこの世界では尊いものだ。師団長をやったあの少年や、私を刺したあの娘には辛い選択だったと思う。君を守るためには必要なことだった」
「俺は、俺が掟を守ることで、他の人が人を殺めなければならない状況が生まれることを良しとしていない!」
つい声を荒げてしまった。
「······それは違う。君が掟を守り続けることで、彼らは何度でも人の道に戻ってくることができる。
この世界では死をもってしか止められないことがある。そして強大な力は必ずそれに使われる。そしていつの間にかそれが当たり前になってしまうのだ。
だから君が正しさの道しるべになるんだ。強さとは何か、何の為の強さか。掟を守る君だから分かるのではないか?」
くそ。どうしてこの男がこんな事したのかまったく理解ができない。一時は殺意を持っていたほどなのに、今では聞き入ってしまっている。
「······君が知りたいことでなくて済まない。だが安心しなさい。君が知りたいことを全部知っている者に必ず出会える時がくる。それを信じて待ちなさい。
······それと」
そこからはほとんど俺にしか聞こえないような声で喋っていた。
アルスが握っていたストロノースの手から力が抜けていくと、アルスは大声を出しながら泣きつづけた。