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ルネと地竜  作者: かものは
21/58

21 スミレのお願い

 急所を狙ったロシュフォールの大剣が暴風の盾を切り刻み、アイラーヴァタはすぐさま体勢を整えると地を躙って拮抗状態になる。


「ロシュフォール、我が主の領地に干渉を許さぬ」

「俺のルネを喰った」

 インドラに答える声が正気でないことにルネは青くなり、あたふたと木の棒で地面に魔法陣を描いた。

「ルネ、危ないからこっちへおいで」

 ユーリーがルネの手を引けば、ロシュフォールはグルルと喉を鳴らして鋼色の巨体に獣化する。


「あれは地竜か」

 ユーリーが攻撃の構えをみせ、ルネは慌ててその前に立ち塞がる。

「私を守ろうとしているだけ。話せばわかるから」

 それから地竜を挟みこむ二枚の魔法陣を発動させたが、何といっても大型霊獣で、右が嵌まれば左がズレて、左が嵌まれば右がズレると思うようにいかない。

 ユーリーはじれったいねと肩を竦め、

「挟めばいいのだね。手伝ってあげる」

 指をくいっと曲げれば崩れたレンガや散乱した木屑があれよあれよと合体し、四方から地竜をグイグイ追い詰めて、ぜんぜん止まらず押し潰そうとした。


「うわっ、もうじゅうぶん!」

 慌てたルネにユーリーはゾッとする冷笑を浮かべる。

「私のものに手を出したのだ。竜だろうが人だろうが相応の報いを受けてもらう」

 報いとは理に反する罰のことで、人を助けるのは正しいが、人でない私を助けたからロシュフォールは理に反してしまったのだろうか。

「私に嵌められた枷をロシュが肩代わりする必要はない」

 ルネの発動した魔法陣の中心がグゥンと沈めば、地竜を囲んだ壁はボソボソと滅して、ユーリーとインドラは得体のしれない何かにゾワッと身を縮めたのだった。



  ▽



 それより少し前、霊獣の里から、きらきらのほうき星が帝都に向かって弧を描いた。

 ほうき星の正体はリンレライで、霊獣や精霊よりもっと古くて深淵にあるもの、すなわちそこらじゅうにあるものと語らう悠然とした時間。

 概念の存在は知識も恩恵も、何ももたらさないから実に気楽で気ままである。


 ところが目指す帝都まで後少しのところでビィンと不快な音が脳をかき混ぜて、耳はキンキン胸はムカムカ、目玉はグルングルンの歪みに襲われ、少なく見積もって一キロ落下。

「不快!」

 昼間の月はうっすらと、しかしぐにゃりと形を歪めている。

「見苦しい。月は我妻イツキの次に美しいのに、あれでは換毛期の柴犬じゃ」

 眉を顰めて歪みを捩じってみたが手応えはなく、しかし蜘蛛の糸がへばりつくような気持ち悪さが残って服でゴシゴシと擦った。


「里の守りに入るとしよう」

 するとそれを阻止せんと歪みがぱっくりと口を開き、リンレライの守護である鈴がけたたましく鳴り響く。

 歪みといえども祀りの御方を喰えるはずはないから罠に違いなく、目的が分からない以上は結界の発動のみに留めるほかない。


「なんとまあ、音が喰われてしもうた」

 月の歪みはそこらじゅうにある音を手当たり次第に喰らって広がる。

「ふむ。月が乗っ取られたか」

 獣化すれば音の脅威は弱まるだろう。しかし歪みの目的がリンレライの魔族の力を封印することならば敵もまた魔族で、里に穢れの侵入を許してしまいかねない。

「しかしここで堕ちてはイツキに叱られる」


 リンレライは音に愛される音の愛し仔で、音はリンレライにありったけの守護を与えるが、彼が音を攻撃に転ずることは滅多にない。

 それというのも獣化すれば祀り巫女と同等の力があるし、そもそも気紛れな音の魔族が祀りの御方として節度を保つこと自体が驚きで、そこは愛する妻イツキの矯正教育の賜物なのだ。


