ストレートネック注意報
後日、マリカさんから助けてほしいという連絡が来た。案の定。
大量に注文が来てしまい人手が全く足りないらしい。そりゃそうだ。
ただ人を増やすだけなら簡単だが、つまみ細工が出来る人を増やすのは難しい。だから手伝ってもらえませんか? そんな手紙だった。
その手紙を見た弟が「やっぱり」と呟いている。
「手先、器用じゃなかったっけ」
「それは俺にも手伝えって意味?」
「そう」
私に救援の手紙を送ってくるくらいだから相当困っていることだろう。
そんな中私だけが手伝いに行ったところで焼け石に水だ。だから手先が器用な弟も一緒に連れて行ったほうがいい。そう思ったわけだ。
しかし弟も弟で別に暇人なわけではないはず。どうしたものか。
「じゃあとりあえず五日くらいあっちに滞在する?」
「滞在?」
思いのほかノリノリでついて来ようとしていた。暇人だったか?
「一日ちょろっと行ったくらいじゃどうにもならないと思うけど」
「まぁ、そりゃそうだけど、五日も? ここの仕事は大丈夫なの?」
「こうなるだろうなと思ってたからある程度準備してたし大丈夫」
「予想してたってこと?」
「なんとなくね。先日の夜会で評判が良かったのはこの目で確かめたし、心の準備もしてたよ」
「へぇ」
有能か?
「まあ、そもそもオーバン家は今後もいい取引先になりそうだし、長い付き合いになればいいなと思ってるし、ここで恩を売っておかないとね」
有能だ。
父親ならこんなことしないもの。
やっぱり弟が家督を継いだらマキオン家も安泰だな。
「じゃあ一応五日間滞在する予定で」
「うん、そうしよう」
そんなこんなでさくさくと準備は進み、オーバン家のお屋敷へと足を踏み入れていた。
相当てんてこ舞い状態なのだろう、マリカさんやその周辺の人たちが疲れた顔をしている。
しかしお店に並べる商品も心もとない数だし、注文もひっきりなしだそうで休んでいる場合ではないらしい。
恐るべし、社交界美人カルテットの力。
「来てくださってありがとうございますルーシャ様ぁ」
「いえいえむしろ頼ってくださってありがとうマリカさん」
そんな挨拶を交わし、今回のお手伝い内容を確認する。
私と弟にはつまみ細工に使う布のカットを手伝ってほしいとのことだった。
つまみ細工のほうは私たちが来るまでの間にオーバン家のお手伝いさんたちでスピーディーに作れるまでには育っていたらしい。
だから私たちが布をカットしてお手伝いさんたちが飾りを作れば今よりもっと多く作れる算段なのだとか。
「もちろんお礼はなんでもします」
マリカさんのその言葉に、私は満面の笑みで言うのだ。
「じゃあ私、先日マリカさんが言っていた揚げた鶏のお肉とか揚げたお芋が食べてみたいです!」
と。するとちょっとだけ笑いが起きた。
私の食いしん坊発言でちょっとこの場が和んだようだ。
あまりピリピリしたままで仕事をすると精神衛生上よろしくないし、丁度良かったね。うん。弟は呆れているけどね。
「あ、そういえばこちらは私の弟です」
「どうも、ジョイル・マキオンです」
「器用なので私よりも戦力になるかもしれません」
なんて、ここでもちょっと笑いを誘いつつ、私たちは仕事に取り掛かったのだった。
「こんなにやってまだ間に合ってないの?」
「全然ですね」
布の寸法を測っては切り、測っては切り……それでもなくならない布の山……。
これは想定よりも遥かにハードだ。気が遠くなりそう。
弟は集中力の鬼なので、こんな状態でも無言で黙々と布を切り続けている。私は喋りながらやりたい。結果無視される。悲しい。いや仕事なんだから仕方ないんだけども。
「肩首が死んでる」
二日目の第一声がこれだった。
延々下を向いて作業をしているので、この世界で初めての肩凝りかもしれない。
三日目ももちろん肩首、そして背中まで死んでいた。ストレートネックかもしれない。
そんな三日目のお昼休みのこと。
弟が荷物の中から何かを取り出してきた。私が「箱?」と首を傾げると、弟はにんまりと笑う。
「これ、このアクセサリーに使えませんか」
そう言ってマリカさんに見せながら箱を開けた。
するとその箱の中にはカラフルなマキオンパールが入っている。私も初めて見た。
「それは、マキオンパールですか?」
マリカさんの瞳が輝いている。
「マキオンパールを染めてみました」
「綺麗!」
赤や青、紫に緑、それから黄色に金と銀もある。ぜーんぶ初めて見た。めっちゃ綺麗。
「これを、今の流行りの波が落ち着いたところで出したいなと思っています」
有能かー!?
「これだけたくさんの色があれば、今よりももっといろんな種類のアクセサリーが出来ると思います!」
マリカさんも大興奮のようだ。
「じゃあこっちの商談は最終日に」
「分かりました、よろしくお願いいたします!」
「こちらこそよろしくお願いします」
いやもう本当に弟が有能過ぎて私の立場がない。
いやいやでも私だってこのつまみ細工を流行らせた功労者の中の一人だもん……!
そうこうしているうちに最終日。
午前中は布と戦って、午後からは観光をさせてもらうことになっている。
もう午前中から観光のことしか考えていなかった。だって唐揚げとポテトが食べられるかもしれないんだもん。米だってあるって言ってたし、日本を思い出すような物がもっとあるかもしれない。
出来ることならクリストハルト様も連れて来たかったんだけどな。この領地を一緒に観光出来たら楽しいだろうな。
「おおおおお嬢様、お、おおおお客様です」
めちゃくちゃ焦り散らかしたお手伝いさんがマリカさんに声を掛けている。とんでもねぇ人でも来たのだろうか?
まぁでも私には関係ないだろう。
「る、ルーシャ様!」
「うん?」
名前を呼ばれたので顔を上げて、マリカさんの声がしたほうへと視線を向けると、そこには見知った顔があった。
「ルーシャ、ヤバいねここ。太る!」
「クリストハルト様!?」
右手に唐揚げ串、左手にポテト、背中に謎の大きな荷物を背負ったクリストハルト様がいた。
まさかの私にも関係ありそうな来客だった。
あれはたしかに焦り散らかすわ。
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