【別視点 桜火】 明鏡止水
【別視点 桜火】
救出作戦の3日前 アールスフォード帝国
ロベルタから余命1カ月の宣告を受けて、今日がその最終日だった。私の目の前にはすでに抜刀しているロベルタが立っていた。
「さぁ、私が付き合ってあげられるのも今日で最後よ。準備はいい?」
「はい」
私が助かるにはこの試験に合格しなければならなかった。合格条件はロベルタが以前見せてくれた技を使いこなすことだった。
視界に映る相手の姿を、まるで時が止まったようにその視界の中に留め続ける奥義『明鏡止水』。意味は分からなかったが、ロベルタがそう呼んでいた。
ロベルタの使う力を使用するには、魔力はかえって邪魔になるらしい。今まで私は気の使い方を学び、それと魔力を合わせることしか学んでこなかった。お兄ちゃんもそれしか教えてくれなかったからだ。
ロベルタの口ぶりだと、本当の気の使い方については、お兄ちゃんはまだ気づいていないようだった。
この1カ月私は、ほとんどを魔力を抑える事に時間を費やした。狐月も一緒に付き合ってくれた。
私と違って狐月は2週間ほどで魔力を抑えることに成功していた。もともと狐九尾の能力を抑えていたことが、今回の稽古に適していたとロベルタは言っていた。
狐月はロベルタに個別指導を受けていた。私とは別の技を教えてもらっているようだった。
この1週間狐月を相手に何度も技の練習をしてきたが、1度も成功したことがなかった。どうしてもコツが掴むことができなかったのだ。
お兄ちゃんと違ってロベルタの説明は······。
「ちがう。何度言ったら分かるの? もっとビュっと体を動かすの。そうするとそこに気が残るから。いい? 簡単でしょ?」
······全然分らん。
きっとこれが天才という者なのだろうか。理屈的なところをすっ飛ばして出来てしまうのだ。
「はぁ···。なんでこんな簡単なことも出来ないのかしら」
落ち着け私。イライラしたら気まで乱れてしまう。
私がロベルタの説明では理解できていないことに気づいたのか、狐月が近づいてきた。
「桜火さん。マダムの言う事は一度頭から無くしてください。目を閉じて、イメージしてみてください。
桜火さんは今水の上に立っています。そこを動くときに水面に波紋ができてはダメなのです」
「えっ? それってめっちゃ難しくない? っていうかなんで狐月さんがそれを知っているの?」
「昨日マダムが分かってない様だから伝えておけと···」
なんで自分で言わないのよ! 最初からそう言ってくれればいいじゃん!
「きっと桜火さんに素直に話すのが照れくさいのだと思いますよ」
私の考えていることが分かったのか、狐月がなだめてくれた。
「いつまで喋っているの? やるの? やらないの?」
「やります!」
「じゃぁさっさとしなさい」
イラっとしたけど、狐月さんが「頑張って」と言ってくれたおかげで少し冷静になれた。
狐月さんのアドバイスでロベルタが言わんとしていることが分かった。分かったのはいいがその難しさを知ってもう一つ気づいたことがある。ロベルタの強さは次元がちがう。
最終日になって、ロベルタの攻撃がいつもより多くなった。魔力を抑えるだけでも集中しなければいけないので攻防しながら全てを行うのは更に難易度があがってしまう。
「戦場では誰も待っていてくれないわ」
そう言ってロベルタは攻撃の手を休めてはくれなかった。
「あなたは師匠に何を習ったの? 光月流の基本を思いだしなさい」
やっぱりだ。勘違いじゃない。ロベルタはお兄ちゃんのことも、光月のことも全部知っている。何より彼女が持つ小太刀に刻まれた漢字が全てを物語っている。
私が初めてロベルタに小太刀をつきつけられた時に目に入ったのは、刃の根元に刻まれた『桜火』とういう文字だった。
これは、前にお兄ちゃんから聞いた話だ。お兄ちゃんが本当の妹に贈ろうとして小太刀を用意したが、訳あって渡すことが出来なかったと言っていた。その小太刀には『桜火』と刻まれていたらしい。
今彼女が持っている小太刀にも同じ文字が刻まれている。
ロベルタの見た目は若いが、どう見てもお兄ちゃんより歳上に見える。
理由は分からないが、私は確信している。この人はお兄ちゃんの妹のコウヅキオウカだ。
私が集中できていなかったのをロベルタに見抜かれ、後ろから思い切り殴られてしまった。彼女はさっきまで前にいたはずだった。それなのに後ろから攻撃が来た。『明鏡止水』だ。
「いててて······」
「あなた···本当に分かってないわ」
ロベルタがゆっくりと私に近づいてきた。少し雰囲気が変わっていた。明らかに怒りを感じる。
「あなたが死ねば、あの人を助けることができないの。そうなったら······」
「ッ!?」
その場の空間が揺れているように感じた。何かに押しつぶされそうだった。ロベルタからの憎悪とも言えるドス黒い気が伝わってくる。それは避けられない絶対的な『死』を連想させられた。
途中で切ったロベルタの言葉が続いた。
「······この世界なんて必要ない」
その言葉を最後に私は意識を落としてしまった。