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ルネと地竜  作者: かものは
11/58

11 切れた絆

 春祭りで賑わうカプラの火事は、要人を狙った組織の暗躍だとか、バカップルの痴情のもつれだとか、祭りに花を添える格好のネタになった。

 帝都の調査団が魔道具による幻影と発表し鎮静化を図ったが、市をあげての「犯人を捜せ!君は名探偵」なんてイベントを行って、街は参加者バッチを胸に付けたニワカ探偵で賑わっている。


「幻影じゃなくって上等な火よ」

 魔力が創った火は『魔火』で七日燃え続けるが、術者の意を汲み延焼しない賢い火でもある。

「モンショウは盗めなかったけど、永続的な火魔法を模写できた」

 模写はルネの固有能力で術者の魔力を掠め取って複製する力だ。しかし一攫千金よりはマシといった程度に当たり外れが大きく、模写のために魔法を身に受ける危険があるわりに、複製してみないと使い物になるかはわからない。


 複製しても一回きりで失くなるものが大半なうえ、模写の範囲は「模写の対象者に備わっている魔力のみ』と制限される。

 魔力は遺伝継承されるから複雑に混じり合うもので、例えるなら多種多様の花が咲く花畑の一粒の種だけを持ち帰って育てたところで、咲くのは一種のみ、花畑そのものを模写できないのと同じなのだ。


「今回は当たりを引いた。火を使う調合は多いから願ってもない力ではあるけど、」

 奪った魔力は扱い難く檻の獣のように暴れる。弱火と指示したのにボコボコと中和剤を沸騰させて、気長に馴染むのを待つしかない。

「鳥さんから火の魔力を奪ったら、何も残さず砂になったのは何でだろうね」

 話す相手は夢うつつのロシュフォールで、聞いてないから答えもないが、伝えることで思考は整理整頓するものである。


 ロシュフォールは目を開けているし無意識だが歩くこともある。魔力が枯渇した生き物は、感覚と感情を鈍くして回復に集中するもので、心配ではあるけど慌てる必要はないのだ。

「これまでどうやって暮らしていたの?」

 こんなに大きな体では、隠れることも出来ないだろうと手を握れば、

「それ、欲しい」

 沸騰が止まない中和剤をゴクンと飲み込んで、口から湯気をあげるとうっとりと目を細めた。


「火傷しちゃう・・あれ、平気ね。さすがは特別な生き物」

 火の魔力がグツグツたぎる液体がロシュフォールの枯渇を潤して、瞼がトロンと落ちた。

「あの鳥の核があれば少しはマシになったのに」

 核は魔力の貯蔵庫で、ロシュフォールの核は土砂に埋まった井戸のように底が浅い。いくら掘り下げても流れ込む土砂が圧倒的に多くて、この特別な生き物を支える貯蔵量がないのだ。

 

「火だるまの鳥さんが消滅したのなら、霊獣を喪った魔法使いの守りは手薄だわ」

 刀身に映った赤い髪の男性を思い浮かべた。何も命を取るのでなく魔力をスッカラカンにするだけだと、髪から触手を伸ばして転がったビーカーをテーブルに戻す。

 この触手はずっと昔に模写したもので、風に揺れる光のレースがあまりにも美しいと複製したが、すでに首から下は溶けていたから残った頭部に転写がされた。


「白銀の光が欲しくて千切ったの。それなのにずいぶんと違うものになった」

 風に揺れる光のレースがどうしたらシュルルと伸びる蔓の触手になるのか不可解で、ましてや魔力を奪う姿は、チュウチュウと吸引音を立てながら蔓がムッキムッキと上下する筋肉質だ。

