よーく考えよう
待って待って待って。落ち着いて。
よーく考えよう。
「ハンネローレ様がクリストハルト様に助言をしていた……って、ことですね」
「ええ、そうよ」
ハンネローレ様は私の問いかけににっこりと微笑んで頷いてくれる。
「クリストハルト様が、婚約者のいる相手に恋をした……から?」
「ええ、そうなの」
そんでクリストハルト様が将来ハンネローレ様の義理の弟になる。理解した。そこまでは理解出来た。
しかし、何の話の流れでクリストハルト様の名が出た?
元々何の話をしていた?
間抜けな男の話が出てくる前……フランシス・ヴィージンガーを好きにならなくて良かったねって話?
ヴィージンガー家が親戚に巻き込まれて没落しそうになってるって話?
フランシス・ヴィージンガーやその親戚に絡まれた話……で、なぜそのことを知っているのかって話だ。
「……クリストハルト様に聞いたから、私が絡まれたって、ご存知だったということ……ですか?」
恐る恐るそう尋ねてみたところ、ハンネローレ様が未だかつてないほどの、それはそれは美しい笑みを浮かべた。
あれはきっと肯定の微笑みだ。ありえないほど美しい。
いや、そうじゃなくて。
私がフランシス・ヴィージンガーやその親族に絡まれた時、確かにクリストハルト様は私の隣にいた。だから彼が知っていてもおかしくない。
それをクリストハルト様が将来義理の姉になるハンネローレ様に相談した。おかしな話ではない。
そこにクリストハルト様が婚約者のいる人に恋をしたって話が紛れ込んでいるから私が混乱してしまったのだ。
だって今の話の中に出てくる婚約者のいる人って……私以外にいた?
「……え、クリストハルト様って」
私がそこまで言ったところで、社交界美人カルテットの皆さんとマリカさんがそろってきゃぴきゃぴし始めた。
皆一様に両手で頬を抑えながら、至極楽しそうに「キャー!」と笑っている。
恋バナを楽しむ女子たちのリアクション……!
「え、でも私、クリストハルト様とは友人で」
「え?」
うわぁ全員からの圧が強い。
「間抜けな男はお嫌い?」
そんな可愛いハンネローレ様からの問いで考える。
好きか嫌いかで言えば好きである。
「いやでもクリストハルト様が私を好きだなんて、そんなまさか」
クリストハルト様が好きなのは私の歌であって私自身ではないのでは?
「今まで彼から好きだとは言われなかったのかしら?」
「いや言われてな……あ、幸せにするみたいなことを言われた気が……しないでもないような?」
それはもはやプロポーズでは? と思った記憶がある。
しかしプロポーズかどうかの確認は出来ていない。
「彼から聞いたけれど、もう結構長いこと一緒にいるのでしょう?」
混乱する私とは違い、ハンネローレ様はちょっとうきうきしていらっしゃる。
そしてきょとんとする私に追い打ちをかけるのだ。
「彼のことは昔から知っているけれど、あの子は好きでもない人と長い時間を共にするような子じゃないわ」
「……誰にでも人懐っこいわけでは……?」
「ないわね」
「でも私の弟とも仲良さそうなのですが……?」
「それはあなたの弟も、彼の協力者だからだと思うの」
……え、弟も協力者なの? ハンネローレ様と似たようなポジションってこと? 初耳だが?
「じゃあ……まさか本当に、クリストハルト様は私のことを……?」
そう言いながらここにいる皆さんの顔を順番に見ていくと、皆練習でもしたかのように「きゃ」と言いながら両手で顔を覆ってしまった。
なんだか恥ずかしくなってきた。
「これはもう、ルーシャ様がクロウリー様を好きだと自覚してしまうべきではないのでしょうか!」
指の隙間からちらりと可愛らしい瞳をのぞかせながら、マリカさんが言う。
「私が、クリストハルト様のことを好き……」
「私、マキオンパールの楽器を作るために腕のいいガラス職人は知らないかって、とても一生懸命探していたのを見ていました」
マキオンパールマラカスか。
「あれはきっと、マキオンパールのためじゃなくてルーシャ様のために一生懸命なんだって……私でも分かりましたよ」
……私のため、だったのか。
いや、やけに必死で作ってくれたんだなとは思ったけれども。
「好きな女の子のために一生懸命になる男、いい男じゃないの」
アウローラ様ももちろん指の隙間からちらりと可愛らしい瞳をのぞかせながら言う。
「思う恋より思われる恋のほうが幸せになるって、聞いたことがありますね」
ビビアナ様も当然のように指の隙間からちらりと可愛らしい瞳をのぞかせながら言う。
「私はルーシャさんのこと大好きですし、幸せになってくれたら嬉しいわ」
エーミリア様もこういう儀式かのように指の隙間からちらりと可愛らしい瞳をのぞかせながら言った。練習でもしたんかな。皆で同じリアクションをしようって。
「ルーシャさんがあの子のことが嫌いなら、もちろん嫌いでもいいのだけれど」
「嫌いではない、です」
だって私、クリストハルト派だったわけだし。
「じゃあ!」
「でも私ですよ? 浮気されるような女ですし、私なんか好きになる要素んぐ」
「そんなに自分を卑下するものじゃないわ。……きっとあのヴィージンガー家の男のせいね」
ハンネローレ様に両頬をムニィっと揉まれてしまった。そしてヴィージンガーの名を出した時のハンネローレ様の顔がちょっと鋭かった。怖い。凄む美人怖い。
「まぁでも確かに……」
ハンネローレ様がそう呟きながら、私の顔をじっと見る。
しばし何かを考えこんでから、何かを決意したように私以外の皆さんのほうを向いた。
「皆様、少し協力してくださる?」
「はい!」
え、なんかえらいことになりそうな予感……?
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