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ルネと地竜  作者: かものは
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5 ツギハギの子

 世界とは、海と空と地を大気の紐でぐるぐると巻いて一塊に結束しているものだ。

 この大気の紐とは地脈のことで、霊獣はこれに己の魔力を融合させて、最速最短の移動手段に用いるのだが、融合が長引けば自我を薄め吸収される危険な道でもある。

 霊獣でさえそうなのだから、人の魔法使いにとっては命取りで、地脈に転がり落ちれば二度と這い上がることは出来ない。

 なぜなら霊獣は外殻に魔力があって、大気と融合しても内側の器を壊さずにすむが、人の魔法使いは体という入れものに魔力を内包しているため、大気はこれと融合を果たそうと器である体を壊すのである。

『ゆで卵を食べるため、殻を剥くのとおんなじじゃ』

 祀りの御方の説明は、そんなふうでわかりやすい。



 北の街から地脈を駆けてルネが暮らす山に這い出たロシュフォールは、雪崩と地滑りで崩壊した光景より、空気中に漂う濃厚な雷の行使痕に息を飲んだ。

 ルネの家は瓦礫になって跡形ないが、あの青い護り布の気配はどこにもなく、

「子供を逃がすとは惜しいことをした」

 意図せず言葉が口を突けば意識はまた遠のいて、すうっと地脈に溶けると南へ流れていく。

 これは生命を維持しようとする本能で、薄らぐ理性は大気に融合する一歩手前にある。



  ▽



 銀糸の髪のリヒャエルから逃げ果せたルネは、どこかの道にペッと吐き出されイテテと顔をあげた。

「まあまあのところに落ちた」

 あの穴は入口にしがみついて100数えると吐き出されるが、おそらく野菜くずが歯にはさまったような不快さにペッとするのであり、だから手を離したらゴックンと飲み込まれてお終いになるのだと知っている。


 立ち上がったのは身を隠すためで、袖を捲って砂を払う。破れているのは袖でなく皮膚で、定規と刃物を使ったような切口は、破れというより剥がれたというのが正しい。

「どう引っ張ってもこれ以上は伸びないや」

 そんなふうだからペタっと戻せばくっつきはするのだが、この皮膚は正しい場所に無いせいで正しい成長をしていない。つまり上へ伸ばせば下が足りず、右を伸ばせば左が折れ曲がり、本来はもっと成長がゆっくりな箇所にあるべき皮膚なのだろう。


