ここ異世界じゃない?
私が好きな世界なのでどうか楽しんでいって下さい。
完結するまで掲載を続けさせて頂きますので、最後までお付き合いください。
ガタンッ
大きく揺らした馬車は暗い林道を走っていた。二頭の馬が引く荷台は、鉄の格子で作られた移動式の牢屋ようなものだ。
明らかに荷を運ぶでも、旅人を運ぶでもない、咎人か奴隷が運ばれるのにつかわれるものに見えた。
(痛ッ!!)
道が悪いせいで荷台は常に弾んでいる。弾む度にあちこちに体をぶつけてしまう。
俺はこの牢屋のような馬車に乗っている理由が全く分からななかった。気が付いた時には手首と足首に鉄製の枷が繋がっていて、この馬車に揺らされていた。
外を見るとどうやら森を抜けている途中らしい。周りを見渡していると俺以外にも同乗者がいることに気づいた。
(ん? 女の子?)
これは奴隷か誘拐かなと思ったが、そんなことよりも、別のことのほうが問題だった。自分の体のことだ。
身体が小さい。少なくとも目の前の女の子よりは大きいが、俺が知っている自分の身体とは明らかに大きさが違う。
「どういうこと?」
思わず声に出ていた。
女の子がビクッと反応し、怖がっているのか、小さく縮こまって震えてしまっていた。
「驚かせちゃってごめんね。僕もちょっと状況が分からなくて困っているんだ。君は何が起きているか分かるかな?」
なるべく怖がらせないように優しく声を掛けてみたが、震えるだけで返答がない⋯⋯困った。
とにかく状況を整理してみよう。俺は車の後部座席で帰路についていたはずだ。
俺の実家がは有名な道場を営んでおり、俺はそこの当主を務めていた。本家の道場で指導を終えた後、都内にある自宅に戻る途中だった。
稽古での疲れもあったせいかうたた寝をしていたような気もする。思い出せる記憶はそれが最後で、目を覚ました時には乗り心地の悪いこの馬車に乗っていた。
状況が大きく変わっているのも分からないが、一番分からないのがこの身体の違和感だ。手や足など視認できるだけで二回りぐらい小さくなっている。
立ち上がりもう一度自分の身体を確認してみる。何度確認しても中学生くらいの大きさにしか見えなかった。
「どういうこと!!」
またしても声に出していた。
その時前方から大きな声がした。
「うるせぇぞ! 静かにしてろ!」
どうやらこの馬車の主だろう。明らかに友好的ではないことは理解できたが情報が足りない。俺が考え込むように座っていたら、女の子が恐る恐る近づいてくるのが分かった。
「お、お兄ちゃん⋯⋯私たちは多分、悪い人に拐われて、これから奴隷商に売られちゃうみたい。今は王都の騎士団に見つからないように、大森林を通って王都を出ようとしてるのかも。私が捕まった時にはお兄ちゃんはもうここで倒れてたよ⋯⋯」
勇気を振り絞ってくれたのだろう。震えながらでも精いっぱいの情報を伝えようとしてくれている。
まだわからないことは多すぎるが、それで悩んでいても仕方がない。今よりも悪い状況にならないように最善を尽くすことにしよう。
自分で言うのもなんだが相変わらず恐ろしく切り替えが早い。まずは勇気ある女の子の気持ちに応えようではないか。
「ありがとう。助かったよ」
馬車を走らせる御者に、聞こえないように、小声で礼を言う。少しでも緊張が解けるように笑顔を見せると、女の子の震えも少し落ち着いて微笑み返してくれた。一歩前進。
よし、まずはできることをやってみよう。
とりあえずこの枷をなんとかしないことにはどうにもならない。元の体なら何とでもなるが、この体で果たしてうまくいくだろうか。
俺はいつもの稽古と同様に、気を集中させた。
枷が少し張るような位置から外側に向け、瞬間的に腕を広げると「ガキンッ」と音を立てて鎖が壊れた。
「ん?」
思ったより軽かったな⋯⋯。
少し違和感があったが成功だ。小さな身体でも十分に身につけた技術は使えるようだ。
ふと隣を見ると女の子の目が点になっている。普通に考えれば鉄の鎖が壊れるわけがないから驚くのも無理はない。俺一人で逃げるのは簡単だけどさすがに放ってはおけなかった。
「ねぇ、僕は今から馬車を止めて逃げようと思うけど、君も一緒に逃げるかい?」
女の子は一瞬目をパチクリさせた後、首を縦に何度も振ってくれた。
