リークと祖父母
「リーク! どこいったんじゃリーク」
街から少し離れた山奥で籠を背負った男が叫んでいる。
その男は少しピンクがかった白髪をしており顔のシワを見る限りだと年齢は70前後といったところだ。
しかしその顔に似合わず腰は真っ直ぐでガタイはよくまだまだ現役で働けるぞと言わんばかりの体格だった。
「じいちゃん、ここここ」
じいちゃんと呼ばれた白髪の男はその声がする方へ振り向く。
「そこにおったのかリーク」
そこにはクリーム色の髪をボサボサにして何か得意げな顔をしているリークと呼ばれる少年が茂みの中から顔を出していた。
「なんじゃその格好は泥だらけじゃないか」
「いやあ、ここに珍しいキノコが生えてたからさ今採ってたところなんだよ」
リークの手にはキノコがいくつか握られていた。
「こんなところで珍しいキノコを見つけるなんて俺って才能あるんじゃない?」
「何が才能じゃ、それは毒キノコじゃさっさと捨てろ」
「げっまじ?」
リークはそれを聞いてとっさに手に持っていたキノコを全て投げ捨てた。
「ほら毒キノコのせいで手がかぶれているじゃろ」
「ほんとだ、どおりでさっきからヒリヒリすると思った」
こんなんでこいつはこの先やっていけるのかとリークの祖父ダチュラは心底心配になってきた。
「ほらこっちこい、今治してやるからの」
ダチュラはそう言って腰に付けていた小物入れから緑色の液体の入った瓶を取り出した。
ダチュラは瓶からジェル状の液を指ですくい取りリークのかぶれている場所に塗り付けた。
すると塗り付けた液体がほんの少し光ったかと思うとかぶれた皮膚がみるみるうちに治っていった。
「やっぱりいつ見てもすごいよなーこの薬」
リークは自分の手を眺めながら感心していた。
「そりゃそうじゃ、なんせ魔術が施されているからの」
「魔術かー、なあじいちゃん!俺にもできるようになるかな?」
「無理じゃな」
目をキラキラ輝かせながら質問したリークをダチュラはたった一言で一蹴する。
「即答かよ」
「前にも話したじゃろ? 魔術というのはそういった家系の者にしか扱うことはできん、それに…」
ダチュラが言いかける前にリークが遮る。
「それに私たちは魔術師の家系じゃない、そもそも魔術師は数百人に一人いるかいないかでしょ?」
「覚えておるならわざわざ聞くんじゃない」
「だってー」
「まったくお前は今年で15になったんじゃろ? 少しは大人らしくせんか!」
やれやれとダチュラは薬を小物入れにしまい歩き出す。
「もう予定の時間は過ぎとる、早く帰らんと婆さんが心配するぞ」
「今日は山菜しかとれてないじゃんこのまま帰っていいの?」
「心配せんでも今日の食事の分はまだ家に蓄えはある」
「だいたいさーこんな山奥に行かずに街に行って食料買えばいいじゃん」
リークは両手を頭の後ろに組みながら不満げに口にした。
「金を使わなくて済む方法があるならそっちを選ぶべきじゃろ」
「貧乏性だなあ、魔術が施された薬を買えるくせに」
「その魔術の薬を買ってるから他で節約しとるんじゃないか!」
リークの最後の一言がダチュラの逆鱗に触れてしまった。
「そもそもお前さんが魔術の薬を使用しないといけないレベルの怪我を何度もしとるから食費が削られてるんじゃろうが」
「魔術の薬は高価な物で本当はこんなにぽんぽん使ってよい品物じゃないんじゃぞ」
こうなったじいちゃんは止められない、そう思ったリークは心を無にしてダチュラの説教を右耳から左耳へと聞き流した。
結局ダチュラの説教は下山するまで続いた。
説教しながら下山したせいかダチュラは息が荒く疲弊しきっていた。
「ちょ、リーク…休ませてくれんか」
「しょうがないな、少しだけだよ」
近くにちょうどよい岩があったので二人はそこに腰掛けた。
ダチュラは家から持ってきいた水を飲み息を整え、 リークはダチュラが落ち着くのを隣で空を眺めながら待っていた。
しばらくするとダチュラは回復し息遣いも整ってきた。
「もう大丈夫かじいちゃん?」
リークは腰を上げダチュラが立ち上がるのを待っていた。
「なぁリークよ、今年がなんの年か覚えておるか?」
「ん?なにかあったっけ?」
リークは心当たりがなく首を傾げる。
「やはりの……いいかリーク今年は徴兵の年じゃ」
「ああ、あの十年に一度あるっていうあの?」
リークは徴兵という言葉を聞いて今年がなんの年か思い出した。
この国には十年に一度、国中から15歳以上の国民を丁度百人魔術師協会に集めるという制度がある。
徴兵される者は通知が来るまで明かされずランダムなのかそれとも国の偉い誰かが百人選ぶのかそれすらも不明である。
一つ分かっていることは選ばれた百人は試練を受けて合格すれば国を守る兵士でも位の高い役職や国王の城で働かせて貰えるなど将来困ることなく暮らせていけるだけの地位になれるということだけだ。
こんな地位は上級国民やエリートでしかなれるものじゃない、つまりそれ以外の国中の人間はこの百人に選ばれる事を夢見ている。
「そうか、俺も今年で15になったからその権利が与えられるのか!」
「そうじゃ」
「楽しみだな、俺選ばれないかな」
期待に胸を膨らませてるリークをダチュラは少し悲しげな表情で見つめている。
「どうしたじいちゃん? そんな悲しい顔して」
「なんでもない、もう休憩は充分じゃ早く帰るぞ」
「ん? わかった」
リークは疑問に思いつつもこれ以上触れない事にした。
帰り道は下山の時と違い静かだった。
リークは気まずさを感じていたがやはりダチュラのあの表情が気になり話しかけづらかった。
家に帰ると玄関の前に長い黄色い髪を一本の三つ編みにしているダチュラとほぼ同じ年齢だと思われる女性が立っていた。
リークの祖母のオミナである。
「ばあちゃんただいま!」
「お帰りリーク」
そう言ったオミナの表情はどこか険しい顔をしていた。
それに気づいたダチュラは何かあったのかと勘付き、リークに気づかれぬようオミナに事情を聞いた。
するとオミナは一つの封筒を取り出した。
ダチュラはそれを受け取り送り主を確認する。
そこには魔術師協会と書かれていた。
「これは……」
「リーク宛に届いていたの……」
魔術師協会から封筒が届くなど理由は一つしかない。
しかもこの時期だ、ダチュラはすぐに理解した。
リークが徴兵を受ける百人に選ばれたのだと。