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野球の拳  作者: サムソン・ライトブリッジ
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十三話 選ばれし予選


 七月下旬──季節は夏を迎えた。うだるような暑さの中、エアコンもまともに動かない南方ボクシングジムの中で、俺は汗だくになりながらひたすらにサンドバッグを殴る。


「よし拳坊、ミット打ちだ。コンビネーションをもっと徹底するぞ」


「はあ、はあ、おうよ……! 俺のストレートでぶっ飛ばされるなよオッサン」


 軽口を叩きながらも、俺は必死にパンチの精度を高めるように真剣に打ち込む。


 中嶋監督のあの話しから五日が過ぎていた。今でも信じられないが、本当にスポーツマンバトルトーナメントとやらをやるらしい。


 だから来たるべきその日のために、俺ができることはひたすらに鍛えることだけだ。



 ビーーッ!! ビビーーッ!!



 壊れかけのタイマーがまた誤作動を起こしてうるさく鳴り響いた。


「ええいこのポンコツめ! 拳坊、直すからちょっと待ってろ。5分後に再開だ、今日も追い込んでいくぞ」


「あいよ、しかしどの設備もオンボロで困っちまうな」


 俺は水を少し飲みながら、乱れた息を落ち着かせる。早いところ俺が何とかしなくちゃこのジムは勝手に倒壊するであろう。


「ごめんねケンちゃん、何もかもボロくて……」


「いやいや洋子ちゃんのせいじゃねえよ! 安心してくれ、バトルトーナメントだかなんだか知らねえが俺がぱぱっと優勝してこのジムを建て直してやるぜ」


 口ではかっこいい事を言ってるが、頭の中は下心満載である。今日も洋子ちゃんは可愛らしく、彼女を見るためだけにジムに通っていると言っても過言では無い。


「ケンちゃんありがとね、すごく頼もしいわ。中嶋監督のお話しだとそろそろ"予選"の案内が来るはずだけど、今のケンちゃんならなんだか安心して見てられる様な気がするわ!」


「へへっ! 予選をシャンシャン(・・・・・・)と勝って俺の強さを改めて証明してやるっての」


 実は監督のあの話しには続きがあった。それはトーナメント本戦に出場するには、一回戦限りの予選があるのだ。


 オリンピック競技全てが本戦トーナメントに進める訳ではない。この予選で勝った者だけが出場資格を得られるらしい。


「……わしはまだ不安だがな。そもそも何でもありの格闘大会ならボクシングは"不利"だ。慣れない足技への対策やら寝技なんてやられた日にゃ即KOだ。敵の情報も何も無い、得体が知れなさすぎる」


「オッサンほんッと心配性だな。俺はむしろ得意な喧嘩に近いルールで気持ちが楽だぜ? それにプラスしてオッサン仕込のボクシング、俺の野球センスが合わさったこの複合格闘技に勝てる奴なんざいねえさ」


 改めてダサい名前だが複合格闘技『野球拳』は今では俺の強さを担う大事なものとなっている。


 約二ヶ月前に入門した俺と今の俺は遥かに違う。引き締まった体は無駄な脂肪が減り、よりボクサーらしい理想の体型に近づきつつある。


 ただ力任せにぶん殴るだけだった俺のパンチは、鋭さを増しているような気がする。上手くは言えないがキレ(・・)が出てると言うのが率直な感想だ。


「──シッ!」


 サンドバッグをコンビネーションで打つ。以前では殴ったサンドバッグが乱れた方向に揺れるだけだったが、今は違う。


 くの字に曲がるサンドバッグを一方向へ追撃できるようになり、パンチの連携も流れるように出せるほどになった。


「どうよクマのオッサン、ちったあ上手くなってるだろ?」


「……まだまだだ。最初のしょんべんパンチよかマシ(・・)にはなったがスピードがまだ足らん。たかが二ヶ月程度でボクシングを解った気になってるんじゃねえ、青二才が!」


「けーッ! 素直じゃねえの!」


 そんな俺達のやり取りを見て洋子ちゃんは微笑みを浮かべた。


 そんないつものやり取りをしていると、ジムのボロ扉がギィーッと、嫌な音をたてて開いた。


 扉の前、そこにはスーツ姿でメガネをかけた営業マンみたいな男がのそりとジムに入って来た。


「なんでえ! 借金取りかあ!? すまねえ今は金はねえ! さっさとお引取り願いますこの野郎バカ野郎!」


 相変わらず謝ってるのか怒ってるのかわからない事をオッサンが言う。


「あっ……ちょっと待ってお父さん。この人はたぶん──」


 洋子がそう言うと、スーツの男はぺこりとお辞儀をしながらこう言ってきた。


「失礼します、私はオリンピック委員会の者です。東谷選手に予選のお知らせをお届けに参りました」


 男は礼儀正しくそう伝えると、俺達はごくりと唾を呑んだ。


「やっぱり……! その、予選の連絡ですね?」


「ようやく来たか……! それで俺の相手はどこのどいつ、そんじょそこらの馬の骨なんだ?」


 洋子ちゃんが身構えたように答える。俺はリングロープにもたれ掛かりながら、男を見てやる気満々に返答をする。


「……それではご連絡させて頂きます。日にちは三日後の夜20時スタート、場所は神奈川県の郊外にある廃ホテル内にて特設リングが設けられます。詳しい場所はこちらの地図をご参考下さい」


 段取りよく男はテキパキと書類一式を洋子に渡す。熊三は難しい顔をしながら、話しに集中をしている。


「ルールは武器の使用以外は何でも有りです。選手はこの予選に勝てば、本トーナメントの出場資格が与えられます。今回は予選という事で人目のつかない場所を選択しており……」


「あーわかったわかった。細けえこたあその書類に書いてあんだろ? そういうのは後でこっちで確認しておくから、早く俺の対戦相手を教えてくれよ」


 長話しが苦手な俺は話しを急かすように横槍をいれる。




「わかりました……では、東谷選手の対戦相手をお伝えします。東谷選手所属の『野球協会』の対戦相手は──『サッカー協会』です」




 全員の頭に電流が走る──! 人気スポーツ、野球の相手は()しくもサッカー!!


 この日本が誇る二大人気スポーツである!


「さ、サッカーか……!」


「サッカー? 面白え、ここらで白黒どっちが人気スポーツなのかケリをつけられそうじゃねえか……!」






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