アルス、覚悟を決める
王城から帰ってきたイーファは全身血まみれになっていた。でも表情は落ち着いていていつも通りだった。
「いったい何があったの?」
「······撤退する時ちょっとな」
まさかイーファが手こずるとは思わなかった。
「セリナさんすぐに手当てしてくれる?」
「はい。すぐに」
「···いや」
セリナがイーファの手当の為に奥に連れいて行こうと手を引いたら、イーファが気まずそうな声を出した。
「···これは俺の血じゃない」
「え? どういうこと?」
話を聞けば、冒険者全員を撤退させるため、パルテルとレオパルトの三人でしんがりを務めたらしい。
イーファが多くの兵士を引き寄せている時に、話しにあがっていたクラークがパルテルとレオパルトを襲ってきたらしい。
クラークの強さは噂通りのものだったみたいだ。
Sランク冒険者二人係でも攻撃を防ぐので手一杯になり、それも数秒しかもたなかった。パルテルが最初に攻撃をうけると、たて続けにレオパルトまで攻撃を受けてしまったらしい。
それでも味方を撤退させるため、攻撃を受けながらも、その場にクラークを足止めすることはできた。
その間に、イーファが他の兵士たちを蹴散らし、冒険者の撤退を済ませていた。
すぐに二人の応援に向かったが、すでにパルテルは地面に膝をついていた。レオパルトがかろうじて立っていたが、クラークの攻撃に今にも潰されそうになっていたらしい。
レオパルトの腕が下がり、クラークの攻撃を受けられる状態ではなくなってしまった。クラークの攻撃がレオパルトの頭上に迫った瞬間、ぎりぎりでイーファの剣が間に入ってそれを防いだ。
イーファがクラーク師団長を弾き飛ばし、距離が出来たところに氷の結界を張った。そして、すぐに二人を抱えてその場を脱出したということだった。
イーファの報告を受けてハザクが立ち上がった。
「パルテルとレオパルトは無事なのでしょうか?」
「あぁ、今は他の冒険者がギルドで治療を行っている」
「そうか···。イーファ殿、世話をかけた」
「気にするな」
イーファはそう言いながら、マルクスの部下が用意したタオルで血をふき取っていた。
「イーファ、クラーク師団長は抑えられそう?」
「愚問だな」
やっぱりかっこいいな。俺も言ってみたい。
イーファがクラークを抑えられるなら問題ない。後は何とかして、アルスを国王のところへ連れて行けばいいだけだ。それまでには他の証拠も用意できているはずだ。
頼んだぞ月光。
俺が安心した顔をしていたら、ハウザーが話しかけてきた。
「レン殿、帝国がせめてきているという事は主要の軍はそちらに向かっていると思われます。多分みなさんはクラークさえ何とかなればと思っているでしょうが、もう一人、注意しなければいけない人が居ます」
「誰ですか?」
「陛下本人です」
ハウザーの言葉にアルスもハザクも少し驚ていた。
ストロノース国王と言えば、すでにいい歳のはずだ。確かテスタの祖父である先代国王···いや、先々代国王と言ったほうが正しいか。ストロノース国王は、エルミナの先々代国王とも交流があったと聞いている。すでに現役からしりぞいているのではなかろうか。
「ストロノース国王は戦場に立つような人なんですか?」
「戦場に立つもなにも、四帝様の加護を受けずに他国からレザリア王国を守ってこれたのは陛下の力があったからです。
我々の国は、雷帝、炎帝、嵐帝、それぞれの庇護下にある国に隣接しておりますが、どの四帝様からも加護を受けていないのです。
それでも陛下が王についてから、一度も王都への侵略を許したことはありませんでした」
ハウザーはストロノース国王の強さを証明する事例をひとつだけあげた。
「一度だけレザリア王国に危機が迫った時があります。西方に縄張りを持つ狐九尾がレザリア王国を襲って来たことがありましたが、それを陛下が一人で退けたのです」
「狐九尾?」
狐九尾という名を聞いたのは初めてだった。ハウザーが説明を続ける。
「主に西方に縄張りを持つ、聖獣の一種です。九つの尾を持つ狐の姿をしております。北の大陸の黒龍を北の厄災というのなら、狐九尾は西の厄災ともいえるでしょう。
狐九尾の強さは四帝に匹敵すると言われていました。つまり、陛下の強さは四帝にも引けを取らないと思ってもらっても差し支えないでしょう」
四帝に匹敵するとなると、話が変わってくる。断罪する以前にこっち側が消される可能性だって考えられる。
やっぱり焔も呼んだ方がいいかもしれない。
ハウザーの話を聞いてもアルスはあまりピンときていない様子だった。そもそも戦闘経験がない上に、四帝に会った事もないのだから、どれくらい強いかなんて分かるわけがない。
しかし、ストロノース国王の強さを理解した他のメンバーを見れば腰が引けているのがわかる。
アルスもそれは感じ取っているに違いない。
俺はオクロスを潰せればそれでいい。他国の政治に口を出す気はない。この国をどうするか決められるのは、この場にはアルスしかいない。
俺は少しだけ背中を押してみた。
「アルスさん、どうしますか? やるなら手伝いますよ」
アルスは一度目をつぶり、呼吸を整えてから真っ直ぐ俺を見た。
「明日、ストロノース・レザリアの断罪を行います。みなさん、どうかお力をお貸しください」
アルスは立ち上がり頭を下げた。
隣にいたユリベラも慌てて頭を下げる。
「我々からもお願いします」
ハウザーがそう言うと、ハザクや他の冒険者たちも頭を下げ始めた。
「えっ!? えっ!?」
気づけばそこにいる全員が俺に向けて頭をさげていた。いつの間にか俺だよりの雰囲気になっているのに気づき、慌ててルカとセリナの顔を見る。二人とも笑顔で見つめ返してきた。
一応イーファを見てみたが、相変わらず男前なだけだった。
元々手伝う気ではいたが、この雰囲気だと俺主導で動くことになりそうだ。
まぁ、これもテスタが目指す、始まりの世界に近づくのに役立つと思えばいいか。
俺も立ち上がって、しっかりと皆に向き合った。
「みなさん顔をあげてください。この国の国民はあなた方です。僕ではありません。
アルスさん」
「はい···」
「エルミナ王国にもアルスさんと同じように国民の為に立ち上がった若き女王がいます。彼女はエルミナの為だけではなく、世界の為に命をかけて行動しました。今のあなたと同じです。
アルスさん、あなたの思うようにしてください。レザリア王国が変わり、世界がより良いものになるのなら、僕は全力で力を貸しますよ」
「······レンさん」
「まぁでも、政治のことはよくわからないので、みなさんの護衛に尽力しますね」
その言葉にハウザーが応えた。
「それは心強いです。アルス様、我々もお守りいたしますので、どうかこのレザリア王国をよろしくお願いします」
ハウザーに習い、ハザクたちもアルスに頭をさげる。
「ハウザー···みんなも···、本当にありがとう。
レンさん、どうかよろしくお願いします」
「はい。お任せください」
こうして明日、レザリア王国の現国王、ストロノース・レザリアの断罪を行うことが決定した。