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ルネと地竜  作者: かものは
13/58

13 帝都の暮らし

 帝都を訪れた人が最初に驚くのは競技場がすっぽりと入る商会の建物で、端から端まで馬車一駅分の豪奢な五階建てである。一階部分は柱だけの高床式構造で、店舗や事務所があるのは二階以上と、都会ならではの建築様式だ。


 ルネとロシュフォールを乗せた定期馬車もこの一画で停車したが、ずらりと並んだ奥のカウンターには早朝だと言うのに人の列が出来ている。観光案内、宿泊施設の斡旋、切符販売の案内板が天井から吊り下げられて、太い柱には「↑北側出口」「→上り階段」と案内の矢印が表示されていた。


「地図は天井にある。先に二階で登録を済ませるのが良さそうだ」

 見上げれば建物の見取り図で、一階は黄色、二階は空きありの青で表示されており、混雑すると赤色になって人の分散と混雑の緩和に効果があるそうだ。

 ルネは人より頭ひとつ大きいロシュフォールに抱き上げられてはいるが、どこを向いても人ばかりで、人生初の人酔いを経験中である。


「ここは役所なの?」

「商会だ。人の管理は役所、物の管理は商会の役目だな。国の施策なんかの補助事業もやってるから、行政の一端といえばそうだろう」

 その一環として商業管理があり、商売をするなら商会への登録が必須だという。

 地図の表示が青いうちに二階中央の商業区画課で登録料と利用料を払い、ブース販売許可証の手続きをした。


 店舗を構える場合との違いは、販売する商品の届け出が出店の都度に必要な点で、ブースに直行できないのは面倒でも、品物を顧客向けの掲示板で宣伝してもらえるし、事前に登録さえしておけば、仲介料を支払うことで日時指定の注文を受けることもできるという。


 ルネが許可証の交付を待つ間に、ロシュフォールは同じ階の別棟にある職業斡旋所で船の荷役の仕事を請け負ってきた。

 カプラ港ほどではないが帝都にも港湾があり、世界中の食材や服飾雑貨を載せた船が毎日入港するそうで、ロシュフォールが請け負ったのは『特殊』な荷下ろし作業だという。

 特別でなく特殊とは不穏と問い詰めれば、不可解だったり不可思議だったりするナンダカンダの代物・・ともかく普通でないものを扱うのだと飄飄としたものだ。


 魔法研究機関がある帝都には、素材の薬草や鉱石と一緒に特殊な積み荷がやって来る。そういう厄介なものを扱う荷役は、危険手当がついても請け負う人が少ないもので、当然ルネは眉をしかめて反対し、ロシュフォールはタジタジだ。

 高位霊獣の自分が人の呪いで身を損ねることはないとも言えず、慣れていると繰り返せばルネは不機嫌になった。護る側の自分が心配されることには困惑したが、悪い気はしないとニヤけたのを見咎められてこっぴどく叱られる。


 建物の三階は魔石の換金所と銀行だ。階段を上って正面のフロアはガラス貼り、ずっと向こうには茂った森と黒っぽい塔らしきものが見える。

「あれが皇城、リヒャエルがいる場所だ」

 ロシュフォールは硬い表情で、十分に気を付けるんだと念を押す。

「お城はずいぶんと寂しい場所にあるのね」

「戦後の都市計画に沿って街のほうが移動した」


 壁に飾られた古い町並みの絵画には、鬱蒼とした森の辺りに大きな建物が描かれている。

「皇城を敵陣に包囲された帝王は、森を犠牲にして一網打尽に殲滅したという」

 勝利を讃えるプレートの説明には覇王ドーディエルへの賛辞が連なるが、それを支えたのがリヒャエルで、森を空間ごとを歪ませて、行けるけれど戻れぬ狭間にすべてを堕としたと知らぬ者はない。


