形勢逆転
クラークの攻撃はぎりぎりのところで月光によって弾かれた。
そのおかげで、クラークとシャルティアの間合いにルカが滑り込むことができた。
シャルティアはルカに戦況を預け、メルと一緒にアルスたちの護衛に回った。
状況判断の早い月光はすでにマイルの回収を済ませていた。
「マイルさんは大丈夫?」
シャルティアが泣きながら月光に尋ねる。
月光がシャルティアに頷き、応急処置を始めた。衝撃のせいで気絶しいるが、軽く出血しているだけで問題はなかった。
無事だと分かったシャルティアは、涙をぬぐい、しっかりと薙刀を構えた。
状況を把握しようとしていたら、ストロノース攻撃が更に速くなった。
「どうした。君ならこの戦況を一瞬んでひっくり返すことが出来るはずだ。なぜそうしない。
この世界に君が守っている掟とやらは本当に必要か? 彼の行動を見てもまだ覚悟を決める事ができないのか?
彼は強い。しかし、本気のクラークは私よりも強いぞ。
それに、もう一人の師団長の相手をしている彼女はどうだ? 彼女に師団長の相手が務まるのか?」
「······少し黙れ」
「ん? 何か言ったか?」
「黙れって言ったんだよ!」
俺はストロノース攻撃を弾き飛ばし、2匹のムカデの首を切り落とした。
「ルカ! セリナ!」
俺が叫ぶとそれを合図と取った二人が敵から距離をとる。
それを見ていた月光がすかさず天井めがけて何かを投げた。それが弾けると一瞬にして空間に霧のようなものが出て、それが全員の視界をふさいだのだ。
霧の中で誰かの苦しむような声とストロノースの声だけが聞こえた。
「先ほどの彼とは比べものにならないほどの殺気だな。殺気だけでこれだけの影響を与えられるとは···。
だが、同じ空間にいる仲間も無事では済まないだろう」
しばらくすると霧が晴れ、全員が視認できるようになった。
俺の目の前では膝をつき、口から血を流しているストロノースが辛うじて意識を保っていたが、クラークともう一人の師団長は意識をなくして倒れていた。
何度も立ち上がる兵士全員の首が飛ばされていた。
兵士は全員死人だった。何かの魔法なのか俺の殺気にはまったく反応しなかったのだ、首を切り離せば動かなくなることはルカの行動を見て分かっていたので、霧が出ている間に全員の首を斬り飛ばしたのだ。
「後はあなただけです」
俺の言葉を聞いてストロノースが、倒れているのが自分の部下だけだと気づいた。
「なぜだ···。個別に殺気を放つなんて出来るわけがない···」
ストロノースが言っていることは正しい。俺が殺気を放てば、範囲は調整できるが、同じ範囲内にいる人を選んで回避させるなんてことはできない。
しかし、絶対障壁を使えば防ぐことができるのだ。
これは光月村にいる時に絶対障壁の実験をしていて分かった事だった。
試行錯誤をしていたら、ベレンが造った絶対障壁は物理、魔法、気に関するすべてに対応していることが分かった。
しかし、俺の殺気だけは特殊で、一つだけ問題があった。俺の殺気は視認するだけで、人に影響を与えてしまい、実験中何度も焔が倒れたのだ。
その問題を解決するために、霧で視界を塞ぐというものだった。
俺の合図とともに、視界を塞ぎ、全員が絶対障壁を使用していたのだ。絶対障壁の効果は約10秒。霧が晴れる頃には解除されている。
俺たちは城に来る前にこの作戦を立てていた。
形勢逆転。俺はストロノースの疑問に対し意趣返しで答えた。
「知りたければ力ずくでどうぞ」
俺がストロノース刀をつきつけていると、ルカがアルスとアルベルトを連れてきた。
「······師匠、申し訳ありませんでした」
俺はこの戦いの前にルカ達にも死者を出したくないと伝えていた。アルスからも真相が分かるまでは誰も死んでほしくないと強く要望があったからだ。
ルカはシャルティアを守る為に、対峙していた師団長を殺めてしまった。しかし、師団長に対し手加減してその場をやり過ごすことは今のルカにはできなかったのだ。
全てはこの戦況を読めず、判断が遅くれた俺の責任だ。
「ルカは悪くないよ。ルカがいかなかったら、シャルも無事では済まなかったはずだよ」
「······でも」
「今はシャルのそばにいてあげて。クラーク師団長と対峙してきっと怖い思いをしているはずだよ」
「······わかりました」
ルカがシャルティアの元に戻ると、アルスがストロノースにいづく。断罪の時だ。
アルスがストロノースに声をかけようとした時、城が揺れるほどの魔物の叫び声が響いた。
「な、なんですかこれ···」
「アルスさん私の後ろに! みんな! 注意して!」
この声には聞き覚えがあった。北の厄災と呼ばれるドラゴンだ。
「なんでこのタイミングで······」
俺は最悪の想像をしていた。魔物の大暴走だ。