冒険者チームを追放された上、罪をでっち上げられた英雄の話
俺はランザス・ケーマイヤ。寝る前に飲むリンゴ酒が唯一の楽しみで、商店の雑用をチマチマとこなして日銭を稼いでいる。
そんなある日、俺のボロ家にご立派な甲冑を来た騎士団が乗り込んできた。
「ランザス・ケーマイヤ。人身売買容疑で逮捕する!!」
手入れの行き届いたサラサラの黒髪、ピカピカに磨かれた甲冑、苦労知らずのお綺麗な顔。先頭に居た女が正義感溢れる表情で声高に言った。
ランザスは食いかけのドーナツを思わず落とした。
■
高級葉巻の香る取調室は俺のボロ屋より快適で椅子も軋んだりせず、座り心地が最高だ。身に覚えのない容疑で連行されていなければ気分はもっと良かっただろうが、目の前のお嬢さんは俺を犯人だと信じて疑わない。
「ここ最近、近隣で亜人種の違法売買が行われているのは知っているわね?」
「いえまったく」
「嘘を吐け!! 街で聞き込みをしていたらお前の名前が真っ先にあがった!! さっさと罪を認めなさい!!」
青い目がギラギラと憎々し気に俺を見る。
「いや、知らないもんは知らないよ。誰が俺の名前を出したか知らないが、冤罪だ」
俺はため息交じりに答えた。
「くっ……さすが大物犯罪者。知らないふりが上手いわね! だが、必ずやこの私、アリサ・ゼスティンが貴様に実刑をくらわしてやるわ!!」
悔しそうに歯ぎしりをするが、やってないもんはやってない。だが、その証明の難しさは俺が一番よく知っている。
アリサは分厚いファイルをドンとテーブルの上に置いた。表紙に俺の名前がでかでかと記されている。
「お前の過去もすべて知っているわ。公金横領、魔法薬違法売買、極めつけはベリードラゴン大量虐殺。『ラグナス』の一員も落ちたものね。冒険者の面汚しめ!!」
彼女の表情は正義感からくる純粋な怒り、そして『ラグナス』への羨望が見え隠れする。
冒険者チーム『ラグナス』は凶獣ガルバディオスを封印して英雄の称号を得た最強の冒険者集団だ。今は引退してそれぞれの分野で活躍しているが、その栄光は輝きを失うことはない。メンバーの肖像画は飛ぶように売れ、サインを後生大事に抱えるファンも多い。おそらく、アリサもその一人だろう。胸に輝く獅子のバッジは冒険者である証拠だ。赤い線が入っているから今年の資格取得者だろう。冒険者一本のものもいれば、本業を兼ねている者もいる。
この世界で人々にあこがれの職業はと尋ねれば、ほとんどの人間が『冒険者』と答える。権力は上級将校クラス。税金面でも優遇され、医者の年俸以上の金額が国から支払われるのだ。しかし、誰もがなれるわけがなく、超困難な国家試験をクリアする必要がある。
特に高位貴族となると箔付のために取得する傾向がある。本来ならそんな箱入り娘が地方に来ることはないが、この熱血漢はか弱き人のためにと自分で志願したんだろう。
「まったくお前のような奴が『ラグナス』に居たこと自体、恐ろしいわ。冒険者免許剥奪、チーム追放だけで済んだのが信じられない!! お前がどんな汚い手を使おうと私は絶対に屈しないから!!」
アリサは俺を敵でも見るかのように睨みつける。しかし、俺は今も昔も無実だ。過去の事件も国の王女と婚約していた真犯人が権力を駆使して俺にすべての罪を擦り付けた。奴は俺を終身刑にしたかったが、勇気ある友人たちが苦心して冒険者資格剥奪に止めてくれた。
本当は逆転勝利まで行きたかったが、王女は恋に盲目で国王はその王女を溺愛していた。下手をすれば友人たちまで巻き添えを食うため、それ以上、争うことはしなかった。
「アリサ。信じられないだろうが、俺は無実だ。拷問されても知らないものは知らないと答えるしかない」
「信じられるもんですか!! そして、私は拷問なんて野蛮な真似はしないわ!!」
彼女はきっぱりと言い切った。こいつはいい奴だ。
「拷問などせずともお前が犯人よ! お前以外ありえない!」
前言撤回、こいつはアホだ。行動力のある無能が一番厄介だ。
「アリサ。落ち着いてくれ。こうしている間にも犯人は野放しになっているんだ。すぐに次の事件が起こって悲劇が繰り返されるぞ」
「お前を捕まえたんだからもう起きないわ!」
アリサは断言した。彼女は思い込んだら一途のようだ。
ここはなんとか彼女のカチンコチンになった頭を解さないと家に帰れずドーナッツが腐ってしまう。
