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ルネと地竜  作者: かものは
40/58

40 主を得た地竜

 朔の晩はとてもとても静かな晩だから、ルネは記憶をゆっくりと辿っていく。

 ずっと昔、キラキラを掴もうとして手に気付き、伸びをすれば暗闇から抜け出した。

 四日歩けば川があって水を飲み、葉っぱに隠れて眠っていたら、

『ミノムシの子、出ておいで』

 おばあちゃんに手招きされて私が人だと知ったのだ。



  ▽



「そう話したらロシュが泣いちゃった」

 目が覚めたらロシュフォールがいないから寂しくて、ルネはリンレライの袖をぎゅっと握っている。

「ロシュは強くて優しいから大好き」

「霊獣の本質は単純よ。腹が減った主に己の肉を差し出すのが我らじゃ」

 するとルネが目をぱちくりさせるから、リンレライは慌てて訂正した。


「例えであって霊獣は喰えぬから、代わりにぱあっーと派手に暴れるのじゃ」

 なんとも傍迷惑なことで、シャングラやインドラがまさにそれである。

「主が好きすぎて、頭のネジが弛んでおる」

「リンレライ、君の基準を常識にしないでおくれ。ルネが信じてしまうじゃないか」

 施術の支度をしていたテコナは困ったように笑った。


「ロシュが暴走したのは頭のネジじゃなくて、ルネが可愛いからだよ」

「暴走じゃなくて魔力が減ったせい。ルネ印の回復薬があれば元通り」

 毒の溜まりを作って叱られていたのを、夢うつつで覚えているから言い訳する。

「ルネは元気になったら何をするんだい?」

「依り代の修復が最初かな。イーちゃん人形は欠陥だらけ」


 あんなズタボロを等価交換にしてごめんなさいと謝ったが、すでにリンレライは白眼を剥いていた。

「安心して、修復保証付きだから」

「リンレライ、プレッシャーをかけたら追い出すからね」

「それからね、夢渡りの王子さまをアヴォと一緒に救出中なの」

「アヴォを認識できるとは嬉しいな」

 テコナの隣で、アヴォがクスクスと笑うのが聞こえてくる。

「家と仕事も探さないとね。ロシュは魚が好きだから海の近くがいいわ」

 それには口をつぐんだ。正しき霊獣が添えばロシュフォールに会うことはないだろう。


 重苦しさを取っ払うように朔の始まりが告げられ、テコナは鱗粉に本物だけが輝くようにと言霊を紡ぎ、ルネの痣から本物だけを光らせる。

「大きい紋章だ。きっと大型の霊獣が添うだろう」

 地竜が頭に浮かび、奇跡があるならと願った。


「痛みは霊獣に伝わるの?ロシュはいっぱい怪我をしているから心配よ」

 それは確信のようでもあって、堪らずリンレライは口火を切る。

「ルネは12歳じゃと申したな」

「おばあちゃんが私を拾った時を5歳にしたから12歳。人の体ならそれくらいだけど本当は15歳よ」


「15年前の凶事!」

 立ち上がったリンレライの袖をテコナはぐいっと引く。

「ロシュに残酷な期待をもたせないでおくれ!」