ふふん、では見事に君の勇者になってあげよう。
「分かった、それじゃ少しの間目を閉じて、隅のほうでじっとしててね。馬車が止まって僕が声を掛けたら、降りてきて大丈夫だからね。分かったら一回うなずいてくれるかな」
女の子はゆっくりと一回うなずき目を閉じた。
馬車は俺が乗っているのと後続のを合わせると二台。俺が動けばすぐに後続に気づかれるだろうが問題はないだろう。まずはこの馬車を止めてしまうことにした。
足の枷には鎖が繋いだままだったが、手が自由になっていれば十分だ。
俺は荷台の扉の鍵の部分に腰を少し落とし手を当てる。体が一瞬沈み、当てた手に力が加わると、「ガキンッ」と音を立てて鍵が壊れた。そのまま扉を開け、逆上がりの要領で天井に飛び上がる。
すでに後ろの馬車で何かを騒いでいるが俺には関係ない。この馬車の御者の運命はすでに決まっているのだ⋯⋯ふふふ。
前を走っている馬車が急に止まった為、後続の馬車も止まるしかなかった。
後続の馬車は、檻から俺が飛び出すのを見ているのだから、当然警戒をしていた。片手に松明、反対側の手には短剣を構えているのがこちらからは見える。
後続の御者が警戒をしながら馬車の前に恐る恐る進むと、御者の席に倒れていた仲間を見て声をあげた。
「おい大丈夫か! 何があった!?」
倒れた仲間に声を掛けてもピクリともしない。これはまずいと思ったのか、自分の馬車に戻ろうと振り向いた瞬間、その場に糸が切れた操り人形のようにへたり込んでしまった。
俺はほとんど気づかれないように近づいて、御者達の意識を刈り取っていった。
よし、とりあえずこの体でも十分に動けるな。
御者から鍵を拝借した俺は自分の枷を全部はずして、女の子の元へ向かった。
しかし、いったいここはどこなのだろう。まさか海外って事はないよな⋯⋯あの子に聞けば何かわかるかな?
一仕事終えて女の子を迎えに行くと、ちゃんと約束を守って隅っこでちんまりしてた。
「おまたせ。もう終わったから安心して良いよ」
「⋯⋯」
「僕はレンって言うんだ。君は?」
「⋯⋯シュリ」
「じゃぁシュリちゃん、他の悪いやつが来る前にここから離れようと思うんだけど大丈夫かな?」
「一緒に行って良いの?」
見知らぬ人に付いていくのは嫌かなと思ったが、こんなところに置いてかれるよりかはましだったようだ。
まぁ子ども一人ぐらいなら問題なく守れるだろう。
「よし、そしたら行こうか」
「うん」
かっこよく女の子を助けたはいいが、ここがどこだか全く分からない。
「行こう」と言ったものの、右も左も分からない。さてどうしたものか。
「シュリちゃんはここがどこだか分かる?」
「ううん、ごめんなさい」
「あやまらなくても良いよ。森を突っ切ろうと思うんだけど平気かな?」
シュリは軽くうなずいてくれた。
本来は林道を進んだ方が間違いないが、賊が使うような道だ。敵の仲間と遭遇する可能性も十分ありえる。
森を突っ切ろうと決めた理由は他にもあった。何かは分からないが、森の奥のほうがどうにも気になって仕方がない。
ただ、何かあると思う方に賭けたほうが、闇雲に動くより良いと、俺の直感が言っていた。シックスセンス。
まぁ危険だと思えば引き返せばいい。
よし行くか、と思ったら、シュリが俺の服の裾を引っ張っていた。
「どうしたの?」
「お兄ちゃん、あっちの馬車にも捕まってる人がいるみたい」
ああ⋯⋯そうだったぁ。馬車は二台だった。さすがにこのまま放置もないかぁ。よし解放だけでもしていくか。
二人でもう一つの馬車に向かう。
その間もシュリの手はしっかりと俺の服を掴んでいて、かわいいが過ぎる。
馬車の横につくと、荷台には俺たちと同じような檻に人が捕まっていた⋯⋯人が⋯⋯人が⋯⋯!?
その時俺はとんでもないものを発見してしまった。
耳だ⋯⋯耳がある。
そりゃ人間にだって耳はある。しかし、目の前にいる人の耳は頭の上にピョコンと付いている。
これって⋯⋯。
(獣人きたぁぁぁぁぁぁ!!!!)
獣人だ! 日本じゃない! 地球じゃない! 落ち着け俺! 小さなレディの前でオロオロしてはいけない! しかし!!
高速で思考を働かせたが無駄だった。薄々そうじゃないかなって思ってたことが、勝手に口から漏れていた。
「⋯⋯ここって異世界じゃね?」