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ルネと地竜  作者: かものは
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46 祀り巫女の真実

「お終い。『どうしてそれを伝えなかったの』というのは、ディアの後悔かしら」

 ただの口癖だとソッポを向くリヒャエルを、アヴォはクスクスと笑う。

「懐かしい。ケンカをすると必ずそうやって叱られたものだ」

「黙れ」


「まあともかく生贄作戦は半失敗、私は魔力の暴走で溶けちゃった」

 溶けて地中に沁みこんだことで、焼け死なずに済んだのは不幸中の幸いだ。

「ドーディエルどのが機転を利かし、問題を先送りにしたというわけかの」

 リンレライに同意を求められたリヒャエルは、目を逸らしてため息をつく。


「陛下は魔力操作が不得手だ。発動したものの、ここからどうしようとかそんなだろう」

 基礎魔法だけでもと口を酸っぱくしても、のらりくらりと逃げられた腹立たしい過去が甦る。

「その通りよ。王さまには模写する能力が何ひとつとして無かったもの」

 何ひとつとしてよと繰り返すルネに、リヒャエルはまだ話が途中だったことを思い出した。

「カカシ。アヴォの契約は破棄だ、この大喰らいは私が養う」

 アヴォはその銀の鋭い視線からルネを隠す。

「絆の糸がなんであれ私は解消を望んだ。しかし離脱は許されず、これを成さねば安眠はない」

「死後の使役が安眠とは片腹痛い」


「そのことだけど、あなた達に限っては紋章の放棄は絶対でないとわかったの。リヒャエルの魔力は格上で、紋章を通じて霊獣の魔力を喰う必要がないからね」

 『魔力を喰う』その言葉はリンレライを除く全員に首を捻らせ、賢き象はおかしいと言った。

「主は霊獣に力を与えるものだ。そうだろう祀りの御方」

 リンレライは眉を寄せ、ふうと息を吐くとルネを見る。

「それは知る必要があることかの」

「隠す理由がないこと。太古に交わした共存の契約により、祀りの御方は祀り巫女を喰らって霊獣を守護する。あなたが祀り巫女を食べ終えたのは、正しい形で責めではないのだから」


「黒曜石と記憶を共有したことで知ったのだな」

「ええ。もともと魔法は人のものでなく、霊獣を絆の糸で縛って魔力を搾取し行使する。だけどそれでは不平等だから、一番の魔法使いを祀り巫女という贄にする」

 血統操作で超越した魔法使いを創らぬ措置で、子を成さぬよう魔族と交じって人で無いものに創り変えるのだ。

「魔族であっても祀りの御方が神族なのは、祀り巫女を喰らって守護神となるからよ。正しくは『祀り巫女の命を喰らう御方』」

 これを以て人と霊獣の天秤は釣合いが取れたのだ。


 その天秤が傾いているのかと、察しの良いリヒャエルは眉間に皺を寄せる。

「祀り巫女の空位が長くなるほど、人と霊獣の契約は不平等で脆くなる、か」

「うん。魔法使いが減ったのはそのせいよ。祀り巫女が払うべき対価を、霊獣は少しずつ人から搾取し始めてる」

「紋章の縛りがそれを調整していると、その見解でよいのだな、祀りの御方」

「秘匿じゃ」

 それは肯定に他ならない。


「アヴォはそれに気付いてあなたから離れたの。そうすれば搾取の対象にしなくていい」

 しかし思いやりも労わりも無用のリヒャエルは、尊大不遜に口端を弛めた。

「では秘書官として雇用してやる。しかし給金の搾取は許さぬぞ、きりきりと働け」

「聞いただろう。私は過労死の危険から逃れるために離れたのだよ」

「定時出退勤が寝ぼけるな!」


 この主従関係は難解複雑、こんぐらがりじゃと笑うリンレライに、ロシュフォールは口を一文字に引き結んだ。

「ロシュには祀りの御方の資質があるから気付いておるな。儂はすでに祓いの力を失い、祀りの御方を名乗るに相応しくない。ここ数年は音の魔力でごまかしておるが、神力を知る者が他におらぬからうまくいった」

