第一章:戸惑い、揺れ動く紅蓮の乙女/01
第一章:戸惑い、揺れ動く紅蓮の乙女
「新たな神姫、ヴァーミリオン・ミラージュ……か」
――――超常犯罪対策班P.C.C.S。
国連が秘密裏に組織した対バンディット戦特化の特務機関、その本部ビルの地下司令室。そこで総司令官の石神時三郎は、紅色の髪と白衣を靡かせるニヒルな科学者の美女・篠宮有紀や、そしてセラとともに、司令室にある大きなモニタに映る少女の姿を眺めながら……腕組みをしつつ、悩ましげな唸り声を上げていた。
緩い階段状になった司令室、その突き当たりにある壁に据えられた巨大なモニタ。そこに映っていたのは……赤と白の神姫装甲に身を包んだ、ある少女の姿だった。
――――アンジェリーヌ・リュミエール、神姫ヴァーミリオン・ミラージュ。
つい二週間ほど前に覚醒した、新たなる神姫。アンジェが変身したその姿が、確かに三人の見つめる司令室のモニタに映し出されていた。
「知っての通り、彼女のことに関しては……問題になっているウィスタリア・セイレーンの時とは違い、既に調べは付いているよ。何せ覚醒の瞬間までバッチリ撮れていたからね……身元の特定は簡単だったよ」
腕組みをしながらモニタを眺め、唸る石神の横で有紀が言い。その後で彼女は小脇に抱えていた資料の紙束をペラペラと捲りながら、調べたというアンジェのことについて……大雑把に掻い摘まみながらだが、石神に説明し始めた。
「アンジェリーヌ・リュミエール、現在十八歳。両親ともにフランス人だが、両方とも今は帰化しているね。だから外見こそああでも、彼女の国籍は日本人だ。
また、現在は私立・神代学園の三年A組に在籍中。成績優秀でスポーツ万能、絵に描いたようなスーパー優等生だ。オマケに性格も良くて器量よしときた。正直言って私もクラッと来てしまうぐらいに良い娘だよ、彼女は。
…………ちなみに、時三郎くんも察しているだろうが。彼女はセラのクラスメイトだね」
「だろうな」
「…………」
有紀の説明に頷く石神の横で、セラは神妙な……複雑そうな顔で、モニタに映るアンジェの姿を見つめている。
そんなセラの様子をチラリと横目に見つつ、こほんと咳払いをした後。有紀は淡々とした調子で、アンジェについての説明を石神に対して続けていく。
「時三郎くんが気になっているのは、どうして彼女が神姫に覚醒出来たのかだろう?」
「ああ」
「そうだね、これはあくまで推測でしかないが……ウィスタリア・セイレーンやセラ、二人の神姫と接触したことが……アンジェくんが内に秘めていたヴァルキュリア因子に覚醒を促す切っ掛けになったのだと私は考えている」
――――ヴァルキュリア因子。
神姫が神姫である為の絶対条件、それがヴァルキュリア因子だ。
この稀少な因子をその身に宿していて、尚且つ女性の身でなければ発現しない特殊な能力。それを自在に扱いこなせる稀有な存在と、そんな彼女たちが変身した姿を総称して……神姫と呼称されている。
保有率は未だハッキリとした数字で分かっていないが、その発現率は計算上、地球上の全人類の一割以下とされている。
何せ、今現在で国連と……そしてP.C.C.Sが明確な形で確認している神姫は、セラともう一人の、たった二人だけしか居ないのだ。その事実だけでも、神姫がどれほどまでに稀有な存在であるかが分かるだろう。
――――そんな因子を、アンジェが宿していた。
神姫に覚醒した以上、それは揺るがぬ事実だ。ヴァルキュリア因子とは、即ち乙女が神姫である為の唯一無二の資格、絶対条件と言っても過言ではない。
アンジェが内に秘めていたそんな因子が、ウィスタリア・セイレーンやセラ……即ちガーネット・フェニックス。二人の神姫と彼女が接触することで刺激された結果が、アンジェの覚醒だと。有紀が立てていた推測は、簡単に言えばそんな感じのことだった。
「ううむ……」
