掟
クラークがゆっくりと俺に向かってくる。
「どうした······剣を抜かないのか?」
やはり、勘違いじゃなかった。クラークは俺のことをはっきりと『コウヅキレン』と呼んだ。なぜ俺のことを知っているか分からないが、今は考えている場合ではない。
「来ないのならこちらから行くぞ」
クラークは一瞬にして俺との距離を詰めてきて、俺が刀を抜く前に剣を振り下ろしてきた。
攻撃はそれだけでは終わらず、執拗に攻めてきた。
これを躱し続けるのは難しいかもしれない。あまり抜きたくはなかったが、俺は帯刀していた刀を抜いた。
焔から余程の事がない限り日本刀は使うなと言われている。しかし、クラーク相手に素手でやるのはかなり面倒だった。
まぁ、あっちの刀を使うわけじゃないからいいか。
俺が抜いた刀は、光月村の住民が使用している量産品だった。それでも焔には抜くなとしつこく言われていたのだ。
「ほう、それが噂に聞く日本刀というやつか···」
「あなたは私の名前や、日本刀のこと誰から聞いたんですか?」
「知りたければ力ずくで言わせてみろ!」
どっかで聞いたようなセリフだ。
クラークの攻撃が一段と早くなった。
「セリナさん! 師匠が!」
「わかってます!」
ルカとセリナが、俺が刀を抜いたことに気づいたらしい。一気に兵士たちを倒していく。
きっと応援に駆けつけてくれるのだろうと期待したが、それは俺の勘違いだった。
敵兵を倒しつくしたルカとセリナは、アルスたちの目の前に移動したと思ったら、正座をして観戦し始めたのだ。
「き、君たち何をしているんだい···。彼は君たちの師ではなかったのか?」
アルベルトがあきれた声を出した。
「はい! だからですよ! この機会を逃すてはありません!」
「その通りです! 若様があの様に刀を振るわれるところなどそうそうお目にかかれるものではありませんから!」
なにやってるのあいつら······。
後方をちらりと見たら、ルカとセリナがアルベルトに力説しているところだった。
「よそ見をしている場合か!」
クラークが剣を振り下ろしてきたが、俺は刀を軽く当て、その軌道をかえた。振り下ろされた剣は地面に叩きつけられた。
そのまま俺は刀を軽く振り下ろし、クラーク師団長の腕先に刀の背を当てた。峰打ちだ。
カンカランッ
クラークは持っていた剣を落としてしまった。
「くッ······これほどとは······」
負けたはずなのにクラークが少し安心したような表情になったのが気になって、思っていることを言ってしまった。
「ねぇ師団長さん、なぜ本気でやらないのですか?」
「!? ······なぜそう思う?」
「だって、ぜんぜん剣に殺気がこもっていませんでしたよ。せっかく久しぶり強い人と立ち合えると思って期待したのに残念です」
今度はあっけにとられたような顔をしている。そしてついには笑い始めた。
「くっくっくっ···はっはっはっは!」
「何がおかしいんですか? どっちにしても俺の勝ちなんですから聞いたことに応えてもらいたいんですけど」
そう言って俺は刀を収めた。
「悪いな、その問いに俺は応えることはできない······
コウヅキレン···すぐに俺の首をはねろ」
「えっ!?」
何を言ってるんだこの人。流れ的に戦ってただけで殺す理由などどこにもない。ただの死にたがりだったのか?
俺が躊躇しているのが分かったのかクラークは俺を見ながら話しを続けた。
「貴様は甘すぎる。この世界は貴様が知っている世界と違って、平気で人を殺す者がいる」
この人、やはり俺が異世界から来たことを知っている。
「掟か何かしらんが、そんなものの為に大切な人の命が奪われてしまったらどうする?
俺を生かしたが為に、お前の家族が将来死ぬことになったらどうする?
もう貴様はこの世界の住人なんだ。甘えを捨てろ。
貴様が生かした相手が、他の誰かの命を奪う······この世界にはそれが起こりえるという事を肝に命じておけ」
成り行きを見守っていたルカとセリナが俺たちの会話を聞いて不思議そうな顔をしていた。
「セリナさん。クラーク師団長は何を言っているのでしょうか。この世界がどうとか···」
「私にもわかりません。私も若様のことを詳しく知っているわけではありませんが、クラーク師団長は私たちが知らない若様のことをご存じなのなのかもしれません」
俺が異世界から来たことを知っているのは焔だけしか知らない。今はまだ公にしたくないが、この場でクラークから話を聞くのも問題がありそうだ。
クラークの言葉を聞いて、なぜかルーカスの事が頭をよぎった。
俺はこの世界に来てからも人を殺したことは一度もない。それは光月流の掟で『人を殺めることあらず』というものがあったからだ。
光月流は現世でも強すぎた。武術、剣術、柔術、その他、戦いに関する技術で、並ぶものは存在しなかった。故に人を殺めることなど造作もなかった。
しかし、光月流の掟をやぶり、その力をふるって、人を殺めてしまう者もいた。
その掟を破った者は光月流を破門になり『逆さ月』と呼ばれ、国や、その手の組織からも狙われることになる。
この世界に法律がなかったとしても、俺はその掟を守りたいと思っていた。しかし、今クラークから現実をつきつけられてしまった。
そして、その言葉は俺に深く突き刺さっていた。この世界では、元の世界と比べて死が近すぎるのだ。