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いち

タイトル、魔王の二つ名協力:砂月美乃さん、Peaceさん

本当にありがとう・:*+.\(( °ω° ))/.:+

 勇者は遂に辿り着いた。

「混沌に蠢く宵闇」と渾名され、人々に恐れられている魔王の居室に。


 ここに来るまで、彼はさまざまな苦難を歩んできた。

 供はなく、たった一人で数多の魔物と対峙してはその命を屠る日々。

 勇者の証である聖剣に綻びはないものの、身を守る鎧や盾はボロボロで崩壊寸前。

 国を出る前はあれほどあったポーションや丸薬の類もとうになくなり、体力も気力ももはや限界だ。


 しかし彼はどうしても国に帰らねばならなかった。

 出立間際、愛する妻に言われていたのだ。

 必ず帰ってきてね……と。


 手強い魔族を斃して辺りを見回すと、自分のほかに動いている者は誰もいなかった。

 斃れた者たちが放つ異臭が、鼻につく。

 彼は微かに眉を潜めながらも、奥に向かって静かに歩みを進めた。

 魔王城の中でも一際深く、ドロリとした魔力を放つ部屋に向かって。


 褐色の大きなドアを開けると……だだっ広い部屋の最奥、禍々しい装飾の施された玉座があった。

 肘掛に頬杖を突きながら、気怠げな表情で血色のワインを飲んでいる男が勇者をチラリと一瞥し、しかしすぐに顔を背けた。なんの興味もない……と言いたげな顔である。

 見るからに細身の体躯。見た目だけなら勇者がこれまで倒してきた魔物の方が大きくて、よっぽど恐ろしい。

 しかしその身からは感じられる負の魔力は、彼が対峙したどんな魔物よりも強大で、醜悪である。

 

――これが、魔王か。


 勇者の喉がゴクリと鳴る。

 良くて辛勝、最悪相打ちで勇者自身も死ぬかもしれない。


――だが、俺は死ねない。


 彼は国を発つ前に、妻に約束させられたのだ。

 必ず生きて戻ると。

 約束を破ることは許されない。

 絶対にだ。

 

 勇者は手の中の聖剣を握り直して口を開いた。


「魔王! この光の聖剣で、お前を滅するっ!!」


 勇者の魔力が篭った聖剣が、紅蓮の炎を纏わせる。


「ふっ……ちょこざいな。人間如きに我が斃せると思うたか」


 ワイングラスを床に叩きつけ、ユラリ立ち上がった魔王。足元に広がっていた影がザワリと音を立てて散り、瞬く間に勇者を包囲する。触手のように伸びたそれは、今にも勇者の全身を貫こうと身構えている。


 しかし勇者も魔王も、睨み合ったまま一歩も動かない。

 下手に仕掛ければ負けるーーそれがわかっているからこそ、お互い動けずにいるのだ。

 やがて、影の一端が微かに揺れた。

 それが合図とばかりに、勇者が魔王に向かって一気に間合いを詰める。


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 聖なる炎を纏った剣が、魔王の喉元に向かって繰り出される。