 だが誰に聞かれたわけでなし、今のところ考えるつもりはない。



  ▽



「俺が二日も眠っていただと?ルネ、ご飯は食べたか」

 ロシュフォールの意識がはっきりしたのは翌日で、パレードの開始を報せる大砲で飛び起きた。

「二日くらい食べなくても平気だよ」

「平気じゃないぞ。火薬?いや魔火の匂いがする」

 食堂で起きた火事は、まったく記憶にないようだ。

「お湯を沸かすのに火の魔法を使ったの」

 ロシュフォールは怪訝な顔をしたものの、二日も食べていないことのほうが心配で、屋台に直行すべくルネを抱き上げた。



  ▽



 魔法使いと霊獣の紋章が伝えるのは今の痛みや不快感だけで、見えるのでも聞こえるのでもない。

 シャングラの身に起こったことは知る由もないが、紋章から伝わる苦痛はただごとでなく、だからといって再生しない不死鳥の灰が、豪奢な盆で戻るなど思うはずがない。



 どれはリヒャエルがようやく自邸に戻った夜明け前。

 北全域に大迷惑でしかない捕物帳は失敗に終わり、彼を待っていたのは部下の批判の目である。

 書類は優先度合で整理され、我が執務官は誠に優秀ではあるのだが、その忠誠心は人材教育責任者のアヴォに捧げられており、リヒャエルは部外者、もっといえば敵の認識だ。


 敵に対して容赦などあろうはずもなく、ようやく自室のノブに手をかけたのに、城から不死の鳥が再生しないと緊急要請が入った。

 まさに数歩先にあった安眠を奪われて、不機嫌極まりないリヒャエルは、

「再生しないから何だ!再生したら違う鳥だったとかなら、」

 面白いのにと悦に入って笑うのは、睡眠不足による挙動不審にほかならない。



 城にトンボ帰りするや否やカインは灰の盆をずいっと差し出して、一体どういうことかと訊ねるが、それはリヒャエルのセリフである。

 これは早々に切り上げるのが良いとそれっぽく目を閉じれば、うっかり眠りそうになって慌てて咳ばらいをした。

「二日で再生しないなら三日待ってはいかがか」

「そうか、もう一日あれば再生するのだな」

 ホッとした表情をされれば胸が痛み、今度は真面目に魔力の流れを視る。

「魔力がスッカラカンで起爆できぬようだ」

 不死の鳥とはいえ再生には起爆が必要だが、この灰はそれすら使い切って乾いている。


「真名を奪われたことに逆上し、限度を超えて魔力行使したのだ」

 リヒャエルは目を見開いて、真名と呟くと溜息をついた。

「その者を捕縛せねばなりませんな」

 祭り期間中に人探しとは気が遠くなるが、真名は魂を縛るもので一刻の猶予もない。

 そもそもリヒャエルはシャングラと気が合わない。あの独断専行の鳥は作戦の駒にもならなければ、女絡みのトラブルばかりを持ち帰る。しつけは飼い主の責任だと無視しても、カインの後見人はリヒャエルだからと、訴状は机に戻ってくるのである。


「祀りの御方に奉ってみてはどうだろう」

 リヒャエルはピクリと眉尻をあげた。

「国の大事か、それとも私事か?」

 霊獣の里との交渉は慎重にあるよう進言すればカインは直ちに反省し、ほだされぬうちにと踵を返した途端に時空が歪む。リヒャエルは結界を構築してカインの盾にすると、あらわれた風の渦に向かってインドラと呼んだ。


「里の占者が面会を求めている」

 インドラが橋渡しを渋面で告げたのは、カインが応じれば継承の天秤が傾くからで、リヒャエルは独断で受諾して中立を保つ。

 時空の歪みが緑豊かな森を映し、占者テコナが黒アゲハ蝶の羽でひらりと舞い下りる。

「火急、緊急、取り急ぎの件。夢うつつの姿で失礼するよ」

 夢見が夢を渡る夢の殻と歌いながら、不死鳥の灰を覗き込む。


「夢の宣旨を報せよう。不死の鳥が堕ち、玉座にあるはユーリー殿。治世は陽が昇り陽が沈む短命の王」

「戯言をっ!」

 インドラがいくら風を渦巻かそうとも相手は幻に過ぎぬ者。リヒャエルは風を裂いて進み出た。

「鳥は堕ちてはおらぬ。宣旨が回避されたとわざわざ告げにきたか」

「これは賢い。アヴォがグダグダと自慢するだけあるね」

「グダグダとは謙虚な奴だ。色でもヒレでも付ければよいものを」


 テコナは隙をついてリヒャエルの瞳を覗き込んだが、ものの見事に弾かれる。

「夢見が夢に弾かれた。君はすでに規格外で色もヒレも無用だよ」

 私の主は魔王さまが本職なんだ。アヴォの愚痴を思い出したテコナはくすっと笑う。


「これは蝶の気紛れに過ぎぬもの」

 蜃気楼の向こうから石の礫を三つ取り寄せた。

「不死の鳥が生まれた業火の礫。再生の助けになるが火傷と火事にはご用心」

 カインは顔を輝かせて恭しく受け取ると謝辞を述べる。

「なんとまあ驚いた。こんなに似ているのにこんなにマトモ」

 それが誰を指すのか心当たりばあるリヒャエルとインドラは目を逸らした。


「二人にも土産があるんだよ」

 まずはインドラに可愛いリボンの靴をぐいっと押し付けて、リヒャエルにはささくれだった糸を首にかけて囁いた。

「アヴォの遺品。絆の糸ばかりは君のものだからお返ししよう」

 それが意味するのはアヴォの消滅で、リヒャエルは閃光の刃をテコナに突きつける。

「狂った里長の仕業かっ!」

「これはア・バウア・クーの矜持でけじめ。アヴォは手ずから糸を断ち君は鎮魂の舟を流す者になった」


 放つ閃光が蝶を切り刻んだが、所詮は夢うつつと歌うテコナに怒りが増した。霊獣のない魔法使いは不完全で、完全なリヒャエルにとって屈辱だ。

「アヴォ、応えろ!」

 天と地を鎖で繋ぎ、銀の魔法陣から四方にほとばしった稲光が虚空を掻きむしる。

 しかしア・バウア・クーが召喚されることはなく、己の傍らが空虚になったことにリヒャエルはようやく気付いたのだ。

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