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ルネと地竜  作者: かものは
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4 欠けた石

 霊獣の里は一年を通じて常春で、前触れもなく雨が降る。

 蝶や蜂は濡れた羽では飛べなくなるし、バジリスクのような変温生物は仮死に陥ることもあり、そこまで極端でないにしろ、体温を低下させ体力を消耗する雨を嫌う霊獣は多い。


 それでも雨を降らすのは人と暮らすための練習で、片手を占領する傘はお荷物だけど、くぐもった雨音はまるで貸し切りのシアターのようだし、握り柄を伝わる規則性のないリズムは瞑想するのに最適で、テコナは雨を気に入っている。


 今朝は霧に覆われた薄暗い夜明けで、祀りの御方は雨の気分のようだと傘を差していたのだが、いつまで経っても薄暗いだけで、祠を覗けばものけの殻、職務放棄による薄暗さだったかと傘を放り投げた。

「さて精霊、祀りの御方はどちらにお出ましか」

「祀りの御方は北にお出ましだよ。こんなふうに首を捻ってお出ましだよ」

 精霊がリンレライの真似をして首を捻れば、テコナはなるほどと祠の鏡を覗きこむ。この鏡は世界をくまなく覗けるが、そこに映らぬ不可思議に心を奪われたようだ。


「守護に白虎をつかわそう」

 探し物ならイトグモのような多眼生物が良いけれど、あれの見た目は人に不人気で連れ歩くには向いていない。虎であれば狩りにも積極的だし、水がへっちゃらなのが頼もしい。

「何より見た目がよいから、人にすんなり馴染むだろう」

 その判断は人に理解しがたいが、彼女の主は森の精霊王で、人と暮らしたことがないテコナにとって、白虎も白猫も、白毛のネコ科の認識でしかない。


 大気を練ってふたつの白虎を創り、金の兜と手綱を与えると北へ弓を放って後を追わせた。

「霊獣の里は護りを強めよう。精霊は四大の力を以て里の在処を隠すよう。大気は黒い霞を以て里の姿を隠すよう」

 応じた結界は四方から黒いたつまきをぐんと高く伸ばし、テコナはてっぺんを手繰り寄せてぎゅっと縛ると、結び目に鎖錠をかけ祠に下ろし、祀りの御方の留守を預かる護り手になった。



  ▽



 この大国は長き世界大戦に終止符を打った、帝王ドーディエル統治の魔法国家である。

 魔力を礎に建国したから魔法国家であって、国家間の相互理解と友好的な国交は指導者の責にあり、魔法が都合の良い奇跡を起こすものではない。

 魔法使いが国に重用されるのは軍事を含む技術の発展のためで、血統を重んじる貴族からの輩出が殆どではあるが、稀に市井からひょっこり誕生することもある。しかしながら系譜を辿れば先祖に魔法使いがいるもので、隔世遺伝か先祖返りか、ともかく魔力は遺伝によるものだ。


 国の君主ともなれば魔力継承は絶対で、最も魔力量の多い者、つまりは遺伝の可能性が高い者が帝位に就くが大綱の定めだ。ドーディエルが末弟でありながら玉座にあるのは大綱による決定で、本人の意思はそこにない。

「質より量の魔力だが、王と担ぐのであれば王らしくしてやろう」

 そんな不満でヤケッパチの初勅を以て、世界大戦を平定した名君でもある。


 ドーディエルには、二人の妃が同年に産んだ息子たちがいる。

 赤の髪と瞳が父親譲りのカインは、閉塞感のある部屋で淡々と執務を執っていた。この閉塞感は単に窓を閉めているからだが、外気がもうひとりの息子ユーリーの喘息を誘発するというのだから仕方ない。

 水色の髪と瞳のユーリーは透き通る白い肌に痩せた体と儚げな容貌で、病弱で執務を執ることは滅多になく、今もただ優雅に紅茶を飲んでいる。


「リヒャエルが消えたというのにカインは落ち着いているね。私に知らされない事情でもあるのだろうか」

「決裁は代決としたから慌てる必要がないだけだ」

 カインは手も止めず素っ気なく答えた。

 次代王の継承権をもつ二人だが、魔力の優劣を重んじる大綱に則ればユーリーに軍配があがる。しかし彼は病弱で政務に関わっておらず、王の代務を執り行うカインに官の信頼は厚い。

 そんなふうにこの二人を取り巻く関係性は、表面上は穏やかでも水面下では緊張状態にある。


 リヒャエルが城を離れたのは数日前のこと。執務室の窓に銀の小鳥が飛び込んで、リヒャエルはそれをむんずと掴むと魔法陣を描いて転移したという。

 リヒャエルの霊獣ア・バウア・クーのアヴォは額を押さえ、

「うちの魔王さまが、いつものことだがすまないね」

 溜息をついて執務官に謝ると、擬態を解いて地脈に溶けたというのが情報の全てで、ユーリーとも共有していることだ。


 銀の鳥はリヒャエルの探索用の従魔で、犬並みに鼻が利く鳥である。だったら犬でいいと思うのだが、探索するなら目のいいトンビが一番で、しかしトンビでは羽が邪魔だと小型化したところ、犬並みに鼻が利き、トンビ並みに目ざとくて、やたらプライドが高い銀の小鳥になったという。


