有意義なお茶会
無料でどうぞ、さすがに無料ではいただけません、というやり取りを数回ほど繰り返し、一旦二人ともお茶を飲む。
冷静にならなければこの堂々巡りは一生終わらない。
「では、これを無料にする代わりに、お店へ招待してもらえませんか?」
「招待、ですか?」
「はい。他のものも見てみたくて!」
「それは構いませんが……」
「出来ることなら作っているところも見学してみたいなぁ、なんて」
さすがにそれは図々しいかなぁ。日本にいたころは動画サイトにあらゆる物の作りかたが溢れていたし、それが当たり前だったけれど、この世界では親から子へ代々受け継ぐ技術みたいな、特別なものがあったりするのかな?
「あ、じゃあもしよろしければ、一緒に作ってみますか?」
まさかのつまみ細工体験のご提案。めちゃくちゃ楽しそう。
「いいんですか!? 私、細かい作業にはあまり自信がないのですが大丈夫ですかね?」
「簡単なものなら大丈夫だと思いますが……これの作りかた、知ってます?」
「ど」
動画で見たことありますって言いそうになったわ。
「いえ、知りません」
「なんの説明もしてないのに細かい作業とおっしゃられたから、知ってるのかと思いました」
マリカさんは、ふふ、と少し楽しそうに笑っている。
知らない振りという小さな嘘を吐いた私としては笑い事ではない。
「このアクセサリーの作りかたは、私の曾祖母が祖母や叔母に教えたのが始まりだったそうです」
「ひいおばあさまが」
「曾祖母は他の人が知らない不思議なことをたくさん知っていたのだそうです。アクセサリーや服、食べ物や飲み物だって」
前世の記憶でもあったんか?
「曾祖母がそれらをたくさんたくさん作り出して、我々一族は祖父の代で爵位と領地を賜りました」
「なるほど」
「爵位を賜ることは喜ばしいことなのに、曾祖母はそれほど喜んでいなかった……と聞きました」
「なぜ?」
「詳しいことは私にも分かりません。ただ、曾祖母はいつも『これはズルだから』と言っていたそうです。それと『いつか誰かがこれに気が付くだろう』とも」
前世の記憶を使ったチートだからか?
まぁでもこんなに見事なつまみ細工、私のように元日本人であれば確かに気が付くだろう。
私の歌がクリストハルト様に気付かれたように。
でも前世の記憶を利用することがそんなに狡いことだろうか? 使えるものは使ったほうがいいのでは? どえらい悪事でもない限り。
「あ、すみません、こんな辛気臭い話」
「いえいえ。ところでさっきアクセサリー以外にも食べ物や飲み物も、って言ってましたよね?」
マリカさんがなんとなく気まずそうな顔をしているので、話題を変えたい。
「はい! 王都周辺ではあまり見かけないコメという穀物を使った食べ物が人気なんです!」
元日本人かな?
「それと、鶏のお肉を揚げたものとか、お芋を揚げたものとか」
唐揚げとポテトかな?
「元々は曾祖母が作り始めたのですが、今では作りかたも広まって、いろんなお店が出てるんですよ。人気店は行列も出来るくらいに」
ちょっと待って、オーバン男爵家の領地めちゃくちゃ楽しそうでは?
これは本当に行ってみたい。あとクリストハルト様にも教えたい。めちゃくちゃ楽しそうなとこ見付けたって。
でも教える術がない。手紙? 手紙を書くか? 急用が出来たって言って帰っていったんだから忙しいだろうなぁ。
しかし次に会うのはおそらくクリストハルト様がヒロインに一目惚れをしてしまう夜会の時だ。
その時、クリストハルト様がヒロインを見付ける前に教えることが出来るか……? いやでも教えたところでヒロインに夢中になってしまったら私とお出かけなんか絶対にしないだろう。
……てことは、一人で行くしかないかぁ。
「マリカさん」
「はい」
「本当に本当に行きたいので、こちらと領地への招待状を交換してください」
「は、はい、分かりました。それなら、必ず招待状をお出しします」
そこで、マリカさんはやっとマキオンパールマラカスミニを受け取ってくれた。
マキオンパールマラカスミニに入っているマキオンパールをビーズに加工する方法を教えていたところ、ふとマリカさんの視線が私の頭のほうへと動いた。
「私、いつか必ずマキオンパールを購入したいと思います。それで……それを使ってルーシャ様の髪飾りが作りたいです」
「私の、髪飾り?」
「ルーシャ様はとても美しいので、大ぶりの髪飾りが似合うと思うのです」
職人の目をしている。
「じゃあその大作、出来上がったら言い値で買うために準備をしておきますね」
「ふふ」
そんな会話の後は、お茶やお菓子を楽しみつつ、好きな花の話だったり好きなモチーフの話だったり好きな色の話だったりで盛り上がった。
それからマキオンパールを定期的に仕入れるとなるとおいくらほどになるかの簡易的な見積もりをしたり、アクセサリーの原価計算の話にまで発展したりとさらに盛り上がった。
本当はもっと盛り上がりたかったところだったのだけど、いつの間にかお茶会もお開きの時間になっていたなんて。
「とても有意義なお茶会でしたわ」
「私もです。それではまたお手紙を出しますね、ルーシャ様」
「楽しみにしています!」
未来の取引先とお別れをして、ルンルンで家路につく。
帰り着いたところで一応両親にもそのことを話したりなんかして、ずっと上機嫌で鼻歌なんか歌ってみたりして、眠りにつく間際になったところでふと思った。
……そういやヒロインに喧嘩を売るどころか、ヒロインの顔すらまともに見なかったな、と。
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