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幻想神姫ヴァルキュリア・ミラージュ  作者: 黒陽 光
Chapter-03『BLACK EXECUTER』
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第三章:Telescope Lovers

 第三章:Telescope Lovers



「…………」

 ――――真夜中。

 草木も眠る丑三つ時を直前に控えた、そんな夜更けのこと。家に戻ってきた戒斗は自室の扉をそっと開けると、極力物音を立てないようにしつつ部屋の中に忍び込む。

 自分の部屋の中に忍び込む、というのも変な言い方だが、とにかく戒斗はそうやって出来る限り気配を消しつつ、抜き足差し足で住み慣れた部屋の中に足を踏み入れていた。

「……アンジェ」

 パタン、と扉を静かに後ろ手に閉めつつ、戒斗が様子を窺うのはベッドの上。そこに横たわって静かに寝息を立てるアンジェの様子を、彼は複雑な表情で見つめる。

 そんな彼女を見ながら、戒斗は足音を忍ばせつつデスクの方に歩き。その上にそっと、ジーンズのポケットから引っ張り出した車のキーをコトンと置いた。

 キーを置いた後で、戒斗はアンジェの眠るベッドの隅にそっと腰掛ける。

「ん……カイト、おかえり」

 すると、すぐ傍に座った彼の気配で目を覚ましたらしく。そっと瞼を開いたアンジェが自分の傍に座る戒斗の顔を見つめながら、寝ぼけた調子で彼にそう言う。

 言いながら、目覚めたアンジェはそっと左手を戒斗の頬に伸ばした。

 ――――ひんやりとした細い指先が、そっと頬を撫でる。

「悪い、起こしちまったか」

 そんな心地のいい感触を感じながら、彼女のほっそりとした指先に頬を撫でられながら。戒斗は目を覚ましたアンジェに対して小さくそう詫びる。

 するとアンジェはううん、と首を横に振り、伸ばした手で戒斗の頬を撫で続けながら、やはり寝ぼけた調子でこう言った。

「待ってたよ…………おかえり、カイト」

 そう、寝ぼけた顔で微笑みながら……とても嬉しそうに。

「……ごめんな、大事なときに逃げ出しちまって」

「仕方ないよ。カイトにだって、色々と思うことがあったんだもんね。君の気持ち、僕にもよく分かる」

「アンジェ」

「それに……謝るのは僕の方だよ。やっと君を守れるだけの力が手に入ったと思って、無意識の内に舞い上がってた。君のことも考えず、僕だけが先走ってばっかりで……気付いたら、君に色んな重荷を背負わせていた。色々悩ませちゃっていた。僕が一番守りたいのは……君だけだったはずなのに」

「そんな、そんなこと」

 指先で頬を撫でたまま、戒斗からそっと視線を逸らしつつアンジェが言った言葉。申し訳なさそうに彼女が呟くその言葉を耳にして、戒斗が否定しようとする。それは違う、アンジェは何も悪くない、俺が勝手に思い詰めていただけだと……そう言おうとして。

「カイトは優しいから、色んなコト考えちゃうんだよね。……知ってるよ。だって僕と君は、ずっと昔から一緒だったから」

 だがアンジェは彼が否定する前に、続けてそんな言葉を呟いていた。

「……知っていた、はずなのにね。それなのに、僕は君に心配ばかりを掛けさせちゃっていた」

 ボソリと、最後に申し訳なさそうな調子でそんなことも呟いて。

「アンジェ……」

「ん、こっち来て」

 戒斗が子供のように震える瞳で、そんなアンジェを見つめていると。すると彼女は撫でていた左手を戒斗の頬から放し、そのまま彼の手を引っ張って……強引に自分の隣へと寝かせてしまう。

 戸惑う彼をよそに、アンジェはそのままスッと戒斗を抱き締めて、抱き寄せて。そうして彼女は……胸に抱いた戒斗の頭を、やはり左手でそっと撫でながら。まるで赤子をあやすような調子で、羽毛のように柔な声で言った。

