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Quest 2-10 キング 

 世界は俺を中心に回っている。


 そんなめでたい思考にとらわれるほど、俺は子供じゃない。


 全国模試で日本一になったわけでも、所属するサッカー部を全国大会に導いたわけでもない。


 だけど、それでよかった。


 果てしない努力をして得られるかわからない地位より、ちょっとの努力でもてはやしてくれる場所の方が心地よかった。


 出会う人間が頭を垂れるのならば、小さな世界で構わない。


 世界の中心にいないなら、俺が最も尊ばれる世界を作りあげればいい。


 俺は自分の人生を王様として過ごしたいのだ。


 だから、王様(オレ)の決定に歯向かう奴は気に入らない。


「うらぁぁ!」


 スキルで召喚した大英雄の剣を振り下ろし、魔物の命を絶つ。


 ダンジョンに入ってどれほどのスライムを討伐したか。


 しかし、俺の溜飲が下がることはなかった。


「クソッ! 忌々しい……!」


 生気を失い、自殺してもおかしくなかった人間がどうして自信を取り戻している?


 それに俺よりも江越が魅力的だと? 


 ありえねぇ。この世界の奴らは美醜感覚でも狂ってんのか。


 だが、なによりも許せないのがあいつが俺の心配をしていたということだ。


 脇役が主人公の俺をだ。


 いつからそんなに偉くなったんだよ。


 無能でも出来たことが俺に出来ないわけがないだろうが!


「お疲れ様、宮城君。回復薬使っておく?」


「……いや、今はいい。このまま進むぞ」


「うん、わかった。何かあったら教えてね。なんでもするから」


 そう言って野木は後方の集団に戻った。


 野木は肌を焼き、金髪に染めた絵に描いたギャルの見本みたいな女だ。


 学年とも俺たちに次いで、トップカーストに位置している。


 そんな野木でも俺に媚を売って、機嫌を損なわないように振る舞っている。


 それが正しい。


 俺と持たざる者のあるべき距離感なのに、江越の野郎は……!


