ガレラ山の魔王Ⅳ
ダルクスは早暁にガレラ山を登り始め中腹へと到達していた。魔王は山の頂上付近にいるらしいと聞いていたが今のところそれらしい何かは見ていなかった。ダルクスは腰ベルトに掛けていた茶褐色の水筒から水を飲み、暫らく休息を取った。ダルクスは剣闘士の中でも特に強靭な肉体を持っていると自負していたが、ガレラ山は傾斜のきつい山で体力に自信のあるダルクスでも苦戦していた。ふと山の頂上を見上げると木々が大きく揺れているのが見えた。長大で黒い何かが樹木と樹木の間を右へ左へと幾度となく律動し一直線にダルクスの方へと向かっていた。それは大蛇だった。大蛇と形容していいものか迷うほど大きく俊敏だった。ダルクスは大蛇がすぐそばに迫るまで一歩も動くことが出来なかった。大蛇はダルクスの頭上に鎌首をもたげ異様に長い二股に分かれた舌を忙しなく動かしていた。ダルクスはごくりと唾を呑み込んだ。
「これが魔王か」
この大蛇であれば人に巻き付けば数秒とかからず全身の骨を砕き絞め殺せるだろう。ダルクスは愛用している大剣を手に取り大蛇と対峙した。大蛇は鎌首を高く高くあげダルクスを見下ろした。さながら人と竜が対峙しているようなものだった。
ダルクスは駆けだし大蛇の体に一撃を加えた。ダルクスの大剣は大蛇の皮と肉を大きく斬り裂いた。大蛇は痛みに暴れダルクスへと体をぶつけ弾き飛ばした。咄嗟に大剣を盾のように使い攻撃を防いだが弾き飛ばされ急斜面を流されるように転がった。
「くっ、大きすぎるな。一人で仕留めるには骨が折れそうだ」
ダルクスはなんとか起き上がり呟いた。
起き上がったダルクスは間髪入れず素早く大蛇へと近づき斬りかかった。斬り付けられた大蛇は再び身を捩りダルクスを弾き飛ばそうとするがダルクスは素早く距離をとって躱した。攻撃を躱された大蛇は今度は巨大な尾をダルクスめがけ鋭く叩きつけた。山の木々が大きく揺れるほどの一撃だった。ダルクスは大剣で尾を受け止めていた、あまりの重圧にダルクスの両足がわずかに地面へとめり込んでいた。
「ぐう、なんという一撃だ」
ダルクスはそう言って気合で大蛇の尾を横へと払いのけた。ダルクスは息があがりつつもすぐさま再び大蛇へと斬りかかり傷をつけた。大蛇の体の大きさを考えるとちょっとやそっとでは倒せそうにはないがダメージが入っている手応えがダルクスにはあった。すると大蛇は体を斬りつけられることを嫌がっているのか、するするととぐろを巻き鎌首を大きくもたげた。それは大蛇が対象を捕食するための動きだった。大蛇もダルクスも次の一撃で仕留めるつもりで睨みあった。大蛇は捕食のための最大の速度でダルクスに食らいついた。ダルクスは大蛇の動きを完全に見切り、飛んできた大蛇の頭を叩き割った。ダルクスも衝撃で弾き飛ばされたが、頭部を真っ二つに裂かれた大蛇は即死していた。
「どうしたものか。倒したのはいいが一人でこいつを運ぶのはさすがに出来ないな」
ダルクスは魔王と思われる大蛇を倒した証拠を何か持って帰りたかったが、あまりに巨大すぎて困っていた。ダルクスは少し悩んだ後、大蛇の巨大な目玉を一つくり抜いて下山することに決めた。ガレラ山の麓の村で魔王の正体が大蛇であり、それを倒したことを伝えて村人に協力してもらい大蛇の死体を運ぶことを考えたからだ。
ダルクスが下山している途中のことだった。銀色の髪をした男にも女にも見えるような美しい剣闘士が入れ違いにガレラ山を上って来る姿が見えた。ダルクスは魔王の噂を聞いてやって来た剣闘士に違いないと思い声をかけた。
「噂の魔王は俺が倒してしまった。巨大な大蛇だったよ。この先に行っても俺が仕留めた大蛇の死骸があるだけだ」
「ああ、あの大蛇を倒してしまったのですか。なかなかの腕前のようですね」
銀髪の美しい剣闘士の声は透き通るような綺麗な音色で思わず聞き入ってしまいそうだった。ダルクスはその剣闘士が魔王の正体が大蛇であることを知っていたかのような口ぶりを意外に思った。
「魔王が大蛇であることを知っていたのか?」
「ええ、もちろんです。あの大蛇は私がガレラ山に放ったのですから」
「何を言って?」
ダルクスが問いかけようとするとくらくらと目まいがして思考がうまくまとまらなくなった。
「まだまだ若いのですね。熟練の剣闘士だったらこんな簡単にはいかなかったでしょうね」
その美しい剣闘士ウラノスはうれしそうにダルクスに微笑みかけた。ダルクスがウラノスの瞳を見た瞬間ウラノスの魔法は完成された。ウラノスが最も得意とする魅了の魔法だった。
「アルバスが来る前に大蛇が倒されてしまいましたが、大蛇と戦わせるよりずっと良い物が手に入りました。彼にアルバスと戦っていただきましょう」
ダルクスはウラノスの魔法に堕ちていた。虚ろな瞳は徐々に生気を失い、呼吸をするだけの傀儡と成り果てていた。