 悪趣味だとアヴォは目を覆い、

「リヒャエルは生まれた時から一癖あったが、一段と悪化したのは大戦終結の総力戦だったよ」

 表情を曇らせながらも、『一段と悪化』と強調するあたり辛辣だ。

 リヒャエルは最高位の魔法使いで、魔力量は帝王に次ぎ、魔法行使は帝王を凌ぐ。

 ふたつ名は魔王様、雷神様、灰燼鬼とロクでもないものばかりで、銀糸の髪の魔法使いと戦場でまみえれば、天命尽きたと敵が戦意喪失するといわれている。

「つまり人の極限のとこ、限界のとこ。ほぼ魔王だね」

 そんな洗脳(?)を繰り返していたら、どんどん面白くなったとアヴォは楽しそうだ。


「リヒャエルならば心配は要らぬだろう」

「なぜ私が心配するんだい?心配するなら運悪く巻き込まれる民だろう」

 北で起こした雪崩と地滑りを知る由はないが、すでに手遅れである。


 霊獣アイラーヴァタのインドラが、戻る時間だとユーリーを抱き上げた。

 人の擬態は青味の白い髪に上等な金の額飾りで、ひゅるるとつむじ風を起こして瞬く間に消えたのは、彼が風を操る高位霊獣であるからだ。



  ▽



 ユーリーが退室すると、カインは窓を開けて深呼吸をした。

 『季節の境目に吹く風は、堂々巡りを吹き飛ばすんだ』

 父王ドーディエルの霊獣風竜エンリルは、幼い二人の息子を抱えて飛翔し、竜巻の滑り台に放り込んでは揉みくちゃにして笑ったものだ。

「竜巻に落とされたユーリーは、猫みたいに毛を逆立てて怒り狂ったものだった」

 自分は震える足で立っているのが精一杯だったが、儚い容貌のユーリーは地団駄を踏んで呪詛し、風竜が這う這うの体で逃げる執念、いや元気があったのに。


「それも遠い昔。歳ごとに命はすり減って、今じゃ骨と皮だな」

 窓から飛び込んだのはカインの霊獣不死の鳥シャングラで、火花を散らしながら人に擬態する。

「出入りはドアだけだ、シャングラ」

「ええっ、俺は鳥なんだぞ」

 シャングラはわざと火花を散らしたが、執務官は慣れたもので手早く書類を避難させた。


 シャングラの人の擬態は赤金の髪と瞳で、異国の服と大ぶりの装飾品を纏い甘い花の香水を愛用する。性質も見た目と同じく賑やか奔放な霊獣だが、主のカインを害そうものなら制裁は非道で、その相手がユーリーであっても同様だ。


「継承権に関わる発言は慎重でありなさい」

 カインが諫めたところで聞く耳持たず、王に相応しいから王だと鼻で笑った。

「ユーリーが玉座に就いたとて、実権を握るカインの傀儡とは憐れでしかない」

 馬鹿げた大綱さえなければ、我が主が最も王に相応しいのにと腹立たしい。

「困った奴だ。私の望みは国の安寧と発展で、玉座より采配権が必要だ」

 強く諫めれば、言い争いは勘弁と降参しながら囁いた。

「俺が願いを叶えてやる」

 カインはもういいと首を振り、休憩は終わりといわんばかりに執務に没頭するのだった。



  ▽



 皇太子の塔は東西で区切り、執務室がある東がカインのエリア、賓客をもてなす豪奢な造りの西がユーリーのエリアになっている。

 自室に戻ったユーリーは疲れたと横になり、インドラは慣れた様子で安眠香を焚くと寝息が規則正しくなるのを見守った。


 ユーリーの誕生に歓喜の咆哮をあげたアイラーヴァタのインドラだったが、その産声が細く切れ切れで不安に駆られたことを思い出す。しかし賢き象の本領発揮とばかりに世の医学書と子育て論を熟読し、主治医も乳母も舌を巻く勤勉さで献身的に尽くして今日に至るのだ。

 30分が経つと薬の時間だと声をかけ、寝ぼけながらもユーリーは渡された薬を手に取る。

「リヒャエルの調合薬は今日も毒々しい色をしているね」

 何を抽出すればこうなるのか、自然界では有り得ない灰紫は毒々しいというより、一滴で村ひとつ沈めそうに毒っぽいのである。


「リヒャエルの調合薬だと一目瞭然で見紛うものではない」

 確かにそうだけどと鼻を摘まみ、ユーリーが命名した『世にも奇妙な調合薬』をぐいっと流し込んだ。

 ちなみにこの失礼なネーミングをリヒャエルは大層気に入っているそうで、彼のツボの在処はよくわからない。


「んっっべっ。ほら飲んだ、凄いだろう」

 急いで角砂糖を口に入れたユーリーを褒めながら、インドラは主が名実ともに玉座に就く方法を考える。何故ならカインの政治手腕は賢き象の認めるところで、ユーリーが玉座にあっても傀儡の王と侮りかねない。


「ユーリーの憂いの全ては私が排除せねばならぬ」

 賢き象アイラーヴァタもまた、主のためならば道に悖るとも厭わぬ霊獣であるのだ。

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