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ルネと地竜  作者: かものは
9/58

9 モンショウ

 リンレライの追跡を警戒するロシュフォールは、旅人でごった返す街を選んで宿を取った。

 混雑した街は隠れ蓑にうってつけで、馬の蹄と車輪の音が探知魔法を妨ぎ、街路を覆う雨避けのサーカステントは空の監視を遮ってくれる。

 そんなやかましさにあっても目を覚まさないルネが心配でならないのに、どうやったら自分に執着するだろうかとちぐはぐなことを考えた。

「この魔法使いは地竜の所有・・ああいかん、地脈に融合しすぎて混乱したな。護る、そう俺はルネを護るのだ」

 護ると言いながら、主のない地竜は眠る魔力の塊にゴロゴロと喉を鳴らすのだった。



  ▽



 カチャカチャ・・

 おばあちゃんが朝から調合するなんて珍しいこともある。手伝うべきか寝たふりしようか。

「違う、おばあちゃんは死んだのだった」

 ルネがパッと目を開くと頭がグワンと揺れてうぅと唸る。

 夢を見たのは頭痛のせいで、おばあちゃんの調子っぱずれな歌は、いつだってルネの頭をグラグラにしたものだ。


 窓のスキール音に耳を塞ぎ、ここはどこだとキョロキョロする。白い目の獣から逃げようとしたらルネと呼ばれ、それからどうなったんだろうと少しだけ考えたが、パリッと糊を効かせた寝具が心地良いから再び目を閉じる。

 魔法使いの力が底打ちの新月に無茶をしたのだから体力はすっからかん。生きるための魔法で死にかけるとは本末転倒で自業自得である。


 死の覚悟があったことには蓋をした。言葉は口にすれば記憶に刻まれて、また同じことが起きれば真っ先に浮かぶ選択肢になるからだ。

 ルネは予防より治療、対策より火事場のバカ力への期待値が高く、つまり先々まで考えないようにしている。それは等価交換の考え方に紐づくもので、死のリスクでさえも等価であれば受け入れるだろうと思えるのである。



「目が覚めたか、ルネ。もう心配いらない」

 ベッドの横でロシュフォールの声がした。まるで床から這い出たような登場にゾッとしたが、ひどく不安そうにツギハギだらけの腕に手を添える。

「魔法使いにやられたのか」

「そうじゃない。私は正しくないのが正しいの」

 結論を先に告げて質問に対して答えれば、余計なことを話さずに済むというのは知恵だ。

「うーん、それならいいのかな」

 しかしロシュフォールがそれ以上訊ねることはなく、しかし分かったではなく、よく分からないの表情をしている。


 曖昧というものは後々厄介で直ちに解決するのがお勧めだが、まあそのうちでいいかと先延ばしにするのはおばあちゃん譲りだ。


「ロシュは北に行ったのではなかったの?」

「行ったぞ。だが北より良いものを見つけたから戻って来たんだ」

 そう話す瞳は草原の緑で、ルネが目指していた場所と同じ色。


『はあ?南に行くだって。今のお前じゃ朝露を拝む前に、月に喰われておしまいだね』

 緑色にさざめく金がスゥと細い猫目月のようで、おばあちゃんの言葉を思い出していた。



  ▽



 ルネは何もないところで躓くから、ロシュフォールはハラハラし通しだ。

 慣れてると笑うが慣れてるのはぶつけた後の処置で、体のバランスが悪くて積んだ石のように不安定。

 ハラハラはするけれど、もしもぶつけたのが顔なら見ないフリをせねばならない。鼻血が垂れたのを指摘したら布団から出て来なくなったからで、アヴォの助言の通りデリカシーのない男は嫌われる。


