色気より食い気
クリストハルト様は気付いてくれるかな、なんて考えたりもしていたけれど、そもそもクリストハルト様がいなかった。
クリストハルト様は参加しないのか、残念。折角変身したのだから見てほしかったし驚いてほしかったのだけど。
でもハンネローレ様にクリストハルト様の話を振った時、別にクリストハルト様は来ないなんて言っていなかった。だからてっきりクリストハルト様も来るものだと思っていたのだ。
クリストハルト様がいないなら、ちょっとつまんないな。
……あ、前言撤回、マリカさんがいる! 社交界美人カルテットの皆さんも揃ってる! 私の愛すべき女友達の皆さんがいる! じゃあきっと楽しい!
ハンネローレ様は「三人に声を掛けられたら」と言っていたけれど、私は女友達の皆さんがいてくれればそれでいいのよね。
なんというかフランシス・ヴィージンガーがいた頃は奴がいるというだけでかなりのストレスだったのか、体調不良というか身体のあちこちに不具合があった。
しかし奴が私の前からいなくなった今、その不具合は快方に向かい、女友達の皆さんとの交流で癒されて心も穏やかになってきている。
だからもうこの穏やかな心のまま隠居でもするように自分の領地に籠っていたい、そんな気持ちがなくもない。
なんてことを考えながらマリカさんのところへ向かおうとしたのだが、彼女は見知らぬ男性とお話し中だ。なかなかのイケメンとお話している。邪魔をするわけにはいかない。
ハンネローレ様は……主催側の人だし忙しそう。アウローラ様もイケメンとお話してるしエーミリア様もビビアナ様も……あ、ぼっちなの私だけだ!
そっかぁ。そっかぁー……。じゃあとりあえず隅っこの席でお茶とお菓子でもいただこうかな。美味しそうだしお腹空いたし。あと座っていればぼっちも目立たないだろう。
折角皆さんのご協力の元綺麗にしてもらったのに、ぼっちなのはもったいないと思うのだけど、私のほうから声を掛けるのもなぁ。
私から声を掛けられて嬉しい人なんかこの世に存在する? しねぇよなぁ。
どうせ誰だお前みたいな顔をされてこれといって会話も弾まず気まずい思いをするだけだろう。
私はそれで仕方ないと思えるけど、他人にとっては迷惑極まりないはず。人様に迷惑をかけるのは忍びない。
でも折角綺麗にしてもらったのに……と、私の思考が堂々巡りを始めてしまった。
一旦無になろう、とお茶に手を伸ばした。
「美味しい……!」
え、マジで美味しいんだけどなんだこれ!
さすがハンネローレ様のご実家、キルステン侯爵家が主催しているお茶会だ。こんなに美味しいお茶なんて初めてだ。
と、お茶の美味しさに感動していたところ、隣の席に誰かが座る気配がした。だがしかし、私はお茶の美味しさに魅了されていて隣を気に掛けるほどの余裕がない。どこで買えるんだろう?
「美味しいですか、お嬢さん。……お嬢さん。……お嬢さん?」
「え、あ、私。はい、とっても美味しいです」
隣の人は私に声を掛けていたらしい。クリストハルト様と弟以外で私に話しかけてくる若い男なんか今まで存在しなかったもんでまさか声を掛けられているのが自分だとは思わなかった。
「そのお茶は、我が領地の特産品なのですよ」
「あら、そうなのですね。とても美味しいです」
「そちらのはちみつを混ぜても絶品なんですよ」
はちみつミルクティーか、絶対美味しいだろうな、と勧められるままにはちみつを投入する。
流れるように一口飲んで、にっこりと、いまだかつてないくらい全身全霊で笑顔を作った。
「とっても美味しいです」
そう言いながら。
なぜこんなにも頑張って笑顔を作ったのか。それはキルステン侯爵家主催のお茶会で使われている美味しい茶葉ということは絶対に有名な銘柄であり、おそらくこの私でも知らないはずはないと察したから。
だから今、この笑顔を見せることでそれとなくお茶を濁しつつ全力で有名なブランド名を思い出そうとしているのだ。
侯爵家主催のお茶会という社交の場で失礼があってはならない……!
と、思っているのだが、お相手様は私が銘柄を知らないことなど特に気にしている様子はない。
「このはちみつも我が領地で採れたものなんです」
話を続けてくれるのなら乗っかって思い出す時間を捻出させてもらわなければ。
「そうなのですね!」
「はい、甘藷のはちみつです。我が領は甘藷も特産品ですので」
「特産品がたくさんで羨ましい限りです」
我が領にはマキオンパールしかないからな……あ、お茶と甘藷が特産ということはファーナビー伯爵家か!
甘藷ってあれだ、サツマイモだ。ファーナビー領のスイートポテト!
それを思い出した瞬間、私の視界に入ったのは、テーブル中央に鎮座しているスイートポテト。
「まさか、あのスイートポテトは早朝から長蛇の列に並ばなければならないという……?」
「ははは、そうですね。我が領のスイートポテトです」
「いただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん」
本来であれば覚えておくべき家名と顔を覚えておらず、特産品で、しかも食べ物で思い出すという己の残念さ。まさに色気より食い気……と思いつつも彼との会話はちょっとだけ盛り上がった。
それで和やかな空気が流れたからか、私の周囲にはいつの間にか数名の男性がいた。
……これはもしや私に集まって来たのか?
いや、まだわからない。もしかしたらスイートポテトに集まって来たのかもしれない!
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