「アリサ。もし俺がその違法取引の元締めだとしたら、なんで俺は安物のシャツを着てボロ屋に住んで、油臭いドーナッツを食っているんだ?」
俺は擦り切れた袖を見せて言った。
「……捜査の目をくらますためじゃないの? 私は騙されないから!」
「しかし、君も知っている通り、送検するには物的証拠が必要だ。それがないから、君は必死に俺を揺さぶっているんだろう?」
俺が言うとアリサはぐっと唇を噛む。実にわかりやすい人だ。きっとこれが初仕事で浮足立っているんだろう。
俺は彼女が冷静になれるよう、ゆっくりと穏やかな声で話した。
「売買の現場とされる周辺で魔力感知は行ったか? 魔力の高い亜人種を売買するのはそれ以上の魔力を持つ人間でないと無理だ。そして亜人種の売買時、主人に反抗しないように魔素印をどこかに打つ。そのとき、魔素痕がその場に数日残留するから、その魔素を調べれば現場にいた人間を洗い出すことができるぞ」
俺が言うとアリサは目をパチパチと瞬いた。
どうやら魔力検知もやっていなかったらしい。なぜこんなド素人を捜査チームのリーダーに選んだんだ。意気込みと正義感はともかく、圧倒的に力量不足だ。
「……そ、それを使えば物的証拠が挙がるわね」
「そういうことだ。犯人は俺じゃあないが頑張って調べてくれ」
「またくる!」
アリサはそう言って取調室から出て行った。
俺がコーヒーを10杯飲み終えて腹がいっぱいになるころ、アリサがやってきた。
「魔素痕が見つかったわ」
「それはおめでとう。で、俺の魔素と照合した結果どうだった?」
魔素は指紋と同じく人によって異なる。
「違っていたわ」
「よっしゃ! これで俺は無罪放免だな!」
「でも、高位の魔力持ちは魔素痕を消すことができるわ。違う?」
アリサは俺を睨む。よく勉強したな。ついさっきまで魔力感知すら思いつかなかった奴なのに。
「もちろんそうだ」
「……必ず尻尾を掴んで見せるから!」
「掴む尻尾なんて持ち合わせてないが帰らせてもらうよ」
俺はアリサが渋々出した帰宅許可証にサインした。これでようやくドーナツが食える。
俺が席を立ち、アリサがドアを開いた。そのタイミングで若い騎士が血相を変えて走って来た。
「リーダー! 大変です。北の森で魔獣が大暴れしています。薬草を取りに行った村人が重傷を負い、幾人かが取り残されています!!」
「なんですって!? それは一大事よ。すぐに応援を呼んで北の森に集結させて!!」
アリサは指示を飛ばす。
俺はついうっかり口が出る。
「南だ。南に行かせろ」
「は?」
アリサはきょとんとする。知らせを持ってきた騎士もだ。
「……この時期、レガル猫が狂暴になる。餌になりたい奴は別としてここいらの人間は森に立ち入らない」
「それがどうしたのよ!! 人が助けを呼んでいるのよ!!」
「ガセだ。さっきも言ったがここいらはレガル猫の縄張りだ。普段は大人しいが、今の時期は凶暴で侵入者に集団で襲い掛かる。魔獣がいるとすれば誰かが外部から寄こしたことになる。だが、こんな辺鄙な街で誰がなんのために?」
「知らないわよ! お前の与太話につきあってられないわ!!」
「悪いことは言わない。南だ。魔弾遮断ジャケットを羽織っていけ」
魔弾遮断ジャケットは、魔力の攻撃を七割ほど低減させる効果を持つ。
「お前の言うことなんか絶対に聞かないから!! 全員で北に向かいなさい!!」
アリサはそう大声で怒鳴る。
俺はやれやれと肩を落とし、帰還証明書を持って官舎を後にした。
■
俺は今、南の森に向かって進んでいる。今日、確実に南で大掛かりな取引があるからだ。アリサたちの捜査は奴らにとって計算外だっただろう。しかし、大きな取引ゆえに中止することもできず、北の森で騒動を起こして気を逸らしたといったところだ。
「ほらな、アリサ。俺の思った通り怪しい奴らが密会してる」
俺の後ろにはアリサがいる。俺をこっそり尾行していたわけだが、気が付かないわけがない。
アリサは足早に俺の近くによると小声で聞いてきた。
「なぜわかったの」
「気配でわかる。ジャケットは?」
「……着てない」
アリサの返答に俺は思わず怒鳴りそうになったが堪えた。
「いいか。俺の後ろに隠れていろよ。でないと守り切れないからな」
俺の言葉にアリサはこくんと頷く。素直なのは新米でもピリピリ感じる魔力のせいだ。男が四人。黒いマントを被って顔は分からないが、中央に鉄張りの箱がある。かなり高い魔力の亜人種が入っているようだ。取り押さえられる自信はあるが、後ろのアリサのことを考えると、安全を最優先すべきだろう。
