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Quest 1-4 冒険者育成研修

「はいっ。これでラトナさんはパーティー『オールフォーラヴ』に登録されました。これからはお二方と一緒にクエストを受けられますよ」


「わぁっ! ありがとうございます!」


「よかったな、ラトナ」


「これで毎食スープ生活とはおさらばだわ!」


「いいえ。マナトさんとユウナさんは研修を受けていただきますから、それまではラトナさんは薬草採集のままですよ」


 あ、ラトナの顔が死んだ。


 今晩もお裾分けしてあげよう。


「じゃあ、またあとでね!」


「夕方に食堂で集合な」


「わかったの。二人もお勉強頑張って!」


 それからクエストに向かったラトナと別れ、俺たちは奥の個室へと案内された。


「そういえば研修ってどんなことするんですか? こう言ってはアレですけど私たち授業料を払えるお金とかあまりありませんけど……」


「心配はありません。有望な人材の育成もギルドの仕事の一環ですから、少なくともお二人がEランクに昇格するまでサポートいたしますよ」


 優奈はホッと胸を撫で下ろす。


 心配が解消されたのを確認すると、アリアスさんはニコニコしながら話を進める。


「昨日のうちにギルドで指南役の冒険者を確保しました。お二人のスキルや希望する役割を考慮しているので、すぐに実力がつくと思います」


「ということは私の先生は魔法使いの人ですか!?」


「はい。ユウナさんの教育担当者は魔法学院を主席で卒業した魔法使いですよ」


「お〜、主席! そんなすごい人が私を……」


「マナトさんも希望通り身体能力の強化を得意とする戦士の方です」


 アリアスさんが俺たちに冒険者としてのイロハを教えてくれる人物について教えてくれる。


 だけど、今だけは言わないでほしかった。


 なぜなら、俺はまだ優奈に自分のスキルの詳細を伝えていないから。


「戦士かー。そういえば愛人くんのスキルってどんなのか知らないんだよね。どうして教えてくれないの?」


「それはその……別にやましいわけじゃなくて……」


「ジー……」


「……笑わないと約束してくれるか?」


「うん、約束する」


 いつかはバレるだろうし、昨晩にはもっと恥ずかしいことを言った気もする。


 優奈には包み隠さずに打ち明けよう。


 あのわずかな間で急にスキルが現れた理由を考えていた。


 スキルの効果文。俺の心境の変化。優奈という存在。


 全てを考慮して、達した結論は1つ。


 俺は自分のスキルの効果を優奈に説明する。


 どうしてスキルが現れたのか、自分の予想もつけて。


 相槌を打ちながら聞いていた彼女の動きが止まる。


 真っ赤になった顔を背けて、横目で俺を見ながらゆっくりと自分を指さした。


 うなずいて肯定する。


「「…………」」


「微笑ましいところ申し訳ないですが、教育担当を待たしているのでお呼びしてもいいですか?」


「「は、はひっ!」」


 揃って声が裏返る。


 ……穴があったら入りてぇ。


「お二人とも入ってきて大丈夫ですよ〜」


 アリアスさんが手を叩くと、男女のペアが入ってくる。


 黒髪に赤のメッシュが目立つ男性。


 胸と小手を革装備で固めていて、腰に2本の短剣を挿している。反対側のウエストホルダーはパンパンに膨れ上がっていた。


 次いで頭にとんがり帽子を被った白髪の魔法使い。


 帽子もデカいけど胸もデカい。いや、尻も身長もデカい。


 黒のローブをまとっているが、全てがビッグサイズの彼女の肌を隠しきれていなかった。


「それではまずは自己紹介といきましょうか」


 呆然としていた俺たちだったが、アリアスさんに促されて慌てて立ち上がる。


「マナトです。これからよろしくお願いします」


「ユウナって言います。引き受けてくれてありがとうございます」


「いえ、お気になさらず。僕たちもギルドの信頼と高額報酬をいただいて美味しい思いをしていますから」


 そう言うと彼はビシッと足を揃えて、お辞儀をする。


「本日から君たちの教育担当になるCランク冒険者、エトラーです。以後よろしくお願いします」


「この堅苦しい彼と同じくCランク冒険者のハルジェシカ。ジェシーって呼んでね」


