ズィ・アフロ
オーパーツとは時代錯誤の遺物である。ズィ・アフロが発見されたのは、四世紀のヒマラヤのアンダーグラウンド・サマディ蹟であった。アンダーグラウンド・サマディとは、刻々と酸素濃度が希薄になる土中の閉塞空間で、何日間も瞑想を持続しながら生死を越える修行である。
ズィ・アフロ。鬱が凝結し、躁に発散したようなものが黒猫のようにうずくまっていた。
──こんな一挿話がある。
神仙組はヨガサークルから出発したチベット仏教系の宗教法人である。猫の恩返しのジブリ性をめぐって古参と新参の対立になった。道場において円陣をなして議論を戦わしている。円の中心にいるのは組の主催者、ヴァジラヤーナを重苦しく内に秘めた、マハーヤーナのグル、絹原クルである。クルは極言した。
「これぞ神仙組だという答えを返してみよ。答えがなければ猫をポアする」
しかし誰も答えられず、羊たちの沈黙に、クルが猫を斬ろうとした当にそのとき、町井ミトマが現れた。町井はK製鋼で金属加工を研究していたが、クルの空中浮揚に憧れて出家し組員になったのである。手には3Dプリンタで模造したズィ・アフロを携えている。経緯を聞いたミトマは応じた。
「それなら私はこれを頭に載せて退出いたします」
「ミトマが来なければ猫は死んでいた。仏に逢うては仏を活かし、祖逢うては祖を活かし、羅漢に逢うては羅漢を活かしだ。最終解脱──きっと答えは風になる」
クルはヴァジラヤーナを放擲した。
ズィ・アフロがオーパーツ世界レコーズに認定されたのは、令和に元号が改まる一年前である。神仙組は認定組織への高額寄付の返礼として、来賓に招かれていた。得度した者の頭にこれがあるのは異様であること。流動性を出そうとするそばからちりぢりになって、ちりぢりになればなるほど強靭な抵抗力を持つその形状を、3Dプリンタでも完全には再現できないこと。この二点によって、ズィ・アフロはオーパーツに認定された。
認定者たちは会議が終わっても、放心したようにズィ・アフロを見つめている。これは核心に迫るときを待っている表情である。
『一体これは何なのだろう』
誰もがそう気軽に訊こうと思った。しかしその言葉が口から出ない。──瞬間、クルの愛娘、一華が町井のクルタの袖を引っ張ってこう囁いた。おまんじゅうは町井の愛称である。
「おまんじゅう、グルグルパーマのウィッグね」