王女、鍛える
魔法習得を断念し、枕を涙で濡らした夜。
日課となった金の糸を操るトレーニングしていると気づいた。
(糸が伸びた)
これまで1ミリと伸びなかったものが、いきなり2倍に伸びた。思い当たる節と言えば魔法挫折事件しかない。私の挫折による反動ではなく、あの水の球体が消えたことだろう、きっと。
水で成長するわけではない。それなら今までの手洗いや湯浴みでいくらでも育っていた。
(魔力しかない!)
魔法は挫折したが、まだ私にはこんなにもファンタジーなものが手にあった。
しかし、確かめるための魔力は既に空になっていたを思い出した。思い通りにならないストレスで暴れそうになったが、気を取り直して金の糸に意識を向ける。
短すぎて今まで確認する気も起きなかったことが幾つかある。
強度やどんな用途に使えるか、など検証することは山ほどある。いや、する気はあったのだ。あったのだが、短すぎて何もできなかっただけだ。
糸と言えば思いつくのは蜘蛛男。縦横無尽に動けたら、それはかっこいいね!
もし糸が切断に使えるなら水鳥の拳ごっこもできる。リアルにやるとグロすぎてやりたくはないんだけど。
私はこれまでのことを逡巡して落ち着く。
(期待したら裏切られる)
なんだか悲しくなって静かに眠る。
翌日、魔力が回復したので、糸に餌を与えるために水の球体を生み出して手の平に落とした。
しかし、昨日のような現象は起きず、無駄にベッドを濡らし、侍女に見つかった怒られた。
(解せぬ)
気づいたら4歳になっていた。
何も進展しないでぼんやりとしていただけだ。私は悪くない。
平和だね、まったく。
他の異世界転生の主人公達に悪いと思うほど平和だ。ものによれば転生して即バトルで死にそうになるものもあるだろう。
転生ものといえば食文化のあれこれだろう。いやね、わかる。現代の料理は恋しい。しかし、前世の私は料理スキルはないし知識もない。そもそもこの世界の事情すらまだ把握していないので、それを思案する段階にすら至ってない。
赤ん坊から転生してみなさいよ。味なんて考慮されてないミルクと素材そのままの味の離乳食で過ごしていたら、硬いパンや野菜や果物の食感だけでも感動したものだ。今ならチョコレート一口で感動で涙しそうだ。
知識チートがあれば、素材から作り出せるだろうに。
(わからんものは他の転生者に任せよう)
女神の言葉を信じるなら私だけではないはずだ。その者達ならばきっとチートで現代料理を開発して広めてくれるに違いない。
面倒なときは白米に塩を振って満足していた私に、料理関連は期待しないでもらいたい。
4歳になって変わったことの一つ。
弟のリドテックが私の周りをちょろちょろするようになったことだ。
暇つぶしに彼を立派な王にすべく、適当な帝王学を教え、自分のついでに体を鍛えることにした。
ろくでなしになって暗殺されたり、変な恨みを買って暗殺されたり、私を担ごうとした連中に暗殺されたりされたら私が苦労すること間違いなし。
もっとも、まともであっても暗殺されることもあるだろうが。
残念ながら前世の私に学などない。よって帝王学など全くご存知ない。私が知っているのは物語の「できる王」や「いい王」だ。ご都合主義に守られた空想の王。
「国にとって民衆こそ宝だ」
「民を守らずして何が王だ」
とか
「悪しきは断罪せよ、容赦はいらん」
「己が正義を貫け、悪に挫くな」
とか適当に。
いいんだよ、理想は高くて。3歳になった子供だから全てを理解することも無理だろうし。