 だがそれは魔力の盾に遮られ、魔王の体を少しも傷つけることはできなかった。


「ちぃっ!」


 渾身の一撃を遮られ、思わず舌打ちが鳴る。

 すぐさま次の一刀を浴びせるも、またもや防がれる。

 背後から迫りくる影の触手の切り落としているところで、魔王の雷撃が勇者目がけて矢のように降り注ぐ。

 勇者はすぐさまその場を飛びすさり、防御魔法を展開して全て防いだ。


 全てが一瞬のうちに行われ、互いの間を勇者によって切られた触手が黒い霧となってサラサラと消えて行った。


「これはなかなか……人間にしてはやるではないか。剣技だけでなく魔法も使えるとは。今までこの城に来た勇者の中で、一番の力を持っているやもしれぬな」


「俺は神の加護を受けた、世界一の勇者だからな。必ずお前を斃す!」


「くくく……人間風情が調子に乗るなよ」


 魔王の右手から黒い靄の塊が生まれ、勇者に向かって放たれる。それを聖剣で一薙した勇者は、そのまま魔王に向かって突進し……。


 長い長い戦闘の末、気付けば立っているのは勇者ただ一人となった。

 触手は全て消え失せて、魔王自身も床に這いつくばったまま動けずにいる。


「まさか、こんなことが……」


 大漁の血をゴフリと吐き、息も絶え絶えに魔王が呟いた。


「言っただろう、俺は世界一の勇者だと」


「その名は伊達ではなかったと言うことか」


 辛うじて会話を交わしているものの、魔王の命は風前の灯。休息さえ取れればすぐにまた戦うことはできるだろうが、それを勇者が認めるとは思えない。

 魔王は死を覚悟した。


「一思いにやるがよい」


 聖剣を握り直し、魔王の心臓の上で構える。

 そしてその体を一気に貫こうとしたそのとき。


 ♩てぃろりろりーん てぃろりろりーん♩


 シリアスな空気を一瞬で吹き飛ばす、間抜けな音楽が鳴り響いた。


「はっ!?」


 突然鳴り響く奇妙な音に、ポカンと口を開ける魔王。対して勇者は体をビクリと振るわせると、慌てて首に下げていたペンダントを引き寄せた。


「……なんだそれは」


「通信機だけど、ちょっと待ってくれ」


「おい、今はそういう空気じゃないだろう? 我を消滅させる絶好のチャンスではないのか!?」


「いやそうなんだけど! でも五コール以内に出ないとまずいんだよ!」


 顔を青くしながら焦る勇者に、それ以上魔王も何も言えなかった。


「すまん、すぐ終わるから! あー、もしもし?」


 魔王に向かってすまん! とジェスチャーしながら通信機に話しかける勇者。

 すると。


『ちょっとーーー! なんですぐ出ないのよっ!!』


 けたたましい声が通信機の向こうから聞こえてきた。


「ご、ごめん。今ちょっと魔王と戦っててたから」


『はぁっ、そんなの関係ないでしょう!? 通信機がなったらすぐに出なさいって言ったわよねぇ?』


「え、でも今四コールで出たと」


『四コールも五コールも変わんないわよ! これからは二コールで出なさい』


「そんなぁ!」


 勇者の口から悲痛な叫び声が漏れる。

「混沌に蠢く宵闇」と対峙しても決して臆することのなかった勇者の狼狽ぶりに、魔王は内心狼狽るばかりである。


『あのさ、アンタ国を旅立つとき、なんて言ったか覚えてる?』


「えっと、一年後には必ず戻ると……」


『今日がその一年後なんですけど』


「あっ……」


 勇者の顔が面白いくらいに青褪める。

 実は今日は、勇者の息子の誕生日なのだ。

 妻が出産直後に旅立たなくてはならなかった勇者は、体力を使い果たしてヘロヘロの妻に誓ったのだ。


 この子の一歳の誕生日は、家族全員で祝おう……と。


 たった一人で魔族に挑む勇者に、正直その約束は果たせるかどうかわからなかった。

 しかしそう言わざるを得なかったのだ。

 でなければ妻は、魔王城に夫を派遣すると決めた国王に殴り込みを掛けたはず。気の強い妻なら、騎士だろうが国王だろうが誰彼構わずヤっただろう。

 そんなことになれば妻は不敬罪で投獄される。最悪……いや、かなりの確率で処刑されることは目に見えている。

 それを防ぐために、勇者は約束せずにおれなかったのだ。

 一年で戻ると。

 しかし、まさか今日がその一年だとは思わなかった。


「ご、ごめん。今すぐ魔王にとどめを刺して帰るから!」


『とどめを刺すだぁ? そんなのいいから、今すぐ帰ってきなさい!!』


「えっ、でもあと一撃で斃せるんだよ!?」


『アンタねぇ、魔王と我が子とどっちが大切なのよ。パパが帰ってこないからケーキが食べられないって泣いてるんだからねっ!』


「それは申し訳ないことをしたと……でもすぐだから! 心臓を刺せば終わりだから!!」


『こっちはもう一分一秒が待てないっつってんのよ! 今すぐ帰ってこなかったら、子ども連れて実家に帰るからね!!』


「えっ、ちょ、待って!」


 ガチャン。

 ツーツーツー……。


 切れた通信機を見つめながら、呆然と立ち尽くす勇者。

 嫁の声が大きすぎたため、その会話は魔王の耳にも届いていた。


 なんとも言えない沈黙が、部屋に落ちる。


 やがて勇者は聖剣を握った手を力なく下ろし、


「ごめん、帰るわ……」


 ポツリ呟いた。


「……は? 本気か?」


「いや、俺もとどめを刺す気満々だったんだが……実家に帰るって言われたら、戻らないわけにはいかないだろ?」


「そんなっ! お前は本当にそれでいいのかっ!?」


「いいわけない! 俺だってこの日のために一年間苦難の道を歩んできたんだ! けれど……嫁は絶対なんだ……機嫌を損ねたら、俺がヤられる……」


 どことなく怯えたような表情を浮かべる勇者に、魔王も同情した顔になってしまったのは仕方のない話だろう。


「じゃあ俺行くけど、必ずまた戻ってくる。そして次こそお前を倒してやるからな!」


 キリッとした顔でそう言った勇者の姿は、次の瞬間にはかき消えていた。

 転移の技を使ったのだろう。


 シンと静まりかえった部屋の中。


「……なんだこの茶番は」


 呆れたように呟いた魔王の声が、しらけた空気に溶けて消えた。

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