有紀の説明を聞き終え、石神はやはり腕組みをしたまま唸り声を上げて思い悩む。どうしたものかと、総司令官の立場として決めあぐねているというか……彼とて、どうにも複雑な心境なのだろう。
「幾らセラくんの友達といえ……身元がこうもハッキリしてしまった以上、流石に神姫である彼女を我々は放っておくワケにはいかない」
「……でしょうね」
数秒唸った後、言いづらそうに石神が言った言葉を聞き、彼の横に立っていたセラが複雑そうな顔を浮かべる。
「なら、まず私がそれとなく接触してみるよ」
そんな彼女の微妙な横顔をチラリと見た有紀が、やれやれといった風に肩を揺らしながら提案する。
「私が接触した後で、セラくんにはP.C.C.Sの件を彼女に直接話して貰うとしようか。もし君の口から伝えづらいのなら、その辺りも含めて全部私がやってしまうけれど……さて、どうする?」
そうした提案の後で、更に言葉を続けた有紀が問いかけると。するとセラは一瞬の逡巡の後に「……やるわよ」と頷き返す。
「流石に、そこまで有紀にやらせるワケにはいかないわ。……アタシがやる」
「結構。ならそんな感じの方向性で行こう。構わないよね、時三郎くん?」
有紀の確認に、石神は「無論だ」と頷き返して肯定する。
そうして頷き返した後で、石神はコホンと咳払いをし。話題を切り替えるように、また新たな質問を有紀に向かって投げ掛けていた。
「ところで、V計画の進捗はどんな感じだ?」
「ああ……『ヴァルキュリア・システム』のプロトタイプはほぼほぼ完成、後は適任の装着員を見つけるだけだよ」
石神の投げ掛けてきた質問に、有紀はやはりいつも通りの飄々とした調子で答える。
すると石神は「前に候補者リストを君に渡しただろう?」と首を傾げて言うのだが、それに対して有紀は一言、
「彼らじゃあ駄目だね」
と、ただの一言で一蹴してしまう。
「普通の人間じゃあ駄目なんだよ。幾ら訓練されていようが、幾ら軍歴が長かろうが……幾ら戦士として優れていようが、それじゃあ駄目なんだ」
「じゃあ、一体どんな人間なら……有紀くん、君のヴァルキュリア・システムの装着員に相応しいというんだ?」
困り果てたように言う石神に、ニヤリとした有紀は一言「簡単な話さ」と言う。
「ヴァルキュリア・システムも、大いなる神姫の力と同じように……本来、人間の手には余る代物だ。この強大すぎる力は、一歩間違えれば世界そのものを破滅へと導きかねない。それこそ、神姫と同様にね」
そんなモノを作った本人が言うのも、何だがね――――、
「だから……この力は、人々の自由と平和を守るために戦える……真っ直ぐで優しい、そんな心の持ち主だけに使って欲しいんだ。
…………こんなの、下らない理想かも知れないが。でも私はそう思っているんだ。こればかりは、例え時三郎くんが相手であろうと譲る気はないよ」
「しかしだな有紀くん。テストの為だけにでも、仮の装着員だけでも用意しなければ――――」
有紀の言葉に石神は苦い顔を浮かべるが、そんな彼に有紀はニヤリとしてこう言った。
「なあに、心配は無用だ。既に候補者なら私が見つけてある」
そう、実に自信ありげな表情で。
「候補者……だと?」
「その件はまた今度、改めて話すよ。目下の問題はそれよりも、ヴァーミリオン・ミラージュの……アンジェくんの方だからね」
「まあ、君がそれで良いのなら、俺は構わんが…………」
そんな風に石神と有紀、二人が交わす話を聞きながら……しかしセラは内心で全く別のことを考えていた。
(……新しい、神姫)
俯く顔で、凄く複雑な苦い表情を浮かべながら。セラフィナ・マックスウェルは広い司令室の中で独り、静かに胸の内で呟く。
(そんなの……そんなの、必要ない。バンディットと戦うのは、アタシたちだけでもう沢山。
…………これ以上、神姫が増える必要なんて無いのよ。もう誰も、あんな哀しみを背負うことなんて……させたくないから)