 ロシュフォールは不愉快そうに目をすがめ、傷んだ森に頭を垂れたのだ。



  ▽



 ルネが暮らすのは林道の奥にある家で、公園を横切れば市場は徒歩圏内と利便が良い。

 以前は染物工房で屋根付きの干場は薬草の乾燥にちょうど良いし、林が日差しを和らげ小川のせせらぎが心地よい静かな環境だ。


 所有欲の強い地竜はルネを隠しておける砦が手に入ったことに概ね満足で、夜ご飯を食べながら港での出来事を話している。

「積荷に魔導人形があったんだ。手に入れたかったが魔法機関に見つかっちまった」

 砂漠を経由してきた船に異国の子守用の魔導人形があったとかで、それは大きな金の瞳と真紅の唇、肌は真珠で磨いたような艶やかな人形だという。さらに漆黒の髪には狐の耳がぴょこん、そしてフサフサの尻尾もぴょこんだとか。


「耳と尻尾がある美少女人形・・ね」

 ただの人形じゃないぞと、ロシュフォールの説明に力が入った。

 標的をロックオンするとイカ耳と尻尾をペチペチ叩いて警告するそうで、しかしそんな可愛い威嚇に効果があるのか、むしろ一部の嗜好者が喜ぶんじゃないかとルネは浮かない顔だ。

「ここからが凄いんだ。警告を無視すると火だるまになって、迎撃、反撃、追撃を始める。しかも狐火だから10年燃え続けるぞ」

 石棺の中でまだプスプスと燻っていたのを見せてやりたかったと悔しがるが、それは子守人形でなく人型兵器で、魔法機関の素早い対応に感謝するルネである。


 あの人形は狐火を操る亡き祀り巫女の一族を模したものだった。本来ならば人目に触れることはない代物だが、祀り巫女が身罷ってずいぶん経った影響が摂理を削いでいるのではないかと、ロシュフォールは頭にもたげた不安を振り払う。


「そういや商会に呼ばれたんだろう?」

「うん、品数を調整するよう言われたの」

 ルネ印の調合薬はよく効くが、日常的な収益になるクリームや石鹸は効能重視ばかりでは飽きられる。アドバイスされたように香料を加えた試作品をつくってはみたが、さすがはルネ印の調合薬、香りも色も無用とばかりに消してしまうのだ。

 素材の一部を香草に置き換えてもみたが強弱が崩れて濁り、こうなれば素材として香料から創るしかないと、樹木と苔から二種類の香料を完成させた。


 これを使った手荒れクリームは人気商品で、商会の特選品として土産物屋に並ぶ栄誉を得たが、商品価値を維持するために数を抑えるよう助言されたのである。

「ゆくゆく店を構えるなら、商会のやり方は勉強になるぞ」

 何より樹木も苔も地の性質のもので、ルネが地と相性が良いことを地竜はとても喜んでいる。



  ▽

 


 帝都の商業地は商会の管理下にあって碁盤の目に整地されている。道具通り、日用品通り、食料品通りと通りで区分けされ、ルネが店を出すのは日用品通りの健康ブロック、薬のブースだ。

「今日は火傷の薬が殆どで、骨の痛み止めと口内炎の薬がちょっとずつ」

 違法がないか確認するのも商会の仕事で、カウンターに並べた商品を手早く確認した係のお姉さんが、ペタンと許可スタンプを押して仕事開始となるのだ。


「鍛冶屋から火傷の薬を依頼されてるんだが、手持ちから引き取ってもいい?」

「うん。残りは来週までに鍛冶屋に届けるのよね?」

 商会ではフードを被らないようにしている。白黒の髪は気味悪がられるが、取引相手の顔が見えないことのほうがデメリットだと叱られたからで、そんなことよりきっちりと依頼をこなすことで信頼されるんだよと激励されて、ルネはこの街をどんどん好きになっていく。