 イツキに叱られると焦るリンレライは、四方八方から音をかき集めゴロンゴロンとかき混ぜると激流に仕立てて月へ叩き込む。

 グォグォ、ザアァ、パチッパチ、ズドドド・・・

 音は愛し仔の滅多にない求めに狂喜乱舞の有り様で、こうなるとリンレライにも手は付けられず、なるようになれと見ているうちに歪んだ月から仮面が剥がれて正体が透けた。


「一枚噛んでおるのがこやつとは。うむむ、里に戻る余裕はないの。イツキ、儂を護れよ」

 すうっと深呼吸をすると両耳をしっかりと塞ぎ、大嫌いな『叫び』を叩き込む。

 イツキの次に美しい月にはヒビが入り、正しくは月に憑いた歪みに入ったヒビが、叫びの狂気にのたうち回ってキーンキーンと剥がれ落ち、月は元通りの美しさ、しかし憑きものはリンレライもろとも飛び散った。



  ▽



 ロシュフォールが正気を取り戻すと、ルネが心配そうに顔を覗き込んでいた。

「ルネは俺が人ではないと知っていたんだな」

「うん。雪山で会った時、人と獣の姿が重なってた」

 腕と首の鱗、長い爪、そして糸のような金の瞳だとルネは言う。

「擬態は苦手なんだ。ずっと恐ろしかっただろう」

「怖くはなかったよ。私と同じなら恐ろしいけれど、とてもきれいな生き物だって羨ましかった」

 言葉にするならそんなふうで、我ながら上手に伝えられたことに満足する。


「さっぱりわからないね」

 ところがユーリーは首を捻り、インドラは獣化のままロシュフォールを警戒し続ける。

「主のない地竜がルネに取り憑いたか。この子を餌などにさせぬ」

「そうはならない。ルネは俺を殺せるんだ」

 ロシュフォールに同意を求められルネは目を逸らす。竜をぶっ飛ばす飴玉は嘘っこで、実のところは、竜を100倍元気にする飴玉なのだ。


 もじもじするルネをくすっと笑ったユーリーは、座り込んだロシュフォールの前に立った。

「ねえ地竜。ルネは私のお医者だから損ねたりはしない。むしろ竜との縁など切って欲しいものだが、まあこの子が不問を望むなら尊重しよう」

 グググと唸ったアイラーヴァタの鼻を撫でて宥め、被害は最小限と見回したが、散乱したものの殆どはアイラーヴァタとユーリーの所為である。

「俺がルネに執着するのは縄張りを護ろうとする獣の本能だ。竜ほど所有力の強いものはなく、引き剥がされるくらいなら壊してしまおうとするだろう」


 ところが渦中のルネはそんな物騒な話をちっとも聞いてはおらず、しきりに地べたを見回している。

「お尻がモゾモゾする。モグラさんかミミズさんがいるのかな」

『オネガイ』

 か細い声がお尻から聞こえて、慌ててどけばスミレがフルフルと震えていた。

「なんとスミレさん。ごめんなさい、痛かったのね」

『イツキ ト ヨンデ』

 切れ切れの声がオネガイと繰り返す。


「イツキ、さん?」

 ルネがそう呼べばロシュフォールとインドラは体を強張らせ、互いを押し退けるようにして我先にスミレに平伏したのだった。



  ▽



 ゴーン。鐘が夕焼けに響く長閑な畦道で、リンレライは蛙の腹をプウと膨らませるとゲコッと鳴いた。

「おもしろいのう。イツキもやってみぃ」

「とぼけ。なぜ妾がゲコゲコ鳴かねばならぬ」

 これは我妻のイツキ。夕焼けも急いで山端に隠れるほどに美しい祀り巫女である。


「のうイツキ。ひとりぼっちは寂しいぞ」

 またひとつゴーン。つるべ落としの空が紺色に染まって涙がじわぁと滲み出る。

「そうかそうか。ならば妾が賑やかにしてたもう」

 我妻イツキは着物の袂を優雅に押さえ、空から伸ばした釣鐘の鈴尾を握ると、これでもかといわんばかりに大きく振りかぶる。