「ジェシー。ギルド経由とはいえ相手は依頼主です。あまり失礼な態度は取らないようにとあれほど」


「これから後輩ちゃんになるんだし別にいいでしょう? あなたみたいな堅物といたら、この子たちだって疲れちゃうわよ」


「それを言うなら君の服装も少年少女には害だと思いますが。着替えた方がいい」


「これくらいはファッションよ。これだから20になっても童貞の男は困っちゃうわ」


「「…………」」


 剣呑な雰囲気が漂い始める。


 ……濃い人が来たなぁ。


 二人のやりとりを眺めながら、そんなことを思っていた。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 あの後、アリアスさんが場を収めて俺とエトラーさんは街から少し離れた草原へ歩いていた。


 優奈は魔法使いとしての知識を増やすべく、ギルドでジェシーさんの授業を受けている。


「先ほどは醜いところを見せてしまいましたね」


「い、いや、別に気にしてないから大丈夫ですよ」


「彼女とは小さい頃からの仲でして。昔はもっと大人しかったのに、どうしてあんな風になってしまったのか」


「じゃあ、ジェシーさんとは幼なじみなんですね」


「ただの腐れ縁です。たまたま学び舎も職業も同じだっただけのね」


 ……それはもう偶然を通り越して運命なのでは?


 思うだけで指摘はしない。地雷は踏んではいけない。


「僕の話はいいのです。時にマナト君。君は魔物を殺した経験はありますか?」


「ゴブリンなら10数匹ほどあります」


「よろしい。君には冒険者の才能がある」


「才能? 俺に?」


「ええ。冒険者として大成するには3つの素質が必要という持論があります。何だと思いますか?」


「スキルは当然として、腕力に知識……とか?」


「違います」


 エトラーさんは3本の指を立てると、初心者の俺にもわかりやすく説明を始めてくれる。


「1つ、魔物を躊躇なく殺せる。2つ、魔物をつぶす感触に嫌悪感を抱かない。3つ、魔物に対して優越感を持たない。この3つが私が考える冒険者に必要な素質です」


「意識の問題ってことですか?」


「そう受け取ってもらって構いません。魔物を殺せない志望者は毎年いるんですよ。そして、魔物を殺した瞬間の肉感、血しぶき。これらに対して拒絶反応を起こす人たちも同じく。最後のは……単純に油断は命取りですから」


 そんな風に考えたことはなかった。


 やはりこの世界出身の、先輩冒険者の意見は参考になる。


 不幸中の幸いか、俺は魔物を殺すことに嫌悪感はなかった。


 深く悩んでしまう前に戦闘を経験したおかげで耐性ができたのかもしれない。


「どんなに強いスキルも使用者がただの一般人では宝の持ち腐れ。真価は発揮されないでしょう」


 彼の話を聞いて、森での一幕を思いだす。


 夏沢や冬峰は死体にすら近づこうとしていなかったな……。


 ずっと魔物と戦っていた俺はそこら辺の感覚が変わってしまったんだろうな。


「だからこそ、すでに討伐経験のあるマナト君には才能があると判断しました。僕が君に教えるのは戦闘技術と心構えの作り方」


 そう言うとエトラーさんはウエストホルダーから1本の試験官を取り出す。


 紫色の液体がちゃぷちゃぷと揺れていた。


「今からこれを使って魔物を呼び寄せます」


 前方に放り投げられたそれは弧を描いて地面に落ちる。


 試験官が割れて液が漏れだすと、甘い香りが漂い始めた。


「エトラーさん。これはいったい……?」


「あの液体は女性特有のフェロモンを発生させるもの。少しすれば女がいると勘違いした魔物が……ほら、やってきました」


 エトラーさんが指さす先には確かにゴブリンが3匹いた。


 下卑た笑みを浮かべて、こん棒を振り回しながら匂いの下へと近づいている。


「さて、ゴブリンが罠だと気づく前に狩ってしまいましょう。僕が2匹受け持ちますから、君は左側のゴブリンを」


「えっ!? 俺、何も武器持っていませんよ!?」


「問題ありません。僕の見立てでは君は素手でもゴブリンに勝てる。スキルを認識した今の君ならね」


 ……そうだった。スキルがなかったあの時とは違う。


 スキル【真の勇者になりし者】は心から想う仲間が増えるたびに強くなる。


 今の俺には優奈という大切な人がいる。


 この気持ちが俺に力を与えてくれるはずだ……!