 スッキリしたというリンレライに、まだ尽きてはいないでしょうとルネは言う。

「イーちゃん人形の譲渡が適ったのは、井戸に遺したイツキさんの力があったからよ」

「それには手を付けぬと決めておる。儂の懺悔じゃ、勘弁しておくれ」

 風鈴がチリンと切なく鳴り響いた。


「イツキが息を引き取ると同時に契約の真実が明かされた。祀り巫女は祀りの御方の贄で、イツキの命を儂は食べていた。悪いことに祀り巫女は最初から真実を知っておる」

 何も知らず婚姻をして幸せにすると飽きるほど繰り返した。食べられると知りながらイツキは微笑み、生涯の宝じゃと幸せにしてくれたのに。

「祠に命を返すと縋ったが奇跡は起こらない。・・イツキは魔力をたっぷりと遺したが、儂には相応しくない。せめて最期に好きなだけプリンを食べる力にしてほしい」


 なぜプリン。

 リヒャエルの疑念はもっともで、ますますイカレた祀りの御方だと確信を強める。

「明日は大きいプリンを作るわ。キャラメルソースをいつもの三倍」

「儂にはもっと大きいのを作っておくれ。イツキが拗ねると可愛いからの。それとリヒャエル、祓いの力が無いだけで魔族の儂は強いぞ。この気に乗じて仕掛けたところで無駄じゃ」

 因縁に決着をつけるまたとないチャンスと、目を輝かせたリヒャエルはチッと舌を打つ。


「昔語りはもういい。それが事実なら黒曜石の行動は不可解。その理屈を通せば人の滅亡は霊獣にとっても死活問題になるはず」

「始祖の魔法使いは霊獣を下すほど強かったの。だから黒曜石は霊獣を忘却の奈落に沈めて、千年後の甦りとしたのよ。ところがその千年で魔力は弱まり、魔法使いの数が激変したとは誤算だったでしょう」

