12 予見
春祭りの最終日、二人は帝都行きの馬車に乗った。帝都はリヒャエルのお膝元だからロシュフォールが心配するのはもっともだが、
「木を隠すなら森の中。おばあちゃんは希少な薬を失敗作と抱き合わせて売ったものよ」
ルネの説得は説得力に欠けてはいるが、探知魔法を避ける策としてなら一理ある。この魔法は魔力に反応する投網のようなものだから、魔法使いが多い帝都では個人を特定し難いはずで、木を隠すなら森の中とはそういうふうに使うものである。
「魔法薬の販路は、帝都の商会がどこより信頼できる」
一般的な薬はマナを凝縮し、生来の治癒力を高めて正常に戻るのを介助するものだ。それに対して魔法薬は、治癒力に左右されない鎮静効果があり違いは誰の目にも明らかだ。
過ぎた力は災いも呼ぶもので、ロシュフォールはこれが決め手になって帝都行きに賛同したのである。
帝都まで行程半分のところで馬車が停止したのは、先を行く荷馬車が魔物の襲撃で横転し道を塞いでいたためだ。しかし旅慣れた人はさほど驚くこともなく、声を掛け合い荷馬車を脇へ避けて遺体を弔う。
運が悪かったで済む程度に命は軽く、可哀そうにと花を手向ける程度に命は尊いのが国の現状で、戦場になった地には大気の綻びが生じ、裏側にある巣窟から這い出す魔物が人を襲うのだという。
「ルネ、おいで」
遺体を埋葬し終えたロシュフォールはルネを抱き上げ、錆びた剣を墓標にすると頭を垂れた。
魔物は動くものを攻撃するから回る車輪は跡形なく、動かない荷物と幌はそのままだ。例外はボロボロになった剣で、これは宿っていたマナが大気に戻ったからで魔物のせいではない。
「マナを失くせば形は無くなる。だけど人ばかりは命が消えてもそのまま残るのは何故だろう」
それなら死んだおばあちゃんはどこに消えたのだろうかと、空っぽの布団を思い出していた。
▽
リヒャエルは淡々と、黙々と職務に没頭していた。
通常業務に加えて盗まれた真名の捜索、古薬の調合、留守中の書類の後覧と忙しく、アヴォの鎮魂に時間を割く暇もつもりもない。
「生きる糧を稼ぐために働くのは当然のこと。私に何の咎があるものか」
ア・バウア・クーの顕在には膨大な魔力を必要とするが、これまでただの一度もケチったことはない。ならば身を粉にして働くのは当然で、業務に好き嫌いをいうとは情けないと鎮魂どころか憤慨だ。
「好きだからといって、私が魔法行使ばかりしては世界はどうなる」
正解は『更地になる』で間違いない。
大迷惑の極みだろうと誰もが納得する例えに満足したが、アヴォがいなくては仕事が滞ってならないのもまた事実。
絆の糸はくずかごに捨てた。
「あんなものが価値とはばかげている。目に映る価値など無いに等しい」
愚痴っぽいのは集中力に羽が生えているからで、とうとう杖を手にして立ち上がる。
「これより魔法陣を開く」
ぎょっとした執務官が書類の山をそっと撫でるものだから、
「但しふたつの従魔を創る間だ」
さすがに申し訳なくなって但し書きを加えた。
ここにアヴォがいれば『仕事が終われば好きなだけどうぞ』と歯牙にもかけないが、そもそも従魔を創る羽目になったのはアヴォのせいなのだ。自分は正論で違いなく、しかし正論だと負かすアヴォがいなくては、職権乱用のようでこれまた腹立たしい。
「馬鹿なやつだ。散々非道の片棒を担いでおいて、今更安息などあるはずない」
地獄で会ったら笑ってやろうと思えば愉快で、いくらか機嫌を直し従魔創りの魔法陣を展開するのだった。
▽
テコナは人の夢を渡る占者である。
夢とは移ろいやすく曖昧で、ほんのちょっぴりの真実から千切って捏ねて正しく繋いで予見する。そんな緻密な作業なのだから、もう三日も眠ったまんまとリンレライが不平をいうのはお門違いである。
「蝶はどこにおるのやら」
「蝶々はここにいるよ。戻りの路が開くのを待っている」
リンレライが精霊の視線の先に月の梯子を伸ばせば、梯子はミシミシと軋んで、眠るテコナの目が開いた。