「大丈夫、君は僕が守るから。僕が守りたいのは、君だけだから……」

 そうしてアンジェに抱き締められながら、彼女の声を聴いて。彼女のひんやりとした手に頭を撫でて貰っていると……不思議なぐらいの安心感を覚えてしまう。

 ――――でも、そうじゃない。

 そうじゃないんだ。彼女に守られているのは心地良いし、そこまで自分のことを大切に思ってくれていることも素直に嬉しく思う。

 でも、そうじゃないんだ。自分が本当にアンジェに言いたいことは……伝えたいことは。彼女にしてあげたいことは、それだけじゃないはずだ。

「…………違うんだ、アンジェ」

 だから戒斗はそうして抱き締められつつも、彼女の胸の中で、彼女の優しい手にそっと撫でられながらも。それでも戒斗は自分を抱き締めてくれるアンジェに、自分を守ってくれているアンジェに対して……細い声音で、そう告げた。

「俺はただ、君の隣に立っていたいだけだったんだ」

「僕の……隣に?」

「君に守られるだけの俺じゃなく、アンジェと一緒に歩いて行ける……そんな力を、俺は欲しいと思っていた。君が神姫の力を手に入れてから、俺は今日までずっとそう思っていた。思い続けて、思い詰めて……そうしたら、いつの間にか自分を見失っていた」

「カイト……」

「でも、もう目が覚めた。……決めたよ、アンジェ。俺は俺なりに出来ることをする。少しでもいい、アンジェの力になりたいんだ。守られるだけの俺じゃなく、この先もアンジェの隣で、アンジェと一緒に歩いて行きたいから……だから、俺に出来ることを」

 ――――その言葉は、自分自身に対しての決意も同じ。

 自分はどこまでいっても無力だ。ただの人間でしかない自分が、戦部戒斗が。自分がアンジェに対して出来ることなんて、彼女の力になってやれることだなんて……本当は、何も無いのかもしれない。

 それでも、戒斗は何かしてやりたいと思っていた。彼女に守られるだけじゃなく、彼女と一緒に歩いて行く為に……少しでもいい、何か力になりたいと。戒斗はそう思ったからこそ、こうして抱き締めてくれているアンジェに……守ってくれているアンジェに、そう告げたのだ。

「じゃあさ、ひとつお願いしてもいい?」

 戒斗がそんな決意表明じみた言葉を呟くと、するとアンジェは……やはり胸の中に戒斗を抱き締めたまま、彼に向かって小さな問いかけをしてきた。寝ぼけた声で、いつもの調子で……柔らかな声音で。

「なんだ?」

「今日はこのまま、僕と一緒に寝て欲しいかな。遥さんを逃がす為に、ちょっと体力を使い過ぎちゃったから。だから……出来るなら、今日は君の傍で眠りたいんだ。そうしたら、きっと明日には元気になるはずだから……」

 ――――悩むまでもない。答えは、初めから決まっている。

「……分かった」

 戒斗が静かに頷くと、アンジェは「えへへ……」と嬉しそうに微笑んで、そのまま両手で彼の頭を、身体をぎゅっと抱き締める。

 アンジェの細い両腕から伝わってくる感触は、決して嫌なものではなく。寧ろ心地よすぎるほどに、戒斗の心をゆっくりと溶かしていく。今まで抱えていた苦悩や辛さ、自分自身への苛立ち。何もかもを……抱えていた負の感情も諸共に、全て溶かしてしまうように。

「大丈夫、僕たちは二人で一人だから。こうして傍にいてくれるだけで、僕はそれだけで十分なんだよ……?」

 ――――だから、あんまり思い詰めないで。

「君が傍にいてくれるだけで、君が生きてくれているだけで……僕にとっては、それだけで十分。君が生きているのなら。君が息をして、笑って、何かを考えて……そうしてくれているだけで、僕の支えになっているから」

「……ありがとう、アンジェ」

「お礼を言うのは僕の方だよ、カイト。君は本当に優しいよ……優しすぎるぐらいに、君は優しい男の子だ…………」

 細くなっていく声音は、やがて穏やかな寝息へと変わり。アンジェは戒斗を抱き締めながら、戒斗はアンジェに抱き締められながら。そのまま、二人は同じベッドの上で眠りに就く。

 アンジェは今一度、彼をあらゆる外敵から護り抜くという固い決意を。そして戒斗は、少しでも彼女の力になると……無力なら無力なりに、自分に出来ることを最大限にしようと。そんな決意を静かに誓い合いながら――――今はただ、穏やかな眠りの中に揺られていた。





(第三章『Telescope Lovers』了)

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