 人から搾取できる魔力は微々たるもので、忘却の奈落から蘇った霊獣まで賄うのは不可能だ。


「だから黒曜石は、・・こうとか、えーと、ああとかしてね。それでぐーんとくっつくの」

 手振り身振りを交えて説明を試みたルネを、リヒャエルは一顧だにせず、

「解析せよ」

 呪文を唱えてアヴォに頭突きで倒された。

「人のフリをしたカカシだぞ!解析魔法が必須だ」

「鬼神。おや左頬が捲れているぞ」

 反射的に左頬に触れたリヒャエルは、悔しそうに歯を鳴らし火花がバチバチと散る。


「ああそういうことか」

 突然テコナはポンと手を打つと、破れた蝶の羽でふるると羽ばたく。

「精霊王と私が融合しているのと同じだね。私は戦火で殆ど死んだ後、精霊王は己と融合させて命を留めた」

「右側だったかの」

「腕は全部で胸と背中は半分だね。精霊王の墓を暴けば、融合した分は欠けているはずだよ」

「イツキであるまいし、墓など荒らすものか」

 ぼそっと呟くリンレライに、やっぱり墓荒しの前科があったとロシュフォールは寒気を覚える。


「理に近い精霊王ならともかく、人にそれが成せるとは思えないが」

「あの時のアヴォは怒りで取り付く島も無かったが、精霊王は命を以て償うつもりでいたんだ」

 戦火はテコナから視界を奪い、皮膚は爛れ、呼吸が心臓を握り潰す苦痛だった。なんど回復を試みても、魔力の根元の蝶の羽がもがれ正気は失われていった。

 次の記憶は暗闇で、目の前には右側の半分よりは少ない体を失って横たわる精霊王がいる。

 食べてしまったと思ったが取り乱すことはなかった。彼女は主である精霊王に興味がなかったのだ。


「全部はだめって理性が止めた。私は消えて精霊王になりかけていたんだよ」

 浮かんだ玉は記憶を投影したもので、精霊王の再生に伴ってテコナが泡になって溶けていく。

「私が私で無くなるなどお断りだ。精霊王の残り半身に術をかけて、それ以上侵食されぬよう縛りながらも、腹が立って仕方なかったな」

 精霊王にとっては償いだろうが、これはテコナそのものを否定する行為だとリンレライも渋い表情だ。


「主を喰らう罪を犯したテコナは魔物に堕ちる。イツキは同腹のアヴォの魔力で蝶の羽を拵え、間一髪で生まれ変わらせたのじゃ」

 生命の誕生は禁忌で、加担したアヴォはそれなりに報復を受けたがそれは別の話。

「しかし融合した右腕は私であって精霊王でもある。私の意思で伸ばした手は精霊王の意思。融合とは支配でなく成り代わりをいうのだろう」


 『成り代わり』は手段であって罪ではないとルネは言った。

「命を奪うのは大罪だけど、心を支配するのは人がよくすることだもの」

 体現からくる辛辣さに、リヒャエルは真摯な眼差しで問う。

「罪に相応の償いが生じるのは等価交換の理論と同じと思え。支配とは従属であって解放の選択肢が罪を相殺する。しかし『成り代わり』は魂の冒涜、侵略行為に他ならない」


 七人の始祖は莫大な魔力に怖気付いて生を手放した。しかし始祖返りの稀代の魔法使いには、苦悩や葛藤はない。

「私はこの世界を気に入っている。長く生きた分だけ世界は広いと知っているのだ」

 ルネは顔をあげると空を見あげて、ここでは見えないものがあるのねと光に手をかざした。



   ▽



 皇城の東は皇太子の住まう塔で、右は官が行き交う執務室、左は次代皇帝の私室という造りである。しかし帝王が伏せて次代は決まらず、二人の継承者で東西に分けたために公私の境界が曖昧だ。

 ユーリーは窓からずっと外を見ているシャングラに首を竦め、実はもう二時間もこうしているとカインが説明する。

「何て役立たずなんだ」


 リヒャエルが会談で城を留守にする間の護りを引き受けたユーリーだが、稀代の魔法使いが一分の隙も無い鉄壁な結界を構築しており、蚊も入っちゃ来ないのだ。

「ねえ、この護りは本当に黒曜石対策かな?陛下の寝込みを襲ったら雷が100本も降ってきたんだ。うちのリヒャエルは継承者の暗殺を企てているんじゃないだろうか」

 どうやら目の前の継承者は、帝王の暗殺を企てているようである。


 シャングラがうーと声を出し、窓から手を伸ばした。

「精霊がいたのか?」

「幻だよ。帝都異変の記録にあるように、精霊も悪しきものも黒曜石の脅威に隠れている」

 落ちるからと窓を閉めれば、シャングラはガラスを揺すってやかましい。

「鳥なんだから飛ぶだろう。ところで羽をもがれた君は夢を渡れるのかい?」


「父王が仕掛けを施す妨げになると夢渡りを禁止された」

「主従揃って役立たずなことだ」

 カインの左顔面には感覚がない。抉れた目は平行感覚を失わせ、これまでのように剣を振るうこともできなくなった。

「傷が塞がったから仮面をつけようと思うのだが」

 リヒャエルが護衛につけた従魔のまるとしかくをじっと見て、

「こんな感じで・・」

 と指差せば、ユーリーが両手でバッテンをつくる。


「デザインは専門に任せなよ。カインの好みは心臓に悪いんだ」

「リヒャエルが譲ってくれたのならここにあるぞ。アヴォが買ってきたものだとか」

 それなら平気だと安心も束の間で、ガサガサと安っぽい紙袋から取り出した品にユーリーはのけぞった。

「象!?」

 小さい頃、祭りの土産にアヴォから貰った象のお面。要らないと突き返したらリヒャエルの土産になったと聞いたが、あの時のお祭りお面ではないか。


「ほら象だぞ。インドラだと思って甘えるか」

「・・あと5秒で執務室ごと破壊するよ。それは仮面じゃなくてお面だろう!」

「軽量なのは良いが皇家の装飾には重厚感が足りない。そこでインドラに似せて、額と鼻に宝石と金糸を施そうと思う。なんだ、シャングラ?ああこれが欲しいのだな」

 シャングラに象のお面を渡すのを見て、ユーリーは身を乗り出した。


「手荒く扱うんじゃないっ、象の神様が怒ってインドラを隠したらどうしてくれる!」

 要らないと突き返しておいて、とんだ言いがかりである。

「象神はインドラだろう」

「私のお世話で忙しく、そっちは代理がやっている。そのお面を被ったらただじゃすまさないよ」

「ではユーリーに手配を頼もう」

「ああ。二度と外せない呪いの仮面を贈ってあげる」

「それは珍しい。よく私の好みが分かっているな」

 珍奇、珍事、珍妙、ちんぷんかんぷん。どれもカインのコレクションで、ユーリーは悔しそうに金切り声をあげた。

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