  ▽



「うーん、いい天気だなあ」

 公園の芝生でぐーんと伸びをしたルネは、暖かな陽に手をかざした。

 残っているのは凡庸性のない骨の薬だけで、今日はのんびりしようと早々にブースを閉じたのである。

「ツギハギの体は魔力の回復が遅い」

 魔力を奪われ、濃度を一定に保てない体ではすぐにウトウトしてしまう。しかもロシュフォールに魔力を奪った自覚はなく、成長期は眠いものだと嘯けば、一体どこが成長したのかと真顔で聞くとは失礼だ。


 摂取される量は日に日に増えていくが、ルネの魔力はおばあちゃんも呆れるほど潤沢にある。だからこそ魔力探知されやすく、皮膚をツギハギにすることで魔力の流れを堰き止めているのだが、そうすると巡りが悪くなり再生が追い付かないのが難点だ。

 解決策は代わりの魔力を調達することだが、魔法使いはお城の周辺が居住区で、必要なものは商会が届けているから街で会うことは滅多に無いという。

 腕を磨いてお抱えの薬師になればきっと会えると応援されたが、モンショウと魔力を強奪する魂胆なので後ろめたい。


「道に迷った魔法使いとかいないかなあ」

 そう呟いた直後のこと。

「セイラ、いたわ」

「この子がそうなのね、リンダ」

 ルネの前に同じ顔と同じ声の双子が現れて、その周辺が歪んでいるのは双子が魔法使いである証だ。


「・・なんといた」

 願いはあっさり叶ったが、ルネには俊敏性とか迅速性が備わっておらず、魔法使いがいたと目を丸くしているだけである。

「惚れ薬を買うわ!」

「美人になる薬が先よ!」

 周囲の人々が興味津々で聞き耳を立てている。貴族の醜聞は庶民の娯楽だが、それは関わりがないからこそ面白いのであって、ルネは目立たぬように顔を伏せた。


 おばあちゃんが『バカにつける薬』と呼ぶのが惚れ薬などの幻惑剤で、これは合法でないから拒否もできる。しかし等価交換で得るものが魔力なら話は別だ。

 黙り込んだルネに双子は耳打ちをした。

「秘密を知ってるのよ。あなたの母親は美人になる薬で顔を作り替えて、」

「ビールに惚れ薬を垂らして、かっこいい男を腑抜けにしたんでしょう」

 それからルネの顔を覗き込み、あなたは母親似なのねと息の合った溜息をつく。


 聞き耳を立てた人達はパッと目を逸らし、ルネはムムムと頬を膨らませた。今日はロシュフォールに褒められたお気に入りの服なのに、こうなったら魔力をカラッキシにしてしまおう。

「魅了の薬が要るのね?服用後は欲望に忠実で怠惰な生活、労働意欲を失うけどそれでいい?」

「構わないわ、彼はお金持ちだもの」

「急ぐのよ。誰かに話したら霊獣に引き裂かれると思いなさい」

 踵を返した双子の後ろを白いのと黒いのがついていく。白いのは毛むくじゃらの小型犬ほどで、黒いのはシュッとした中型犬くらい。あれが彼女たちの霊獣だろう。


『稼ぎのない男に惚れられちゃ迷惑だ』

「・・などと言いながら、おばあちゃんは楽しそうだったのよね」

 人の心を操れば因果応報の報いを受けるんだと、それはそれは幻惑剤の顛末を楽しみにしていたものだ。


「手持ちの材料で創れるかしら。火の中和剤、妖魔の翅・・あ、キノコ」

 手荒れクリームに香料を加える実験で幻覚キノコを手に入れた。幻覚作用はあるけれど、悦に入るだけで人に迷惑をかけない凡庸性の高さを気に入っている。

「余っているから入れちゃうか」

 ヒヒヒと笑うのは、私怨を追加したからである。


 まるで在りし日のおばあちゃんのように腹を抱えて笑っていると、ボトッと靴が落ちてきて、ルネはフードを上げて空を見上げた。

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