「むろん。苦しんだ月日を誰より知っておる儂が迂闊な事を言えようか」

 それからぐっとこぶしを握りルネに頭を下げた。


「ルネに霊獣が無いのは里の怠惰。刻が戻ればと願うがこれは叶わぬ」

「それは望まない。私が生きた殆どは楽しく穏やかで、」

 それからアヴォをくすぐって笑った。

「ときどきトンデモなく賑やかなのがやって来た」

 霞からバツが悪そうな渋り声がして、

『リヒャエルはネチッこいから』

 テコナはプッと吹き出し、リンレライはよく知っておると頷く。


「二度とコワッパとは関わらせぬ。儂の祝福を受けてくれるかのう」

 ふんわりと七色が宙に浮かんで橋をかけていく。

「すてき!山の洞窟は虹が始まる場所で、あれは幸せへ行く橋なんだってロシュが教えてくれた」

 これは秘密だったのだけどと真剣な表情でルネは言う。

「ロシュは虹を渡ってきたの。壊れた私では弧を描く虹は創れないけれど、虹の端っこにいた私を見つけてくれたのよ」



  ▽



 ロシュフォールは灯のない部屋で旅立ちの支度をしていた。

「偽物のわりによくやった」

 軽口で口笛を吹いたのは気を散らすためで、早くここから去って遠くに行かねばならない。


 荷づくりをしていると外でドンッと音がして、イテテとリンレライの声がする。

「転んだんですか、もう若くはないんだから・・」

「暗いせいじゃ!」

 シャンと立ち上がり真っ暗な部屋に魔法の光を灯す。


「こんな時間にどこに行く」

「遠くへ。リンレライ、俺の願いを叶えてくれて有り難うございます」

「結末を見ず行くか。ルネは腹が空いても足を棒にしてもロシュをさがすぞ」

 それなら尚のこととロシュフォールは自嘲した。

「ルネを奪う霊獣の咆哮を聞きたくないから逃げるんです」


「北か、北に何がある」

「北には大切が・・いや、北にはもうないのか・・?」

 手を伸ばしたのは北の方角なのに空っぽで何もない。あるのは北でなく、すぐ近くで・・

 途端に絡まった糸がスルスルとほどけていき、雷に打たれた閃きで鼓動が跳ね上がる。


 旅の途中でポツリポツリと語られたルネの記憶。

『私がドロドロだった頃、幾度も幾度も来るものがあった。それの残滓は金色で、やがて捩じって糸になってね、キレイだなって手を伸ばして歩きだしたの』

 金の残滓とは、極寒の北の大地で血のように垂らした絆の糸だ。

「・・俺だ、あの絶望の彷徨いは無駄ではなかったのだ」


「ルネの紋章が正しくなるぞ」

 リンレライがそっと背を押して、ロシュフォールはうなじの痣に手を触れた。

 ドォンと鼓動が跳ねる。興奮の躍動が心臓を貫いて痣に魔力が集まると、それを起点に岩盤を割るように、鋭い根っこが血肉を占拠しバキバキと音を立てる。

 両肩を繋ぐ真っ直ぐの赤い紋様が顕れ、その中心から筆を滑らすように腰に向かって滑らかな雫、さらに左右均等の蔓へ発展すると、脇腹を超えて胸まで染めて、蔓には蕾が綻ぶように鎖と歯車の精工な紋章が発現した。