 何もすることがないというので、紙とペンを渡してやれば年相応にお絵かきをはじめた。

 出来栄えはと覗き込めば調合機材と薬草の構造がきっちりと描きこまれ、上手だねぇなんて安易に褒めてはならないプロ仕様の標本スケッチである。

 これでは出る幕がないと絵本作りを提案すれば、首から上が5枚葉、足は根っこで根っこの特性により毛深くて、筋肉代わりに葉脈が浮かぶ「草人間」なる主人公を練り上げたが、まさしくこれは禁忌の合成生物、稀に見る恐ろしさだ。


 草人間のストーリーは悲恋で、しかし猟奇的な方向に振り切った事件性のある悲恋であり、身体欠損率が異常に高い。こういうのを好んだルネのおばあちゃんは、きっと世の荒波に揉まれた苦労人だろうが、子育てにはとことん向いていないと、ストーリーの残虐性に背筋が凍るのだ。


 そんな楽しい(?)毎日ではあるが、困ったことに竜の庇護欲はちっとも満たない。

 ルネは地味な服しか着ないしお腹はすぐに満腹になる。人形の店に入れば金の巻き毛を緑に染めたら草人間だとヒヒヒと笑い、首の付け根は外せるかと店主に訊ねるものだから早々に店を出る羽目になった。


「よし、靴を買おう!」

 靴屋を指差したのは思い付きだったが、ルネがパッを目を輝かしたから獣の能力を使って半径500Mの子供をリサーチする。

「なるほど。赤か黄色で飾りのある靴が流行りのようだ」

「丈夫な靴がいいな。でもロシュの靴は重そうね」

「旅用の靴はだいたいこんなもんだ」


 北の地を彷徨って履き潰してきた。

 靴が擦り切れれば人の街で調達し、そのために獣を狩って金を得る。靴は丈夫ならそれでよく、残りの金は温かい食事と宿賃に使った。

「リンレライは俺に靴を与えない」

 水を一刀両断にする大剣も、烈火を遮る鎧も、旅の装備はリンレライが揃えたが靴ばかりは違う。これは人と繋がりを断つこと無きようにとの戒めだ。


 ロシュフォールが選んだのは赤色で水玉のリボンが素敵なローファーで、ルネが選んだのは膝下まで紐を通した丈夫なブーツ。宿に戻ると早速カゴに並べて眺めている。

「雛の親鳥みたいだな」

「このカゴは草人間のベッドの予定だったけど、素敵な靴のおうちに似合うと思うの」

「そいつはいい!まったくとってもいい。草人間の入る余地はないな」

 ついでに草人間の脅威も去って、ようやく竜の保護欲は落ち着いたようである。



  ▽



 捻れば水が出る蛇口は便利なものだが、この水には人のためという目的があって物質を変化させる調合に適さない。調合には無垢な湖水が最適でも採取が面倒で、蛇口の水を沸騰させて目的を忘れさせるのが一般的だ。

 ルネが湖で調合しているのは狩りをするロシュフォールを待つついでで、しかし外というのは気分が良くて鼻歌を歌って作業に精を出している。


 ビーカーに湖水を汲んで薬草と塩をひとつかみ、ガラス棒を指揮者のように振れば、水から飛沫がシュワと弾けた。活力剤には樹皮の粉末をひとつかみ、後は放っておけばぐんぐん熟成は進んでいく。

「ロシュは絶賛分離中」

 ビーカーの飛沫は酸素と融合するが、ロシュフォールは水と油を勢いよく混ぜた目くらましの融合で、手を止めれば二層に分離してしまう。

 水と油の性質を享受しながらバランスが悪く、ゾッとする酷薄さを露見させながら、ふと我に返ってアタフタと取り繕い、

「あっ、今のナシ」

 そのごまかし方では全くごまかせず、なんというか清々しい。




 ロシュフォールが狩りを中断したのは、風の精霊が天候の悪化を囁いたからだ。

「ルネ、最後の吹雪が近づいている・・あ、いや、そう!俺は旅が長いから、吹雪の気配がわかるようなわからないような」

 雪に埋まっていたのはつい先日だから説得力はない。

 