 ……ああ、ダメだ。


 どうあがいても苛立ちが収まりつきそうにない。


「さすが修司。俺たちがいなくても余裕だな」


「小野田……。どれだけ強くても所詮はスライムだ」


「たしかに! ゲームじゃ雑魚だし、もしかしてこっちの人たちってめっちゃ弱いのかも」


「ふっ、いいじゃねぇか。おかげで俺たちがいい思いをできる」


「それな!」


 俺とよくつるむグループの小野田が笑顔で答える。


 よく言えばムードメーカー、悪く言えばお調子者。


 軽薄な奴だが、その明るさはダンジョンに必要なものだ。笑っていられるだけマシだろう。


 さっきから死体を見るたびに顔色を悪くさせるだけの役立たずたちに比べればな。


「みんな何で怖がってるんだろうな。こんなのゲームと一緒じゃん」


「そう言ってやるな。そう簡単に割り切れない奴だっている」


「さすが人気者は優しいね~。イケメンで心の器まで広かったら、俺なんて勝てねぇよ」


 小野田は嘘のつけない奴だ。本心から言っているとわかるから、グループにおいてやっている。


 そのくせ人の嘘は見抜けないのだから、こいつの将来は搾取されて終わるのだろう。


「修司がいたら楽勝だな。俺にも格好いい出番くれよ」


「仕方ないな。なら、曲がり角に魔物がいないか見てきてくれ」


「オッケー。それくらいお安い御用だ」


 小野田は慎重の言葉を知らないのかという勢いでT字路に飛び出ると、左右を確認した。


 こちらに振り向き、グッと親指を立てる。


「おーい! 大丈夫だぜ! 右と左どっちにーー」


 そして、その続きは紡がれることはなかった。


 紫の触手が通り抜けると、遅れてぐちゃりと音がする。


 小野田の首が落ちて、ドロドロと液状になった。


「きゃぁぁぁぁああ!」


「お、おの……うぇぅろろろぉぉ」


「お、小野田君!?」


 やかましい悲鳴を背後にして、俺は正面から視線をそらさない。


 伸びた触手は小野田の体を優しく包み込み、咀嚼するように溶かしていく。


 小野田と呼べる存在は完全に消滅し、ただあいつが装備していた武器や防具だけが取り残される。


 初めて見る死体に思考が乱れる。思考が逃走へと切り替わる。


 しかし、それらを抑え込んだのもまた後方のクラスメイトの叫び声だった。


 王である俺がみっともなく逃げだせば、今まで積み上げてきた地位はもろく崩れ去ってしまう。


 十数年の栄光が意味を失う別種の危機感が俺を奮い立たせている。


「み、宮城君! 逃げよう! 絶対やばいって!」


「だったら、お前がそいつら連れて先に逃げろ。戦えるならな」


「そ、それは……。あんなの気持ち悪いし……」


「できないなら俺の邪魔にならないように離れておけ。心配するな。この俺が負けると思うのか?」


 そう言うと野木はブンブンと顔を振った。


「おら! あんたらも下がるよ!」


 吐いてうずくまる男子を引きずってまで、俺から一定の距離をとる。


 派手な見かけによらず、存外賢しい。


 大人になって昇り詰めるのはそういう人種だろう。


 だが、俺はそいつらを従わせるさらに一つ上のランクに立つ者。


 その役目として、時に守ってやる必要がある。


 簡単な作業で一生の忠誠を買えるのならば、喜んで受けよう。


 そして、触手の正体はぬめりと姿を現した。


「あぁ……? いタ、いた……ぼすガいってタ、ニんげん」


 ……なんだ、こいつ。


 歪とは言え、人の言葉を確かに発している。


 今までのスライムとはサイズも容姿も大きく異なる。


 明らかに感じる圧が違う。


「おまエたちクえバ、アイツ、ここニクる」


「あいつ……?」


「オレにキズつけタ、あノオトコ……」


 つまり、こいつを追い詰めた男がいるってことか?


 俺たちよりも先にダンジョンでこいつに出会える可能性があるのは冒険者くらいで……あっ。


『国が出しゃばって来なかったら俺たちが倒した』


 入り口のやり取りでのあいつの言葉が駆け巡る。


「江越のことか……!」


 あふれ出る憎しみで表情がこわばる。


 だが、怒りに支配されてはいけない。王宮の騎士から学んだ教えを思い出す。


 深呼吸して、冷静に状況を整理する。


 話を統合するに、こいつは無能(えごし)にも倒されかけた弱者というわけだ。


 冒険者が事前に傷を与えている情報は聞いている。それがあの無能だった。


 キングは恨みを晴らすべくダンジョンで暴れまわっている。


 なんだ。それだけのことか。


 やはり逃げなかった判断は正しかった。


 大英雄の剣で一太刀浴びせれば、それで終わりだ。


「ユウしゃ、クえバ……オレもぼすとオナじ、すがタにキット……」


「悪いな。お前の恨みは代わりに俺が晴らしてやるからさ」


 スキルで呼び出す大英雄の剣は使用者に最適な剣となる。


 たとえ素人でも容易に扱えるし、見た目は大剣でも軽く振り回せる。


 スライムは一つも動きを見せない。


 そういえば、こいつはキングって呼ばれているんだったな。


 俺を見下しているわけだ。本当の強者はどちらかも推し量れずに。


 かわいそうな奴だ。


「死んでくれ、キング! 今度はもっと強くなってから王を名乗れよ!」


 接近した俺は頭上に掲げた剣を振り下ろす。


 ギィィンと金属音が鳴って――大英雄の剣は真っ二つに折れていた。

いつも読んでいただきありがとうございます。

これからも頑張ってまいりますので、応援の方よろしくお願いします!

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