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コメディ系短編小説

爆弾魔の勘違い

作者: 有嶋俊成

  ーーとある立てこもり事件の話…なのだが…



「どうしても出てくる気はないのか!」

 コートを着た刑事が建物の中に大声で叫ぶ。

「うるせぇ! 俺は絶対に復讐を成功させる!」

 ビルの中に立て籠もる若い男は興奮状態だ。

「何故、こんなことをする!」刑事が男に問いかける。

「俺はな、お前ら警察のせいでとんでもない目にあったんだ! ガキの頃に…。」

「ガキの頃?」

「そうだ! だから俺はこの警察署と共に爆死する!」

 男の手には拳銃と起爆スイッチと思われるものが握られている。また、男の後ろには数人の警察職員が人質に取られている。

 刑事は遠くから男を言葉で制止し、説得を試みる。

「もう少しだけ時間をくれ! 因みに、お前と警察の間でいったい、何があったんだ。」

 刑事の言葉を耳にすると男を話始めた。

「俺にはな、仲の良い親父がいた。よくキャッチボールをしてくれた。遊園地や動物園にもよく連れて行ってくれた。それなのにある日、親父はしばらく遠くに出張に行くと言って俺の前から姿を消した。長い長い出張らしい。」

「………」刑事は黙ったまま男の声に耳を貸す。

「俺の親父は良い人間だった。悪い事なんてしない。何かの間違いだと思った。だから、俺と親父を引き裂いた警察に…仕返しをしてやるんだよぉ!」

 男のとてつもない叫びが警察署の周辺に響いた。

「なるほど……」刑事は深刻な顔をしながら頭を掻きむしる。

「さぁ! そろそろ爆破するぞ!」男がスイッチを掲げる。

「その前に会ってほしい人がいる。」刑事が制止する。

「どうせおふくろだろ。もう遅いぞ!」

 叫ぶ男を尻目に刑事は警察車両へ近づく。

「お願いします。」刑事は車両の中にいた人物を外に出るように促した。

 スーツを着たその人物は、一歩一歩、男がいる警察署の建物へと近づいていく。

「サトシ…」スーツの人物は男の名前を呼んだ。

 男はスイッチを掲げたままその人物を見つめた。

「もう出てたのかよ…」

「お前のお父様に来てもらった。」男に向かって叫ぶ刑事。

 スーツの人物は男の父親だった。

「サトシ、お前…何やってんだよ。」顔を歪めながら男に向かって声をかける男の父親。

「全部警察が悪いんだよ!」

「警察は関係無いだろ。」

「親父が一番わかるだろ!」

「だから、本当に警察は無関係なんだって。」

「うるせぇ! もうこれは俺が決めたことだ!」

 父親の言葉も聞かず、怒りに支配されている男はスイッチをさらに高く掲げる。

「出張と警察は関係無いって!」男の父親が一段、大きな声で否定する。

「もういいんだよ!」スイッチに親指を近づける男。

「沖縄に行ってたんだよ!」男の父親がさらに大声で呼びかける。

「は?」男がスイッチを掲げたまま困惑した。

「だから! 仕事の都合で沖縄県に行ってたの! 出張と警察には何の因果関係も無いの!」

 男の動きが止まる。

(沖縄…? は…?)

「沖縄の…刑務所…」

「事業所!」男の父親が続ける。「父さんの会社な、沖縄に事業所があって、父さんそこに行ってたんだよ。」

 スイッチを持っていた手が下がり、男の頭の中が急激に回転し始める。

「捕まって…」

「ないよ!」男の発言を遮って男の父親が言った。

 口を開けたまま唖然とする男。

「こういうことだ!」しばらく様子を眺めていた刑事が言った。

「ちょっと待て! ちょっと待て!」男が慌てだす。「待て待て待て! え?何? 沖縄出張⁉ は? いやいやいや、訳わかんねぇよ!」

「いやいやいや、『訳わかんねぇ』のはコッチだよ!」親指で自分を示す男の父親。

「はぁっ⁉ じゃ、何だよあの『長い出張』って!」

「出張期間が長いってことだろ!」

「急に言ってきたよな!?」

「急に決まったんだよ!」

「どこに行くか言えよ!」

「そ・れ・は、ゴメン!」

「うわーーーっ‼」両手で頭を抱える男。

 全ては男の勘違いだった。小学三年生の頃、ある日突然父親から「明日から長い出張に行ってくる。」と言われた。その時、純粋な子供だった自分は、本当に父親がどこかで頑張って働きに行くのだと思った。しかし、年を重ねて社会のあれこれを理解していくうちに、姿を現さない父親が姿を現せないのだと思うようになった。

 自分の父親が悪い人間なのか? そんなはずが無い。何かの間違いだ。だとしたら間違ったのは警察。俺と親父を引き裂いたのは警察。そうして男は復讐に燃えた。

 そして今日、実行した。そしてまた、今日、全てが勘違いだと知った。

「まさかお前、刑事ドラマでたまに見る、子どもを持つ犯人が逮捕される前、子どもにショックを受けさせないように『出張に行ってくる』と嘘をついて笑顔で別れるシーンが現実で自分に起きたと思ったのか?」

 父親の長い問いに男は憔悴した表情で頷いた。

「そんな事、現実で起きるわけないだろう!」刑事が男に叫ぶ。

「お前は黙ってろよ!」刑事に叫ぶ男。

「サトシ、まさかお前、刑事ドラマに影響されてこんな事をおこしたんじゃないだろうな?」

「そんな生ぬるい理由で警察署の全体に爆弾仕掛けねぇよ!」

「いや! 嘘だ!」刑事が叫ぶ。

「は?」困惑する男。

「さっき俺が『会ってほしい人がいる』と言った時、おふくろさんが出てくると思っただろ!」

「は?」さらに困惑する男。

「それが、お前が刑事ドラマに影響されている証拠だー!」男に叫ぶ刑事。

「バカみてぇにうるせぇなお前。」刑事に呆れる男。

「そうだったのかー! サトシー!」父親も叫ぶ。

「てめぇもバカなのか?」父親にも呆れる男。

「サトシ、父さんな、お前にいつかまた会える日を楽しみにしていたんだ。それがこんな形になるなんて…父さん悲しいぞ!」

「お前はもっと子供との別れの形考えろよ!」男が叫ぶ。

「お前、実の父親にそんな事言って良いのか!」刑事が叫ぶ。

「お前一回黙ってろよ!」刑事を制す男。「もう…俺、親父の事思ってここまで体張ったんだぞ! なのになんだよこの展開…」

「だとしてもここまでの事をする必要は無かっただろう。」男の父親が男に語り掛ける。

「親父が塀の中で息苦しい思いをしていると思ったんだよ。」

「ずっと沖縄の潮風に当たってたぞ。」

「毎日クサい飯食ってると思って…」

「ソーキそばとタコライスおいしかったぞ。」

「癒しもないものかと…」

「国際通りっ最高だった!」

「お前も黙らしてやろうか!?」父親に向かってドスの効いた声で全力で叫ぶ男。

「お前、実の父親に…」

「お前入ってくんなよ!」刑事を制す男。

 戦意を喪失し始めている男に刑事が声を掛ける。

「なぁ、もう良いだろう。もうわかっただろう。全てはお前の勘違いだった。お前はまだ誰も殺していない。今ならまだ間に合うぞ!」

「絶対ヤダよ!」男が叫ぶ。

「何でだ!」男の父親が叫ぶ。

「俺今日死ぬと思ってこの日の為に全財産使っちゃったんだよ!」

「「知らねぇよ‼」」



  ーー終わり

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