魔族の子供
代表者会議を終えた翌日、マルクスの店には前日のメンバーが全員揃っていた。そこへ、王城を見張っていたハザクの部下から報告が入った。
イーファたちが撤退した後は、一部の追跡隊が出たあと、軍としての動きは事後処理に追われている様子だったようだ。
日が明けてすぐに、例のクラーク師団長が小隊を引き連れて冒険者ギルドの本部に向かったらしい。
冒険者ギルド本部には、ハザクにやられた、冒険者が倒れている。ハザクはハウザーから事前にマールムの息のかかった冒険者と、ハウザーの部下のリストを受け取っていた。それ以外の関係のない冒険者に関しては避難勧告を出してから暴れたそうだ。
マールムの関係者は全員縛って放ってきたらしい。
クラークは冒険者ギルドにいたマールムたちをそのままの状態で王城に連行していったという。
予想ではマールムは開放されると思っていたが、見た感じ、捕縛されたまま連行された罪人のようだったという。
以上がハザクの部下から報告だった。
「ご苦労だった。帰って休んでくれ」
そう言ってハザクは一晩中見張りをしていた部下をねぎらっていた。
報告を受けた後、アルスがハウザーに尋ねた。
「ハウザー、クラーク師団長の動きはどうおもいます?」
「クラーク師団長は良くも悪くも愛国心の強いお方です。また、忠誠心も強く、陛下の命令には一切逆らいません。
しかし、命令がない場合は己の判断で全てを決め、行動できるのがあのお方の良いところだと思います。
その行動指針は全て己の正義に照らし合わせているので、今回、陛下の命令がなかったとすれば、マールムの調査に動いているに違いないと思います」
「ストロノースを断罪するとして、クラーク師団長はどういう判断をするのかしら······」
アルスが呟くとハウザーが応えた。
「それは、陛下次第になりますね。あの方は最後まで陛下への忠誠を守るでしょう。そういうお方なのです」
「なぜクラーク師団長はそこまで忠誠を誓っているのですか?」
俺は気になって聞いてみた。
「先日もお話しした通り、陛下はお一人の力で長い間この国を守ってきました。
陛下がまだ若かったときは軍もろくに育っていなかったようです。陛下が国王の座に就く前は、国の防衛などひどかったそうです。
陛下が国王の座に着くとすぐに、軍備を整えて、兵の育成にも力を入れたそうです。防衛戦に関しては必ず先頭に立って指揮を取っていたと聞きます。
そんなの時に国のはずれにある小さな村が盗賊に襲われるという事件があったそうです。以前なら軍が出ることなどありえなかったそうですが、陛下は小隊を率いてその村を盗賊から救ったそうです」
「もしかして、その村って···」
「はい。クラーク師団長の生まれた村になります。
陛下が来なければ、男は皆殺され、女はみな盗賊の餌食になっていたでしょう。
それが、陛下とクラーク師団長の出会いでした。
クラーク師団長は当時まだ幼かったのですが、母親と妹を守る為に剣を握り、盗賊に向かって行ったそうです。しかし、相手は大人、しかも略奪を生業としている盗賊です。勝てるはずがありません。持っている剣を弾かれ、それでも両手を広げ、母親と妹を守ろうとしたそうです。
死を覚悟したその時、陛下が現れ、一瞬で盗賊たちを倒していったそうです。
陛下は家族を守る幼いクラーク師団長に向けてこう言ったそうです······
『少年。よくぞ我が国民を守ってくれた。少年が勇気をださなったら間に合っていなかったぞ。これからも我とともにこの国の民を守ってくれぬか』
······と。
クラーク師団長はその言葉で陛下について行くことを決めたと言っておりました」
すごくいい人なんですけど陛下。
とても今の国王と同じ人物の話をしているとは思えなかった。今の話が本当だったら、クラークの忠誠心もうなずける。家族や、自分の村丸ごと救ってくれた恩人でもあり、自分の指針を見出してくれた人なのだから。
それなのにどうして今回はこんな非道なことに手をそめてしまったのだろうか。
俺は思ったことを口にしてみる。
「なんか今の国王とだいぶ印象がちがうのですが···」
「私が小さかった頃から、国民のことを第一に思う素晴らしい国王でしたよ。昔から国民の為に行動できる王妃になりなさいと口すっぱく言われていました。
私にもわからないのです。なぜ、今になって国民を裏切るようなことをするようになったのか···」
昔のストロノースを知る者が残念そうな顔をしている。みんな信じたくないという思いがまだあるみたいだ。
それでも断罪しなければいけないと判断したアルスが一番辛いはずだとおもう。
物事には必ず理由があるはずだ。そう考えていたら『天啓』という言葉が頭をよぎった。どうしてもこの言葉が何か関係していると思うのだが、考えてもまったく分からなかった。
とにかく分からないものを考えていても仕方がない。アルスが言ってることが本当なら、アルス自身が尋ねれば、ストロノースも応えてくれそうな気がする。そうじゃなければ本当に別人だと思う。
アルスにもそのことを伝え、断罪の前に思いのたけをぶつけることになった。
その後、反国王派の貴族たちとの予定を確認してから、王都に向かう前に、助けた人たちをエルミナに送る準備をすることになった。
みんながいる場所に集められた子たちは全部で10人だった。
改めて全員を見渡すと、一人の子に目がいった。俺は小声でセリナに聞いた。
「セリナさんあの右端の子って···」
「はい。魔族の子供です」
やっぱりか···。
ちゃんと見て初めてきづいたが、頭にちんまりと角のようなものがはえていた。
俺は魔族の子供に話しかけてみた。
「きみ、僕の言葉はわかる?」
「·········」
魔族の子供は返事をしなかったが、小さくうなずいた。言語は同じみたいで、理解しているようだ。
「僕はレンっていうんだけど、きみを必ずもとの場所に帰してあげるから安心してね」
「·········」
俺の言葉を聞いて帰れると分かり安心したのか、ポロポロと涙をながし、コクコクと頷いていた。
本当にかわいそうだった。種族も全く違い、まったく知らない場所で一人でいるなんて耐えられる訳がない。何とかして早く送り届けてあげないと。
「君はいつ頃連れて来られたのかな?」
「·········」
理解はしているだろうけど、応えてはくれなかった。すると、となりにいた、エルフの女の子が代わりに応えてくれた。
「この子、多分連れて来られて3日も経ってないと思います···」
代わりに応えてくれた子は、魔族の子供が牢屋に連れて来られた日を覚えていたようだ。
「3日か······」
「レンさん、どうかなさいましたか?」
俺が真剣な顔をしていたら、アルスが声をかけてきた。
「いや、ちょっとまずいことになるかもしれません」
「どういうことでしょうか?」
「エルミナ王国が魔物の大暴走の被害にあったことはご存じだと思いますが、あれが起きたきっかけは、魔族の子供の誘拐だったんです」
「「「!?」」」
それを聞いた全員が瞬時に意味を理解した。
これは本当にまずい。急いで何とかしないと、もう一度魔物の大暴走が発生してしまう。
俺達はストロノース断罪の直前に大きな問題を抱えてしまった。