「ふぅ……よし! 行けます!」


 意識を切り替えるとエネルギーが全身にみなぎる感覚があった。


 戦意をターゲットのゴブリンに向ける。


「僕が先陣を切ります。少し遅れる形で参戦してください!」


 飛び出したエトラーさんは短剣を抜くと、左端のゴブリンの足元へと投擲して一歩遅らせる。


 これで2対1の構図が出来上がった。


「【戦の女神よ、我に加護を与えたまえ。肉体強化ビルドアップ】」


 スキルの発動を完了させると、エトラーさんの体が白く発光する。


 すると、彼は防御態勢も取らずに大きく手を振りかぶった。


 その隙は攻撃するには十分すぎる。


「危ない!」


 全身にたたきつけられるこん棒。


 確かな手ごたえを感じたゴブリンたちの笑みが深くなる。


 ――その瞬間、エトラーさんの拳が顔面に突き刺さった。


「ギャゥッ!?」


 殴り飛ばされた仲間へと意識が向いてしまうゴブリン。


 奴が隙を晒したのに気づいたのは、エトラーさんの蹴りが頭蓋を歪ませた後だった。


 ……はんぱねぇ。


「このようにR級のスキルでも野良ゴブリン程度の攻撃ならダメージはありませんし、一撃で片が付きます。命の危険はほとんどない」


「は、はぁ……」


 ゴブリンを踏みつぶしたまま、エトラーさんは俺への授業を続ける。


「ですから、しばらくはゴブリンで魔物との戦闘経験を積みましょう。ほら、うしろ」


「あっ、忘れてた!?」


 慌てて振り返ると、すでに残ったゴブリンが離れていた。


 緑の後ろ姿は遠い。追いつけるか? 


 ……違う。追いついてみせる!


 力強く大地を蹴りつける。大きく一歩を踏み出すと、明らかに速度が今までと違っていた。


「うおっ!? やべぇ!?」


 速すぎる! これが俺を強くしてくれるスキルの力か!?


 どんどん加速していき、ゴブリンを捉えて、追い越してしまった。


「行き過ぎぃっと!」


 回り込む形になった俺は体の向きを入れ替えると同時にゴブリンへと突っ込む。


「ギャァッ!?」


「一発喰らってくれやぁ!!」


 勢いを乗せて右足を振りぬく。


 メキッと骨を砕く音が鳴る。


 圧倒的な速さに反応できないゴブリンはなすすべなく吹き飛ばされた。


「はぁ……はぁ……ふー」


 慣れていないのは俺も同じか。


 荒れた呼吸を整えていく。今までに感じた覚えのない疲労感が全身を襲う。


 だけど、それ以上の達成感があった。


 ……やばい。嬉しい……!


「お疲れ様です。まだまだ粗削りですが初戦としては十分でしょう」


「エトラーさん……」


 労わってくれた彼は俺の様子を見て、満足げにうなずく。


「これなら当初より段階を飛ばして、今日からスキルを活かすための肉体作りも並行できるでしょう。……できますよね?」


 確かにスキルを使ってゴブリンを倒せた。


 だけど、使いこなせてはいない。強力なスキルに振り回された形だ。


 ……俺はもっともっと強くなりたい。


 ぎゅっとこぶしを握り締めた。


「お願いします! エトラー先生!!」


「ええ、こちらこそ」


 俺の返事を聞いて、彼は小さく笑みを浮かべた。

いつもありがとうございます。

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