「張替えなきゃだめね。あーあ、めんどうだしめんどくさいしめんどうでしかない」

 ともかく面倒だと大の字になる。逃走するためのあの穴は体力を削ぎ取るし、ペラペラする皮膚は見た目こそ悪いが痛くも痒くもないのが理由だ。


 チリーン・・


 木々のあいだを縫ってくる涼やかな風鈴の音がぎゅっと集まり、道に祀りの御方リンレライの姿を創った。

「生きる為のあがきが、生きるのを億劫にするとは難儀なこと」

 少年の容姿からは想像できない長命な祀りの御方は、ルネを指差すとみっつ数えて、

「南はあっち向いてホイっ」

 くいっと曲げた指につられて顔を向けたが、そっちは南ではなく西の方角だ。


 リンレライの杖には艶やかな大輪の牡丹が綻んで、光と風はうっとりと、樹木は木漏れ日を集めて姿を照らす特別待遇である。

 こんなきれいな生き物もいるのねとルネは瞬きの回数を減らして見ていたが、そうするうちにリンレライの西へ伸ばした腕がプルプルと震えだした。

「あ、あ、あっち、ミナミ・・」

 同じ姿勢を長時間続けると筋肉の圧迫で末端が痺れるもので、彼はまさにそんな状況だと不憫になったルネは西を向く。

 自分という存在は災難を呼ぶもので、ロシュフォールが無事に旅を終えられるよう、北でなければどっちの方角でも構わないのだ。



  ▽



 ルネが南ではなく西へ歩き出すと、リンレライはやれやれと腕を回して肩がボキッと鳴った。

「シメシメじゃ。子供は儂の策略に嵌まり、まんまと南から逸れたわけだが、」

 ええっー?と精霊たちは笑い転げ、リンレライはコホンと咳払い。

「南は殆どが絶望で希望はほんのわずか・・おっとこれはうっかりぽっかり。つまりほんのわずかな希望を儂は消してしもうた」

 ぺちんとおでこを叩いたら、慌てた精霊がフゥフゥと癒しの風を吹かせた。


「祀りの御方。ツギハギの子はチグハグの子だね」

「うまいっ。ツギハギでチグハグで寸が足りぬ子であった。どれ先回りしてみようかの」

「祀りの御方の気紛れ」

「お役目じゃ。この世の奇々怪々を知らずして、祀りの御方は務まらぬ」

 上へ下へと笑いながら飛び跳ねる精霊に、リンレライは整列の号令をかける。


「風をゴォゴォ飛んで、水溜まりをピシャピシャと跳ぶぞ」

「水は氷に化けてるよ」

 精霊は水溜まりにうっすらと張る氷を指差す。

「ますます良い。どれ遠くまで響くとしよう」


 リンレライは氷を叩くマレット(バチ)になると、水溜まりから水溜まりへと跳ねピーンピーンと音を鳴らす。それを真似た精霊は氷でツルッと滑ってビブラートが揺れ、共鳴が遠くまで響き渡った。

 まるでビブラフォンのような音色を、ルネはすぐ近くの大木の下で聞いている。

「きれい。あの人は外核に魔力があったから人ではないけれど」

 人をよく知らないルネは、形に魔力を被せているのを人、魔力に形を被せているのを人ではない生き物と判断して、それはおおよそ正しい認識だ。


 地表を音色が撫でていき、残滓の帯に芽吹く双葉はみるみるうちに若木になった。

「これは私の骨にちょうどいいサイズだ」

 ルネは土を掘って若木が折れないようにそっと袋に入れる。


 人以外の生き物は恵みをもたらすが、恵みを望めば等価交換が発生するのが当然で、ルネはずっとずっと昔に歩き出すことを望んだから、こうやって追われるのは等価交換だろうと思っている。



  ▽



 祀りの御方の留守を預かるテコナだが、祠の番人は退屈極まりないもので、占盤に賽を振ってじっくりと考えを巡らすことにした。

 この占いは散らばった小石の相から先を知るもので、歪なりに整った小石にイタズラする精霊を摘まみあげては放り投げ、結論を捻りだそうと真剣だ。


「遠くて・・すぐ、今より遠い・・?真中は地竜にふさわしい位置だけど、欠けた石では王を示すには貧相だ」

 真中石には欠けがあり、それを遠巻きに囲む占盤配置が示唆するものなど見当もつかない。

「欠けた石を求めようとする者は、珠玉ばかりが、ひとつ、ふたつ、みっつ・・こらっ」

 いたずらを止めない精霊をテコナは叱ったが、精霊はぶすっと頬を膨らませると、占盤の銀鉱石にイッーと顔をしかめた。

「ア・バウア・クーの石にあっかんべーっ!」

「ふうん、これが精霊の天敵アヴォなら隣の水晶はリヒャエルだね」

 占盤に水晶は二つあり、アヴォと共にあるのがリヒャエルで、ならばもうひとつがリンレライだ。


「祀りの御方はずいぶん遠くにいるね。これでは白虎も難儀だよ」

 眉をしかめたテコナに、精霊は楽しいよと笑ってパリンパリンと歌う。

 精霊は根源である「丸」で繋がって意識を共有するというが、こちらの質問に応えることは滅多になく、それがキマリかキマグレかはさっぱりわからない。


 そもそもテコナは夢を渡る先読みの占者であって、こういった抽象的な占盤は苦手なのだ。

 夢には願望と恐れが如実に反映されており、夢見の役目とは青々と茂る大樹から本物の一枝をさがしだし、理路整然な思考を根拠に先を読むことだ。一方で賽を振る占盤は、森羅万象の抽象的な事象を解釈するもので、占者には深淵の知恵をもつ祀り巫女か祀りの御方、または精霊王が望ましい。


「占いの真骨頂も、解釈できなければただのおはじき」

 小石占いを手解きしたのは夫の精霊王で、何度投げ出そうと粘り強く教えたものだった。

「しかしこうしていると君が隣にいるようだ」

 重ねる手の温もりも耳元で囁く優しい声も今ここにあるようで、こんな幸せを知らないロシュフォールが憐れでならず、主が無いなら埋めて均せばよいとテコナは思う。

「舞台に立つことすらできず退場を余儀なくされたんだ。道に悖る手段であっても責める理由はない」

 欠けた真中石を指先で転がしながら、そんなことを考えるのだった。

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