『ガラーンゴローン、ガンゴンガンゴンガラガラゴォォーン!』


「やかましいっ、ばかイツキっ!」

「ふん!さっさと起きぬかっ、怠け者っ」

 愛しきイツキはこういう女である。



  ▽



 リンレライが夫婦喧嘩の夢から醒めるとルネがいた。

「贄の子供、そなたの望みを叶えようぞ」

 目はぱっちりと開いているのに子供は何も言わず、だから先に用件を伝える。

「それじゃまだ眠っていて。この飴玉をあげるね」


 それは鞠のような可愛い飴玉で、口にコロンと転がして、舌でコロコロするうちにイツキの力がじんわりと沁みていく。

「ムム、儂のお供え物を味変しおったな。ムゥ、しかし旨い」

 リンレライは眉間に皺を寄せながらも、おいしいおいしいとコロコロ転がしグウと眠った。


「呼吸も脈も安定。高いとこから落ちて気絶したようだけど、擦傷も打撲も消えちゃった」

 植木鉢のスミレを突っつけばインドラは息を飲み、ユーリーはうーんと伸びをする。

「野の花なのだから土に返しておあげ」

「ならぬっ、祀り巫女の依り代となったのだ」

「野の花を崇めていてはおちおち散歩も出来やしない。だいたいなんでスミレが依り代で・・ああ、里の秘匿なら答えなくていい」

 祀り巫女は秘匿される。しかしふたつの高位霊獣が口を閉じたのは分からないからだ。


 スミレはルネに『イツキ』と呼んでと言った。ただそうしただけなのに、ロシュフォールとインドラはスミレを祀り巫女だといって頭を垂れ、するとスミレはヨイショーっと威勢よく土から根っこを抜いて走り出したのだ。ふたつの霊獣はスミレを追って、その後ろをユーリーと手を繋いで付いて行ったら竹藪で、気絶したリンレライの顔をベシベシとスミレの根っこが蹴っ飛ばしていたという次第である。


「根っこがもつれて落ち込んだ姿は、ちょっと可愛かったよね」

 どうも根の本数が多すぎたようで、試行錯誤の末に二又に分けギッチリと捻りあげ、足を手に入れたスミレはユーリーを笑わせた。


 霊獣の里長は一国の長でもあって国賓として皇宮に滞在するのが通例だが、この状態で天敵、いや好敵手のリヒャエルに見つかれば、これ幸いと非道を尽くしかねない。

「リヒャエルをどう思うかはそれぞれの判断基準によるが、」

 インドラは一応敬意を示し、しかしこの二人の相性は最悪だと目を泳がせる。

「事を荒立てて、リヒャエルにルネの居場所が気取られるのは避けたい」

 ロシュフォールの言葉に、ユーリーはふうんと考え込んだ。

「事情があるようだね、さてどうしよう」

 リヒャエル絡みで安易な約束をすべきでなく、空がある限り地が続く限り、目をかいくぐるのは至難の業だ。


「万が一にもまみえれば、地竜は制御を失い帝都を毒の沼地に沈めるぞ」

 ロシュフォールの言いようは脅しでもあり、刃を構えたインドラをユーリーは諫める。

「ではこうしよう。ルネは等価交換に基づいた四大の薬を提供する。そのために私は地竜を監視して、危険と判断次第に捕縛することで道理を通すとしよう。それと里長は地竜の私的な客人で、特別に求めぬ限りは私は何にも見ていない」


 これでいいねともう一度おさらいをすると、キラキラと瞳を輝かせた。

「ねえインドラ。外とは刺激的なものだね。ユーリー王子の大冒険は早くも二巻に突入となった」

「勘弁してくれ。毎回こうでは身が持たぬ」

 インドラは両手で顔を覆い、長い長い一日にハアとため息をついたのだ。

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