「ルネ」

 名を呼んだのは竜の言葉。獣化の形態は変化を伴い、漆黒の鱗は銀を帯びて燻された鋼鉄に煌めき、巨大な翼の根元には四枚の真珠色の羽。

 鍵爪の一本だけ死神の鎌のように長くグツグツと毒が煮えたぎり、太い尾の先端に赤の目玉がギョロリと覗いたのは一瞬で、真珠色のヒレが蕾のように閉じて隠す。


 神々しさにリンレライは感極まって涙をこぼし、闇夜を照らす虹の橋をかけるとルネの元へと繋ぐ。

「王たる地竜の本質は魔族、刻を戻すもの」

 地竜は力強く飛翔する。北に誕生した主に歓喜した日と同じ慶びにウットリと酔いしれて、ルネへと駆ける時がきた。


 流れる景色は白い線で遮るものはなく、ほんの一瞬だけ黒のパラソルを視界の端に捉えたが、すぐに雲散霧消すると我が主の元に駆けつける。

「ロシュ、紋章がお揃いになった」

 小さい俺のルネは、精工な歯車のここが特に素敵だわと指差して笑う。


 ヘソのあたりがムズムズとして衝動が喉を裂いた。四肢が躍動する大地を押さえ込み、主を得た地竜は天地が割れんばかりの咆哮をあげたのだ。

「地竜の本質は刻を戻すもの。俺がルネの唯一だ」

 地竜はルネを胸に抱いて地を蹴ると天頂を目指す。世界を一望する頂きで、地竜がルネの鉄壁の護りであることを知らしめなければならない。

 我が主を脅かす者は王たる地竜の敵であり、古の魔族の力をもって制裁するのだと。


 精霊は満天の星より煌めく闇夜を見上げ、禍々しきものは息を潜めて動かない。

 世界に歓びが満ちる同じ大地で、黒いパラソルを閉じた黒曜石は笑っていた。

「刻を戻す力とは驚きでした。人は霊獣の生贄で、霊獣が人を使役する正しきまで後少し」

 朝が近づく山端がほんのりと色付いて、朔が終わりを告げる。

「予定とは少し違いましたけど、終わりは残酷なほど美しいのです」

 パラソルをくるくる回し、黒曜石は朝陽と共に姿を消した。



  ▽



 新月が明け、ユーリーははち切れそうな頭の痛みに呻きをあげた。

「インドラ、頭が倍になったみたいだ」

 地脈に溶けていたインドラに魔力を流せば、銀色を帯びた瞳で姿を見せる。これはリヒャエルの魔力で染まったからで、ユーリーの不機嫌はますますひどくなる。


「無事でよかった・・」

 汗ばんだ体を抱きしめて、緊張の糸が切れたように細い肩に顔を埋めている。まだ回復は完全でないのに、一晩中風の防壁を創ったのだから無理もなく、しかしその髪色が銀であるのが気に入らないから素っ気なくする。

「湯浴みをする。アヴォの香油をたっぷりと使うとしよう」

 しかしインドラに反応はなく、肩を揺らせば滑り落ちて地脈に消え、いくら名を呼んでも応えることはなかった。



  ▽



 リヒャエルが不機嫌なのは通常運転だが、ときどきとてつもなく上機嫌で両極端だ。

 現在は通常通りの不機嫌に不調を伴う不機嫌強で、これは己の霊獣以外に魔力を与えた反動だとわかっている。アヴォが喰らう魔力に比べれば僅かだが、道理を外れれば制裁は当然で、やらねばならぬことは山積みだがこの億劫さはどうしようもない。


 表舞台から消えたドーディエルの肩代わりはすべてリヒャエルが背負っている。限界を叫んだところで、公に出来ぬ事情など知ったことかと問題は山積みだ。

 秘密の多い彼を補佐できるのはアヴォだけで、特に高官のあしらいについては抜群のセンスを羨ましくも思っていた。

「奴が死んだとは思えない」

 悔恨の念とか無念とかでなく、いうなれば疑わしいのだ。ふとした瞬間に気配を感じるのは慣れか気のせいかと疑念が晴れない。


『才能はなくとももう少し芸術を楽しんではどうだい、希代の我が主』

 竪琴の弦を弾いたアヴォは薔薇の芳しさに微笑んで、白い一輪をリヒャエルの服に飾ると、

『壊滅的に似合わない』

 実に残念だと大袈裟に天を仰いでみせるから、仕事をしろ役立たずと喧嘩になるのである。


 バァーンと扉が開いてそんな夢見心地が吹き飛んだ。

「私のインドラを返して!」

 寝間着で髪を振り乱した腹黒王子が、結界とドアを蹴り破って乗り込んできた。総じて悪魔ではあるが、本日は上級悪魔仕様で水色の髪をゆらゆらと蠢かせている。

「クラゲ?」

 こんなのが玉座にあっては過労死は免れないと頭を抱え、カインを夢の狭間に探しにいくほうがマシだなとため息をついたのだった。



  ▽



 インドラが疲労困憊なのは間違いないが気を失うほどでなく、地脈に引きずり込まれたというのが正しい。ずるずる引きずられて這い上がれば霊獣の里で、目の前ではテコナが上機嫌で盃をあげていた。

「これはどうしたことだ、里は外界を遮断していたはず。そうだ、ルネの行方を知らないか」

「なんと仕事熱心で面白味はないが君はツイている。王たる地竜が主を得たのだよ、主は錬金術師で地竜の正体が刻を戻す魔物とは驚きだ」

 テコナは一気に盃を煽って話し続ける。


「しかし問題も多い。次代の祀り巫女と祀りの御方はすでに無く、虎視眈々と禍が狙いを定めているのだよ。人の王は魔力を失って、二人の継承者は獄中と厄災に囚われている」

 カインが夢に捕まったことも、ユーリーが禍の黒曜石を抱えていることも、霊獣の里はお見通しで沈黙しているのかとインドラは不愉快になった。

「水を差したくはないが、少々楽観が過ぎやしないか」


 楽観ねえとテコナは微笑むと、インドラの首を指でなぞる。

「ねえインドラ、君は少々度を超したのだよ」

 インドラはハッとして身を引いたが、すでに首には戒めの鎖がかけられていた。

「私は帰らねばならない!」

「魔力を封じたから諦めなさい」

 テコナはもう一杯コココと酒を注いで煽り、破れた羽を翻して踊った。

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