「すぐにでも出発したほうがいいね」

 二人の目的地は港町カプラで、交易で発展した物流拠点の大都市だ。

「外国船が毎日のように荷を運んでくるぞ。初めて見るものばかりだろう」

「アロエという多肉性植物はあるかしら。炎症鎮静、解毒作用っておばあちゃんが言ってた」

 火傷の薬で二日酔いの薬で、それに日焼けにも効くんだってと楽しそうで、ルネの育ての親は見識が広いと感心する。


「春は南からやって来る。硬い土をグッと押し上げ、息吹く芽ほど力強いものはないぞ」

 言霊に応えた地はザワザワ揺れて雪を払うと春を早めることにした。大気の願いは王たる地竜の復活で、この魔法使いを搾取することを望んでいる。

「ルネの願いであれば、いくつだって叶えよう」

「アロエが欲しいわ。代わりにロシュは何が欲しい?」

 等価交換が提案されたことに不機嫌な顔をしたが、不相応を願ってはならないとルネはよく知っている。こういう上等な生き物は、おまとめ一括後払いで対価を要求し、魂を差し出す羽目になるからだ。


 世に属する限り摂理は絶対で、どれほど上等な生き物だって手順を踏まねばならない。だから狡猾な罠には気をつけねばならず、罠に掛からぬうちは残り時間を心配しなくていい。


『モンショウ ガ 欲シイ』

 応えたロシュフォールに空気は緊張し、大気は枝をしならせると雪を弾いてロシュフォールの口を塞ごうと直撃した。

「ひぃぃ、冷たい」


 そうか、ロシュフォールはモンショウが欲しいんだ。

 ルネはそれを叶えたくて、モンショウを手に入れる方法を探そうと思うのだった。



  ▽



 帝都のリヒャエルは、火をガラス瓶に戻すと調合した古薬をインドラに渡す。

「古薬といえども維持が精一杯。ユーリーさまに必要なのは錬金術師が創る四大の薬だ」

 魔法使いが創る薬は症状を緩和させ自己治癒力を高めるもので、それに対して錬金術師の調合薬は、病巣そのものをなかったことにする奇跡の薬である。

 火、風、水、地という概念を素材にする四大の薬は錬金術師にしか扱えないが、手に入れるのは容易でない。奇跡を起こせば人の欲と思惑で命は危険に晒され、だからひっそりと生涯を終えるのが錬金術師なのだ。


「疫病を起こしてみるか?」

 300年前、この地で疫病が蔓延し錬金術師が事態を収めたと記録にあるが、水飲み場にポチャリと毒を滴下するリヒャエルを想像したインドラは、渋面になって首を横に振るのだった。



  ▽



「うぅ、なんてまずい薬だろう。稀代の味覚異常め」

「・・流し込みなさい」

 鼻を摘まんだユーリーは、眉間に皺を寄せながら本日も毒々しい色の古薬をグビと飲んだ。

「まさに苦渋、まさに辛酸・・」

 効能は安定だが味はリヒャエルの機嫌に左右され、稀に普通で殆どまずい。

 角砂糖を舐めるユーリーに、アヴォの件だがとインドラは切り出す。


 ア・バウア・クーの気配がないと訝しむユーリーに、またかと答えたのは先日のことだ。

 リヒャエルは敵の追跡を躱すために、一時的に魔力の供給源である絆の糸を遮断する。

 一時的であろうと魔力供給が止まれば霊獣は水に溺れる苦痛を味わうが、だからこそ敵を欺く手段であり、そうやって帝王を失った大国を支えてきたことを非難など出来るはずはない。

「逝った霊獣でも糸の残滓はあるものだ。しかし切った糸を巻き取ったように何もない」

「・・霊獣の生きざまは人の犠牲だね」


『さてそれはどうだろう。その時々にもよるだろうが、私の殆どの日々は楽しいものだしね』

 残酷な問いかけに笑ったアヴォの真意は、今ではもう知ることはできない。

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