「『氷瀑結界』」
俺がその一言を発すると、全域が真っ白に氷漬けにされた。一気に気温が下がり、キラキラとダイヤモンドダストまで輝きはじめる。もちろん。例の鉄箱も、黒マントの男たちも氷像と化している。
「アリサ。部下に命じて氷像を官舎に運んで取り調べて見ろ。お前の知りたいことがわかる。ああ、鉄箱は危険だから、専門家を呼んであたらせろよ」
俺はアリサに言うが返事はない。氷漬けにされたわけではないが、アリサは驚きすぎて固まったようだった。
後日、アリサが直々に俺に礼と謝罪を言いに来た。犯人は街の医者夫婦で亜人種を売買しては違法な実験を繰り返していたらしい。
「疑ってごめんなさい。そしてありがとう」
アリサははにかみながらそう言ってくれた。
食べ慣れたドーナッツがいつも以上にうまく感じた。
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アリサ・ゼスティンは魔侯爵の娘だ。父親は内務府の長官である。アリサはランザスが凶悪な事件を起こす奴にどうしても思えず、父の権力を使って内密に調べた。
当初はまっとうに捜査しようとしたのだが、上から謎の圧力がかかって手を引かざるを得ず、仕方なく親のコネを使った。親の権力を使うのはポリシーに反するが、アリサはそれを曲げてでも事件を調べたかったのである。
しかし、当時の資料はなぜか棟ごと焼失し、詳細を知る者は口をつぐんで誰も答えない。これはますます怪しいとアリサは策をめぐらせた。バカ正直さが取り柄のアリサだが、一皮むけたのである。
今日は王女と『ラグナス』のリーダー、カルオの婚約一周年記念パーティである。まだ結婚していないのは、諸侯からの反対があるため、その調整に時間がかかっているからだ。アリサも昔は英雄と王女の結婚を阻むとはけしからんと思っていたクチだが今は違う。
王女エレナの隣で堂々と祝いを受ける男を冷めた目で見ていた。
宴もたけなわ、カルオが王女を差し置いて自分の武勇伝に酔いしれているとき、一つの知らせが場を震撼させた。
「大変です!! 凶獣ガルバディオスが出現いたしました。恐ろしい勢いで王都にむかってきております!!」
血相を変えてホールに飛び込んできた兵士にその場は波を打ったように静かになった。
凶獣ガルバディオスは鮫の頭、蛇の胴体、鷲の翼を持った恐るべき魔獣である。奴の息は街を一瞬で焼き、一たび口を開けば数千もの牙で大地をえぐり取る。普通の冒険者では相手にならず、『ラグナス』だけが唯一の対抗手段なのだ。
皆は一瞬恐怖に怯えたものの、次第に笑いが生まれた。
「はははは。ここに我らが英雄殿がおるとも知らずにガルバディオスも愚かなものよ」
「さようです。さあ、カルオ殿、出番ですぞ!! 再び奴に身の程を思い知らせてやるのです!!」
人々はカルオに期待の眼差しを向けた。
王女エレナはキラキラした目で婚約者を見る。
「カルオ!! はやくガルバディオスを倒して人々を救ってあげて。そうすれば口うるさい諸侯もわたくしたちの結婚に文句なんかつけられませんわ!」
王女は輝かしい未来を夢見てカルオをせっつく。
しかし、カルオの顔は青ざめ、英雄らしさの欠片はない。
「……ラキ、お、お前が行け!」
カルオは近くにいた神官、ラキに言った。彼女は『ラグナス』のメンバーだ。
「な、なんで私が!! 私は神官よ!! 行くのならあなたかダーゴーでしょ!!」
ラキは大将軍の座を持つ『ラグナス』のメンバー、ダーゴーを指さす。だが、ダーゴーは巨体を揺らして完全に拒否する。
「俺は断る!! 絶対に嫌だね!!!! カルオ! おめえが自分でやれるって言ったから味方してやったんだろうが! 責任もっていけよ!!」
「そうよそうよ!!」
彼らは謎の言い合いを始めた。抽象的過ぎて全容は把握できず、周囲は近くの人間と顔を見合わせる。
アリサだけは涼しい顔で成り行きを見守った。
冒険者チーム『ラグナス』のメンバーは酷い形相で口々に罵り合いを始めた。
「カ、カルオ? 一体どうしたの? 仲間割れなんかしないで早くガルバディオスを倒しに行って」
王女エレナは激高するカルオの腕を掴んで、焦った顔で言った。
カルオは王女の顔をまともに見れず、顔を逸らす。玉のような汗が出て表情は強張るばかりだ。