「行きはヨイヨイ帰りはコワイ。蝶の夢は破れて解けて、まるであみだくじなのだもの」
うーんと伸びをして夢の光景、すなわち予見を一心不乱に書き綴ったが、リンレライがウムムと唸るものだから手を止めた。
「祀りの御方を唸らせる難問奇問。もう一度つぶさに見てこようか?」
「そうではない。字がへたくそで読めんのじゃ」
途端にヘタクソヘタクソと囃し立てる精霊を、蝶の羽が突風で洞窟から吹き飛ばす。
これはマズいとリンレライは背を向けて、これはこっちであれはあっちとそっちと予言の棚を整理整頓し、分類のない予知に『糸口』のしおりをはさみこむ。
「『王たる地竜は帝都にあって、』続きは大きい穴で、蝶々のみぞ知るらしい」
破れた虫食い穴からテコナを覗けば、だってと微笑む。
「君はその定めに口と手を出すのでしょう?」
「正すのも祀りの御方の役目であるからの。遠き昔の契約により魔法使いを犠牲には出来ぬ」
「知らなければその限りでないだろう。死に憧れる憐れなロシュフォールに咎はないもの」
「それではルネの正しき霊獣を犠牲にすることになる」
するとテコナは羽を震わせて、これは不思議と笑みを深めた。
「ルネは人ではない魔法使いだよ。あの子の夢は絵で描いただけののっぺらぼうで空っぽだ。人を真似た賢い生き物だが、人ではない魔法使いだろう」
「人でない魔法使いとは摩訶不思議」
ルネが魔法使いであることは間違いない。なぜなら霊獣は魔法使いかそうでないかを区別することが出来るのだ。
「人かそうでないかを区別するものではないが、人の言葉で会話をし、道具を用いるのは人でしかない」
「異形で異質で歪んだ存在だ。黄泉がえりならば死人だが、あの子はそもそも死んではいない。強いて言うなら人の条件を満たさなかった人か」
空を指でなぞって言葉を選ぶテコナに、リンレライの目は右へ左へ大きく揺れて、とうとう頭を抱えてしまった。
黒アゲハの蝶々は毒の鱗粉に火を点ける。
「ねえ祀りの御方。禍々しい発光であろうとも、闇夜を照らすものには違いない」
そういってヒラヒラと羽を揺すった。
▽
灰盆に置いた焔の礫が小さく炎を渦巻かせた。カインが火箸を構えているのは、焔の礫を最大限に生かす位置の検証で、とりあえずとかひとまずが苦手な彼らしい行動だ。
「シャングラ、この位置とこの角度が炎が強くなる。しかし熱すぎる可能性も否めない」
不死の鳥が司るのは炎だが、シャングラは熱風呂が苦手だと思い出して火箸を止めた。むしろ海とかプールとか大好きで、サングラスとストローハットを愛用している暑がりだ。
「念の為、水場も用意しておこう」
二回りも大きい器を重ねて間に水を注ぎ、これでどうかと問うたところで答えはないが、記憶の声は『まあまあ』で、まあまあが良いのか悪いのか判断つかない。
火の系譜の者は白黒つけたがる性質だがシャングラはいつでも曖昧で、しかしそれは後ろ盾が脆いカインを中立にして災難を避け、表沙汰にせぬことで責任を負うことがないよう調整しているからだと知っている。
全ては玉座に繋がる行動だが、肝心のカインにはそこまでの執着がないのだ。
「私の霊獣はこの身が玉座にあることを願うが、大綱の定めがある限り難しい」
それがユーリーとの圧倒的な魔力差だ。魔法国家が魔力資質を蔑ろにすれば、基盤を揺るがし転覆しかねない。
「だがそなたを灰にした魔法使いを、手にすることが出来るとしたら、」
ふとアヴォが脳裏に浮かんでくる。
『それはカインの願いかい?霊獣は主の願いを叶えるのが慶びなのだから、覚悟を持たぬ願いでも後戻りは出来ないのだよ』
主と霊獣は一心同体ではなく、相利共生の関係性だと諭す言葉が甦り、その覚悟がないから口にするのをやめた。
ア・バウア・クーは霊獣の姿を持つ魔族だが、稀代の魔法使いであるリヒャエルに他者の助けは必要ない。主を護るために命を賭す霊獣が護りを拒絶され、その矜持はどこにいくのだろうと渦巻く炎を見ながら考えていた。