「カルオ殿。あなたは常々我々に国を守れるのは自分だけ。だから王女との結婚を認めろと詰め寄っておりますが、今こそその言葉を証明するときではありませんか?」
諸侯の一人が冷めた目で言った。
「さよう、さあ、早くガルバディオスの魔の手から国を守って下され。さすれば我々はお二人の結婚を喜んで祝福しよう」
他の人間もそれに続く。
カルオはひどく狼狽した。
「い、いや……その。やりたいのは山々なんだが、前回の戦いが尾を引いて万全じゃない。だから、他の冒険者に……やらせるべきだ。た、例えば、そうだな。罪の償いとして、ランザスにやらせればいい!!」
名案だと言わんばかりにカルオの目が輝く。
「そ、そうよ。それがいいわ!! 凶悪犯にやらせるのが一番いいのよ!!」
「こ、こんな時くらいしか役に立たないんだ。すぐにランザスを呼んでガルバディオスをやっつけさせろ!!」
ラキとダーゴーは食い気味に声を張り上げる。
だが、彼らの言葉に皆は首を傾げた。なにしろ、ガルバディオスを倒したのは彼ら三人だけで、ランザスはお荷物だったと彼らは公言している。お情けで雑用として雇ってやっただけなのに、『ラグナス』の名を振りかざして犯罪を犯したと彼らは語ったのだ。
そんな雑用係になぜガルバディオスの対応を任せようと思うのだろう。
皆の疑問を口に出したのはアリサだった。
「雑用係に凶獣ガルバディオスを退治させるなんて冗談でしょう? なにしろ、アレと対抗できるのはお三人だけだって常々おっしゃってますよね」とネチネチ、クドクド、アリサは三人を問いただした。
そして極めつけは封印についてだ。
「凶獣ガルバディオスはあなたがたが封印したんですよね。それなら魔素のかけらがガルバディオスの体内に残っています。遠隔操作で封印を強化し、ガルバディオスの動きを止めるのは簡単では?」
アリサの言葉に魔術学院学長ドフが興奮しきった顔で頷いた。
「そうじゃ!! 理論上可能なのじゃ!! ただ、いままで立証する機会がなかっただけで、お三方、ぜひやって頂きたい!!」
ドフの発言に三人は真っ青になる。アリサは押し黙った彼らを横目にドフに尋ねた。
「しかしドフ殿。疑問なのですが、なぜ凶獣ガルバディオスの封印が解けたのでしょう?」
「うーむ。本来ありえない話じゃ。魔素封印は術者と対象を強く結びつける。理論上、術者が生存していれば封印は絶対に解けん」
「つまり、術者がいなくなれば解けるということですね」
アリサが言うとドフは深く頷いた。自然と皆の視線は『ラグナス』の三人に向かう。
王女エレナは真剣な目で自分の婚約者、カルオに尋ねた。
「凶獣ガルバディオスを封印したのは一体誰なの?」
と。
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王国は英雄『ラグナス』の話題で大いに揺れている。先日、凶獣ガルバディオス復活の誤報により、『ラグナス』が英雄でもなんでもなく、ただの犯罪者であることが判明した。これまで凶悪犯罪者とされていたランザス・ケーマイヤこそが真の英雄であると証明されたのである。
王家は冤罪をランザスに謝罪し、莫大な謝罪金を彼に払った。おかげでランザスは上質のシャツ、住みよい家、そして風味豊かなドーナツを毎日食べることができるようになった。
「凶獣ガルバディオス復活の誤報は大事件なのに、まったく報道されねえなあ」
新聞を片手にランザスが呟くとアリサは朗らかに笑う。
「それ以上に大きいニュースがあるので、ありがたいことに誰も食いつかないんですよ」
「なるほどなあ。それにしても魔素封印の仕組みをよく知っていたな。専門分野の研究者くらいしか知らねえ上に、お前と最初に会ったころは魔力感知すら知らなかったのに」
「大分勉強しましたから」
それだからこそ、ランザスがどれだけ凄いか理解できる。『ラグナス』のメンバーがランザスの価値を全く見いだせなかったのは、化け物級の虚栄心のせいだろう。自分より優れた人間を認められない邪な心が、ランザスを罠にかけ名誉を奪う凶行に駆り立てたのだ。
「アリサ。そういやなんで敬語なんだ?」
「あこがれの英雄ですからね」
「なんかくすぐったいから、前と同じでいいよ」
「それじゃあ遠慮なく、コーヒーのお代わりはどう? ランザス」
「貰おうか」
コーヒーを嗜んでドーナッツを齧る。実に平和な一日だ。
今日も明日も、きっとそれが続いていく。
この、英雄らしくない英雄がいる限り。